幸せな未来を夢見て

「坊ちゃま。女神教会からフェリシア様あての手紙が届いております」

「またか……」


 ヘカテイア教団による王都でのテロ事件があってから一週間が経ち、今日も飽きることなく女神教団からの手紙が届いていた。

 内容は、シアを二人目の・・・・聖女として認定したいので、教会へ来てほしいというものだ。


「シア、どうしますか?」

「もちろん、お断りいたします」


 一緒にお茶を飲んでいたシアが、にべもなく断った。

 小説の中では、シアは真の聖女として女神教会からの認定を受けるストーリーになっているが、この現実の彼女は聖女というものを毛嫌いしている。


 僕としても、そんな肩書をもらったところで面倒事に巻き込まれる未来しかないため、シアは賢明な判断をしたと思っている。さすがは僕のシア・・・・だ。


「アハハ。そういえば、同じく王宮からも今回の功績を讃えてフェリシアに勲章を与えるという動きがあるって聞いたけど?」


 同席しているクリスが、苦笑しながらそう尋ねてきた。


「ふふ……もちろん、そちらもお断りさせていただいております」


 そう言うと、シアがお茶を口に含みながらクスリ、と微笑む。


「ええー、そうなの? 聖女の肩書とは違って勲章ならそれほど邪魔にはならないと思うけど……」

「いいえ、私には不要です。私が欲しい唯一の肩書は、ギルの妻・・・・だけですから」

「シア……」


 シアの答えに、僕は胸が熱くなる。

 当然だ。だって、こんなにも素晴らしい女性ひとが、ただ僕だけを求めてくれているのだから。


「シア……僕もです。僕も、シアの夫・・・・となれるのであれば、それ以外の全てを捨てたとしても、何一つ惜しくはありません」

「あ……ふふ、いけませんよ? あなたはもう、たくさんのものを背負っていらっしゃるのですから」


 ウーン、シアにたしなめられてしまった。

 でも、それも僕のことを想って言ってくれていることが分かるから、ただ嬉しさしかない。


「ハイハイ、いい加減にしてよね。それより……例の犯人は、まだ見つかってないんでしょ?」

「ああ……」


 呆れた表情から一転、真顔のクリスの問いかけに、僕は力なくかぶりを振った。

 そう……あの魔獣、ティフォンを召喚したのはヘカテイア教団の教皇であるシェイマ=イェルリカヤで間違いないはずだが、この一週間、必死に捜索を続けるも発見することができていない。


 今もなお捜索は続けているものの、既にこの王都を去ったとみて間違いないだろう。


「……考えられるのは、この屋敷で見つかったように転移魔法陣を使ったんだと思う。本当に厄介だよ」

「うん……特に、こうやって一度は王都に侵入してしまったんだ。次からは、転移魔法陣でいつでも王都に出入りできるってことだからね……」


 それを考えると、頭が痛くなる。

 小説でも、教団の連中は頻繁に王都……というか、王立学院に出没していたから、ある意味シナリオどおりになったと言えなくもないんだが。


「いずれにせよ、これからは王宮と連携して王都の警備体制を厳重に強化することにしているし、この前のようなことには絶対にしないさ」

「そうだね」


 僕とクリスは、そう言って頷き合う。


「それで……お二人は、いつまでこの屋敷にいらっしゃるのですか……?」


 僕、シア、そしてクリスは、窓際で仲睦まじく談笑しているクラウディア皇女と第一王子に、冷ややかな視線を送る。

 いや、クラウディア皇女のこの国での滞在期間は、とっくに過ぎてるんだけど。


「フフ……そうですね。とりあえず、ブリューセル皇室のみが使用する伝書鷲・・・で、お父様にヘカテイア教団の信者だった同行した者全員から命を狙われたとの手紙をお送りしましたので、その返事が来るまでですね」

「で、伝書鷲・・・、ですか……」


 伝書鳩なら聞いたことがあるけど、伝書鷲・・・って特殊過ぎるだろ……。


「小公爵よ、このまま帝国に戻ってしまえばクラウディア殿下に危害が及ぶことくらい、想像がつくだろう」


 何を分かりきったことを質問しているんだとばかりに、第一王子が呆れた表情でそんなことを言う。

 そんなことは僕も分かっているよ。というか、この馬鹿王子にそんなことを言われたことに怒りを覚えるんだけど。


「……王国内の教団連中は全て排除したのですから、少なくともニコラス殿下は王宮に戻られてはいかがですか?」

「そうですね。ここにいても邪魔なだけですし」

「「貴様等!?」」


 僕と同様、怒ったシアとクリスが辛辣な言葉をぶつけると、第一王子は困惑した。


「フフ、申し訳ありません。ですが既にお父様も手紙を受け取っていると思いますし、今頃は帝国内のヘカテイア教団の排除に動いているはずですから、もう少しだけご迷惑をおかけします」

「は、はあ……って、ちょっと待ってください!? 皇帝陛下が教団を排除とは、どういうことですか!?」


 クラウディア皇女が不意に告げた言葉に、僕は驚いて聞き返した。


「フフ、実は……」


 それからクラウディア皇女は、手紙の内容を含め色々と説明してくれた。

 元々、ブリューセン皇帝は一人娘のクラウディア皇女を溺愛しているらしく、基本的に何でも言うことを聞いてくれるらしい。


 ただ、その中で唯一聞いてくれなかったのが、ヘカテイア教団に関することだったそうだ。

 何でも、彼女が顔を合わせるたびにヘカテイア教にのめり込まないようにとたしなめるが、『心配ない』と言って笑うだけで相手にしてくれなかったらしい。


 だけど今回の一連の事件によって、ヘカテイア教団の連中が結果的にクラウディア皇女に危害を加えようとしたこともあるので、その事実を知ればすぐにでも教団狩りが始まるだろうとのこと。


「……ですので、教団狩りがある程度進めば、帝国から使いの者がまいりますので、それまでお待ちください」

「そ、そうですか……」


 まあ、彼女もこの状況を上手く利用した、ということなんだろうなあ……。


「ア、アハハ……とりあえず、ボク達はのことを考えようか……」

「そ、そうだな……」


 僕達は乾いた笑みを浮かべながら、もう二人は放っておくことにした。


 だが、クリスが言うように大事なのはだ。

 教皇までもが出張ってきたんだ。この物語も、終わりが近づいている。


 ラスボスとの、決戦の日が……って。


「シア?」

「ギル、大丈夫です。あなたには私達がいます。ですから、そんな険しい表情をなさらないでください」

「あ……」


 僕の眉間を人差し指で押しながら、シアがそう告げる。

 あはは、そうですね……僕には、あなたがいます。

 クリスやモーリス、ゲイブ達だっています。


 だから。


「シア……一刻も早くヘカテイア教団を叩き潰し、僕とあなたの幸せな日々を取り戻しましょう」

「はい!」


 僕とシアは頷き合い、そして、微笑み合う。


 ――僕達二人の、幸せな未来を夢見ながら。

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