居着いたクリス

 アボット子爵邸から証拠書類などを持ち帰って国王陛下に報告してから一か月が過ぎ、この間、色々なことがあった。


 まず、五十年前の冤罪事件については、国王陛下の名のもとに再調査が指示され、宰相を中心とした特別チームにより、マリア王妃のことを除く全容が白日の下にさらされた。


 これにより、主犯であったアボット子爵家は取り潰しとなり、アボット本人は事件そのものを知らなかったことが幸いして、本来であれば一族郎党処刑されるところだったが、平民に落とされる程度で済んだ。


 なお、本人は『アボット家の呪い』だと呟いていたという。

 いや、あんな嘘をまだ信じていたんだ……。


 そして、アンダーソン家は名誉を回復し、クリスは伯爵位を叙爵の上、アボットが治めていた領土と資産の全てに加え、王国からも慰謝料として莫大な額を受け取ることになった。


 何より、クリスが最も気にしていた亡くなった母君の名誉と、そんな母君に対して酷い扱いを行ってきた者については、調査の上厳しい処罰が課せられることとなった。


 王宮からその報告を受けた時、クリスは叙爵以上に泣いて喜んでいたことが印象深い。

 聞いたところによると、クリスの母君は誇りも何もかなぐり捨てて幼いクリスを育て、さらにはアンダーソン家としての誇りや貴族としての振る舞いなどをしっかりと引き継いだのだから、本当に大変だっただろう。


 そして、クリスは伯爵としてアボット子爵によって落ちぶれてしまったバンスの街をはじめとした領地の立て直しに勤しむ……はずなんだけど。


「ほら! それじゃニコラス殿下を支えることなんてできないよ!」

「「「うう……」」」


 何故かクリスは、今もこのブルックスバンク家に居ついており、第一王子の従者となるクリフ=スペンサー達子息令嬢のスパルタ教育に精を出している。


「な、なあ……さすがにやり過ぎなんじゃないのか……?」


 などと、おずおずと声をかけようものなら。


「何言ってるのさ! ニコラス殿下がクラウディア皇女と初顔合わせをするまでに、あと一か月しかないんだよ! これでも優しいくらいなんだから!」

「そ、そうか……」


 とまあ、僕が叱られる始末だ。

 だけどクリス、従者の育成に当たっては、別にうちの屋敷でする必要はないんじゃないか? というか、アボットが所有していた王都のタウンハウスがあるだろう。そっちに帰れよ。


「……本当に、クリス様はいつまでいらっしゃるつもりなのでしょうか」

「シ、シア……」


 ああ……シアが頬を膨らませて怒っているぞ。

 と、とにかく、クリスは指導に忙しいようだし……。


「シア、僕達は庭園にでも行って、お茶にしましょうか」

「! は、はい!」


 僕のそんな提案で、シアはパアア、と咲き誇るような笑顔を見せてくれた。


 なのに。


「あ! ボクも一緒にお茶にするよ!」

「いや!? さっきの台詞セリフはどこにいったんだよ!?」

台詞セリフ? 何のこと?」

「おいおい、本気で言っているのか? さっき自分で言っていただろう……『ニコラス殿下がクラウディア皇女と初顔合わせをするまでに、あと一か月しかない』って。なのに、僕達とお茶なんてしていいのか?」

「いいの!」


 僕は半ば呆れながら、クリスを見やる。

 だけど、クリスはそんなことは意に介さず、シレッと僕とシアの後をついてくるし……。


「ハア……クリス様、本当によろしいのですか? 領地経営と領民の生活を守ることは貴族の責務です。なのにここに留まっていては、仕事がままならないのでは?」


 シアはクリスをジト目で睨みながら、盛大に皮肉を言った。

 いいですよシア! もっと言ってやってください!


「アハハ、もちろん分かっていますよ。領地経営に関する仕事は、夜などの空いた時間で全てこなしていますから問題ありません」


 フフン、と鼻を鳴らしながら、クリスがどこか誇らしげな表情でシアを見つめる。

 その姿が、とても小説の中でヒロインに横恋慕するヒーローとは到底思えなかった。


「とにかく! 彼等を一人前にするまでは僕も手を抜けないので、ちゃんとギルバートも協力してね!」

「あ、ああ……それはまあ……」


 そう言って嬉しそうにはにかむクリスを見て、僕は言い淀みながらも、仕方ないなあ、と思いながらみんなで庭園へと向かった。


 だけど。


「(シア……クリスは夜は仕事のようですので、その時は絶対に二人きりで過ごしましょう)」

「ふあ……は、はい……」


 僕はシアのそばに寄り、そっと耳元でささやくと、シアは頬を赤らめながら笑顔で頷いてくれた。


 そして、僕は心に誓う。


 アボット子爵邸と同じように、シアと僕の部屋を繋ぐ扉を早急に作らせようと。

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