こびりつく、エメラルドの瞳

「おはようございます」


 教室に入ると、中にいた生徒達は一斉に僕達に注目した。

 その視線は、驚きや好奇といったものが多分に含まれるものの、おおむね好意的なものに感じられた。


「フフ、おはようございます。小公爵様、フェリシア様、それに皆様」

「おはようございます、クラリス殿下」

「おはようございます」


 早速、笑顔を浮かべたクラリス王女がやって来て、僕達に挨拶をしてくれた。

 久しぶりに友人に会えたからか、シアも嬉しそうに笑顔で挨拶を返す。


「ところで……クラウディア殿下はともかく、どうしてニコラスお兄様が?」

「クラウディア殿下が心配で、僕達についてきたんですよ……」


 怪訝そうな表情で尋ねるクラリス殿下に、僕は肩を落としながら答えた。


「そ、そうですか……」

「はい……」


 僕とクラリス殿下は、顔を見合わせながら肩を落とした。


「で、ですが、とりあえずは変に懸想したりする様子はなくて、安心しました」

「そ、そうですね」


 あれほど懸想していたソフィアがまるで存在しないかのように振る舞い、第一王子はひたすらクラウディア皇女を見つめながら会話に勤しんでいた……って。


 教室を見回すと、僕は二人の視線に気づく。

 三人の王子のうち、残る二人……第二王子と、パスカル皇子だった。


 ま、まさかとは思うが、まさかアイツ等もクラウディア皇女に見惚れている……なんてことはないよな?

 だけど、そんな二人の視線に気づいたのは僕だけではないようで。


「……ショーン、私の婚約者・・・・・に、どうしてそのような視線を向けるのだ」

「え? あ、兄上……僕は別にそんな……」


 険しい表情をした第一王子に指摘され、思わず顔を逸らす第二王子。

 どうやら本当に、クラウディア皇女に懸想してしまった模様。本当かよ……。


「パスカル殿下、お主もだ。それとも、ベネルクス皇国では女性に対しそのような視線を送るのがマナーなのか?」

「っ!? べ、別にたまたま見てただけだろうが!」


 第一王子の言葉に、パスカル皇子が顔を真っ赤にして声を荒げた。

 だけどまあ……揃いも揃ってどうしようもない色ボケ共だな……。


「……王国にはクラリス殿下がいて、本当によかったね」

「ああ……」


 耳元でそっとささやくクリスの言葉に、僕は顔をしかめながら頷いた。

 そんなクラリス王女は、第二王子とパスカル皇子を見て侮蔑の表情を浮かべている。


 小説のように彼女がパスカル皇子を好きにならなくて、本当によかった。

 下手をすれば、あの男がこの国の王配となるところだったんだから。


 そんな中、それらとは違った異質な視線を感じたので、僕はそちらへと目を向けると。


「…………………………」


 ソフィアが、無表情でシア……ではなく、この僕を見つめていた。

 それも、そのエメラルドの瞳はソフィア特有の狡猾さや打算といったものではなく、どこか好意の色が見え隠れしていた。


 これは一体……。


 すると、僕の視線に気づいたのか、ソフィアはニコリ、と微笑みを浮かべた後、前を向いてしまった。

 そんな意外な行動に、僕は思わず面食らってしまった……って。


「あ……シア……」

「ギル、ソフィアなんて見ないでください。あなたは、私だけを見ていてください」


 僕の両頬を手で押さえて無理やり顔を自分のほうへと向けると、シアは縋るような瞳でそう訴えかけた。

 どうやら僕は、シアを不安にさせてしまったらしい。


「申し訳ありません。もちろん僕はあなただけ・・・・・を見ていますが、どうにもあの女の視線や表情がいつもと違い、気になったもので……」

「それでもです……お願いですから、ソフィアを見ないで……っ」


 そう言うと、シアは肩を震わせる。

 シアは、一度目・・・の人生を思い出してしまったみたいだ。


「申し訳ありません。僕はもう、あの女を見たりはしません」

「はい……はい……っ」


 シアは僕の胸に顔をうずめた。

 そんな彼女の心を落ち着かせようと、僕はその小さな背中を優しく撫でる。


 それと同時に、僕も心を落ち着かせようと必死に言い聞かせていた。


 理由は分からない。

 だけど……あのソフィアのエメラルドの瞳を見てからというもの、僕にはどうしようもないほどの不安と、締めつけられるような胸の苦しさがあった。


 もちろん、僕の中にソフィアに対する感情なんてものは一切ない……はずなんだ。

 だから、これはそういった類のものではないはずなんだ。


 なのに。


 アイツのあの瞳が、僕の脳裏に焼きついて消えなかった。

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