援軍

「……この王都に、ヘカテイア教団の教皇がいる」


 僕は、身をよじらせて黒の魔法陣から這い出ようとしているティフォンを眺めながら、ポツリ、と呟いた。


「っ!? ギル、その教皇というのは、ひょっとして……」

「はい……ヘカテイア教団の教皇、シェイマ=イェルリカヤです……」


 驚くシアに、僕は唇を噛みながら答えた。

 だけど、これまでのことを考えれば、全て辻褄が合う。


 メテオラの箱を持ち出し、王都の城壁や広場を破壊したことも。

 目の前で、戦術級魔獣が召喚されていることも。


 だが。


「ゲイブ! ジェイク! この付近に魔獣を召喚している褐色の肌と・・・・・白髪の女・・・・の術者がいるはずだ! すぐに探し出せ!」

「っ! はっ!」

「任せてください!」


 僕が大声で指示を出すと、二人は教皇を探し始める。

 そう……戦術級魔獣の召還ともなれば、それを可能とする術者本人がいなければ到底不可能。

 なら、絶対にこの近くで召喚術を発動しているはずだ。


 それに、教皇の容姿については直接対峙するまでは教団の者も含めて不明だが、あいにく僕は原作者だ。その正体も全て知っている。


 それだけでも、かなりのアドバンテージだ。


 なのに。


「駄目です! そのような者はおりませぬ!」

「コッチもです!」


 ゲイブとジェイクから返ってきた答えは、僕の予想に反するものだった。


「そんな馬鹿な! 必ず、術者である教皇がこの付近にいるはずなんだ!」

「で、ですが……」


 僕は声を荒げるが、ゲイブとジェイクは互いに顔を見合わせるばかりだ。

 じゃあ何か? 教皇に匹敵するような者が、この王都にいるというのか?


 馬鹿な、それこそあり得ない。


 混乱する頭を左右に振りながら、僕はもう一度原作を思い出す。

 でも……答えは出るはずもない。


 すると。


「ギル」


 シアが、僕の両頬をその白く細い手で挟んだ。


「落ち着いてください。ギルのおっしゃるように、これほどの魔獣を召喚するのですから、教皇であることは間違いないのでしょう。ですが、それよりも先にやるべきことがあります」

「やるべき、こと……?」


 そのサファイアの瞳で見つめるシアの言葉に、僕はおずおずと問いかける。


「はい。今まさにこの場へと顕現しようとしている、あの巨大な魔獣を倒すことです」

「あ……」


 そ、そうだ……僕は教皇がいる可能性のことで頭が一杯になり、優先順位を間違えていた。


「だからギル……私達で、絶対にあの魔獣を打ち滅ぼしましょう! 大丈夫、あなたと私ならきっとできます!」


 そう言って、シアはニコリ、と微笑んだ。

 シア……僕は、あなたを好きになって本当によかった……。


「ええ! それに、今ならまだ頭を出現させたのみ! ここで討ち取りましょう!」

「はい!」


 僕とシアは頷き合うと、いよいよティフォンへと対峙する。

 とはいえ、シアの魔力は既に枯渇している状態……なら、僕とゲイブ達で何とかするしかない!


「ゲイブ! ジェイク! 行くぞ!」

「ハハハ! お任せくだされ!」

「一丁やってやりますか!」


 僕は腰を落としてランスを構え、突撃態勢を取る。


 だが。


「っ!? こ、ここにきて!?」


 ティフォンは黒の魔法陣から無理やり左腕を出現させ、窮屈な状態ではあるものの無防備だった先程までとは状況が変わってしまった。


「クソッ! ゲイブ! ジェイク! 二人はティフォンの左腕を攻撃して、意識を引きつけてくれ! その間に、僕は頭部を叩く!」

「「承知!」」


 ジェイクは二本の剣を抜き、素早い動きでティフォンの左腕に肉薄すると。


「おおおおおおおおおおおおおおッッッ!」


 雄叫びと共に、目にも止まらない斬撃を左腕に浴びせた。

 だが、ティフォンの強靭な左腕には薄皮一枚程度の傷しかつけることができず、ティフォン自身も少し鬱陶しそうな表情を浮かべるだけだ。


「っ!?」


 ――ドオン!


 そんなジェイクを、まるでハエ叩きでもするかのように、手のひらでジェイクを叩き潰そうとするティフォン。

 地面を叩くたびに、地面が衝撃で響き渡る。


「ハハハハハ! ならば、これでどうだ!」


 ――ドンッッッ!


 ティフォンが地面を叩いたタイミングを見計らい、ゲイブが巨大な左手の小指にウォーハンマーを打ちおろした。

 あはは、さすがはゲイブ。小指とはいえ、一撃で破壊したか。


 かなり痛いらしいティフォンは怒りの形相に変わり、ひたすらゲイブへと左腕を振り回し続ける。

 ゲイブもその腕を見事にかわしながら、隙を見て攻撃を当てる。


 さあ、今のうちに!


 僕は【身体強化・極】を発動させ、両脚に全力で力を込める。


 そして。


「ああああああああああああああッッッ!」


 僕は叫び声を上げながら、ランスの切っ先をティフォンの頭へと向けて弾丸のように飛び出した。


「獲った!」


 一気に肉薄し、頭部を串刺しにしたと思った、その瞬間。


「っ!?」


 ――ガキンッッッ!


 僕の渾身のランスが、ティフォンの巨大な口に咥えられてしまった。


「クソッ! う、動かない!」


 ランスを咥えながら、ニタア、と口の端を吊り上げるティフォン。

 っ!? ま、まずい!?


「ギル!? 早く逃げて!」


 シアが必死で叫ぶが、ランスがピクリとも動かない……っ!?


「あ……」


 そんな僕を嘲笑うかのように、巨大な左の拳が僕の眼前に迫っていた。


「ギル! ギルウウウウウウウウッッッ!」

「「坊ちゃま!」」


 シアの悲痛な叫びが、僕の耳に響く。

 くそ……失敗した……。


 そう考えた、その時。


 ――ドオンッッッ!


 激しい爆発音と共に、ティフォンの左手が吹き飛び、青白い炎によって燃える。


「こ、これは……」

「よかった……間に合った……っ」


 声のする方向へと振り返ると、そこには。


「もう……無茶しないでよね……」


 胸を撫で下ろしながら苦笑いするクリスと、両手を竜のあぎとのように開いて構えるマリガン卿がいた。

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