牽制し合うライバル?

「ふふ……最高です……」


 シアがそう呟きながら、僕にしなだれかかる。

 僕は今、シアと二人きりで部屋で過ごしているんだけど、これだけはハッキリ言っておこう。


 お互いの部屋を行き来できる扉、最高にいい。


 今ではこうやって自室に籠っているように見せかけて、実はシアを二人だけの時間を過ごすことができるんだからね。

 特に、リズが新しく侍女として入って来たことに加え、クリスまで居座ってしまった状況では、これほど優れた発明はないだろう。


「ね、シア……」

「ふふ……ん……ちゅ……」


 こうやって、誰にも気兼ねなくシアの唇と温もりを堪能することだってできる。

 ただ、このままだと僕もシアも、一日中部屋に引き籠ってしまいそうではある。


 なのに。


 ――コン、コン。


「坊ちゃま、フェリシア様、夕食が整いました」

「そ、そうか……分かった」


 呼びに来たアンにそう告げたものの、どうしてシアが僕の部屋にいることが分かるんだ!?

 しかも、シアの部屋をノックする音は聞こえなかったから、最初から分かっていたってことじゃないか!?


「……アンだけは要注意、ですね」

「ええ……」


 僕とシアはそんなことを呟きながら、手を取り合って食堂へと向かった。


 ◇


「それで、彼等の指導のほうは上手くいきそうなのか?」

「もぐ……うん、これならあと三日もあれば仕上がるんじゃないかな」


 夕食を摂りながら従者候補達の様子を尋ねると、クリスからそんな答えが返ってきた。

 ちなみに、その彼等は最後の追い込みということで、今も自習中らしい。


 それにしても、僕なら間違いなく逃げ出してしまっているところだが、ちゃんと最後までやり遂げた。

 これは、彼等にとって今回の第一王子の従者としてブリューセン帝国へ行くことは、貴族家の次男坊、三男坊などにとってはかなりの栄誉だからということが最大の要因だ。


 令嬢にとっても、ただ政略結婚のために他の貴族にあてがわれるよりも、自身の才覚が認められて従者となれることを誇りに感じているとのこと。


 ……まあ、それでクリスのスパルタに耐えられるというなら、僕は何も言うまい。

 とにかく、彼等が大事な何かを失っていないことだけを祈っておこう。


「それより、ブリューセン帝国の姫君との面談は一週間後でしょ? しかも、その面談場所は王国内で行われるってことだし、ちゃんと対策は講じているの?」

「ん? ああ、もちろんだ」


 クリスの問いかけに、僕はゆっくりと頷く。


 もちろん僕だってこの一か月弱、遊んでいたわけじゃない。

 普段の仕事もこなしつつ、クラウディア皇女を迎えるための準備を宰相達と共に準備を進めていた。


 何より、今回の面談では、クラウディア皇女の従者に紛れてヘカテイア教団の連中が混ざっているはず。

 ソイツ等を上手く排除しつつ、この機会に皇女をこちら側へ引き入れるよう、説得も試みなければならないんだ。


「はは……まあ、おかげでそこそこ・・・・大変な思いをしたよ」

「ふうん……でも、それもあと少し。彼等の指導が完了すれば、ボクだってギルバートを支えることができるからね!」


 そう言って、クリスは胸を張って、ドン、と叩いた。


「ふふ、心配には及びませんよ、クリス様。ギルは、婚約者であるこの私がしっかりと支えていますから」


 胸にそっと手を当て、微笑みを浮かべるシア。

 彼女の言うとおり、皇女を迎える準備に当たっては、本当によく助けてくれた。


 それだけじゃない。

 普段のブルックスバンク家当主としての仕事についても、僕を補佐するだけでなく部下達への的確な指示など、彼女がいなければ絶対に上手く仕事を回すことなんてできなかった。


 今では部下達の信頼を僕以上に集めていると言っても、過言では決してない。


「アハハ……やりますね、フェリシア様」

「ふふ……それほどでも」


 二人はにこやかに微笑み合っているというのに、何だろう……この食堂の温度が急激に下がったような気がするんだけど……。


「ギ、ギルバート様、温かいお茶はいかがですか……?」

「リズ、ありがとう。本当に気が利くね」

「はわ! あ、ありがとうございます!」


 食堂の寒さに気づいたリズが、そう言って僕を気遣ってくれたようだ。

 うん、彼女も本当に成長したなあ……って。


「シア? クリス?」

「「…………………………」」


 ……どうして二人が、僕を睨んでいるんだろうか。


 き、気にしないでおこう……。

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