名誉回復

「こ、これはどういうことですかな!?」


 次の日の朝、調理室の前に居並ぶブルックスバンク家の騎士達を見て、アボット子爵が慌てて尋ねる。


「はは、申し訳ありません。実は、この調理場で重要なもの・・・・・が見つかったため、急いでそれ・・を運び出す作業をしているのです」

「で、ですが、これでは使用人達が朝食の準備に取りかかれませんぞ!」


 悪びれる様子を一切見せずそう言い放つ僕に、アボット子爵は困惑の表情を浮かべながら訴えた。

 それにしても、アボット子爵の様子を見る限り、ひょっとして調理場に五十年前の事件の証拠の品があることを、知らないんじゃないか?


 ……ちょっと探りを入れてみるか。


「失礼。アボット閣下は、この屋敷にいわれ・・・があることはご存知ですか? 過去、この領地を治めていた貴族による呪い・・があると、王都ではもっぱらの噂です」

「っ!? ほ、本当ですか!?」


 アボット子爵は目を見開き、驚いた様子で尋ねる。

 ふむ……やはりあの事件は過去のものとして、先代……いや、ひょっとしたら初代アボット子爵が息子である先代にも伝えていないのかもしれないな。


「ええ。そういうことですので、王都での悪い噂を払拭するためにも、是非ご協力をお願いします」

「しょ、承知しましたぞ!」


 いや、こんな簡単に僕の嘘を信じてどうするんだよ……。

 この男、明らかに領主の器ではないな。


 ということで、アボット子爵本人からも了承を得たので、僕達は大急ぎで地下室にあった証拠書類一式や禁制品を持ち出し、街で新たに調達した荷馬車へと積み込む。


 そして。


「では、お世話になりました」

「ほ、本当に、これで大丈夫なんでしょうな?」

「はい、もちろんです」


 おろおろしながら尋ねるアボット子爵に、僕は微笑みで返す。

 なのに。


「「「…………………………」」」


 クリス、リズ、ゲイブが微妙な顔をしながら僕を見ているんだけど……。


「ふふ、私はあなたのそんな表情も大好きですよ?」


 そう言ってクスクスと笑うシア。

 その言葉で、どうやら僕はまた悪人面をしていたことに気づいた。いや、どうしろと……。


「コホン……で、では失礼します」

「くれぐれも! くれぐれも頼みましたぞ!」


 縋るアボット子爵に見送られ、僕達は王都へ向け出発した。


 ◇


「国王陛下、こちらが証拠の品の数々です」


 バンスの街を発ってから二週間後。

 僕はシア達を屋敷に送り届けてから、そのまま王宮へやって来て国王陛下に謁見した。


 とにかく僕は、面倒事を全部片づけて、シアの二人きりでのんびり過ごしたいからね。


「ほう……これは……」

「いやはや、まさかこんな書類が残されているとは、思いもよりませんでしたな」


 書類に目を通しながら、国王陛下と宰相が唸る。

 もちろん初代アボット子爵の取引記録もさることながら、その裏にいたマリア王妃の存在についても含め、国王陛下は意外だったようだ。


 もちろん宰相はそのことを知っていたようで、マリア王妃の名前を見てもその様子に変化はなかったが。

 何より、アンダーソン家の話を持ち出した時点で釘を刺してきたんだから、当然か。


「先々代の国王……つまり、祖父の代に不貞を働いて幽閉された王妃の存在は知っていたが、まさか裏にこのような事実が隠されていたとはな」

「はい……それで、末裔であるクレイグ=アンダーソンからは、冤罪であることを白日の下にさらし、アンダーソン家の地位と名誉を回復していただけるのならば、マリア王妃の存在については永遠に口外しないとのことです」

「そうか……」


 僕の言葉に、国王陛下はゆっくりと頷く。

 宰相も、最悪の事態は避けられそうなのでホッと胸を撫で下ろしていた。


「それで、今後のことですが……」

「うむ。もちろん、五十年前の事件について余の名をもって明らかにすると共に、クレイグ=アンダーソンに伯爵位を与える。もちろん、五十年前の領地も全て回復させよう」

「ありがとうございます。彼もこれで、報われることでしょう」


 僕はこうべを垂れ、感謝の言葉を述べた。


「うむ。では、これでニコラスとブリューセン帝国の姫君との縁談を進めることができそうだ。宰相よ、頼んだぞ」

「はっ! お任せください!」


 席を立ち、謁見の間を出て行く国王陛下を見送り、僕と宰相は目を合わせながら息を吐いた。


「さて……では宰相閣下、ご子息をお預かりしますよ?」


 そう……元々は、第一王子をブリューセン帝国のクラウディア第一皇女に婿入りさせ、あの国をこちら側へと引き入れて、ヘカテイア教団をバルディリア王国に追い返すことこそが目的なんだ。


 むしろ、僕にとってはここからが本番。

 第一王子の従者となるクリフをはじめとした子息令嬢達を、見事クリスに匹敵する人材へと育成しなければならないのだから。



「ええ……くれぐれも、どうぞよろしくお願いします」


 宰相が、深々と頭を下げる。

 まあ、自分の息子を敵地に送ることになるんだ。親として心配するのも当然か。


「お任せください。必ずや、第一王子を……いえ、未来のブリューセン帝国を支えるほどの人物に仕立ててみせます」


 僕ではなく、クリスがな。


「その言葉をお聞きし、安心しました。ついでに、倅の相手が向こうの国で見つかればよいのですが……」

「あ、あはは……そうですね……」


 宰相の愚痴に、僕は苦笑しながら返した。


 そこまでは、僕も面倒見切れないよ。

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