シアの激情
「へえ……」
クレイグ=アンダーソンに家の中へ通された僕は、部屋を見回す。
狭くて汚いと言っていたが、綺麗にしてあるし、部屋の狭さを感じさせないよう家具も考えて配置されているじゃないか。
とても貧民街の家の一室とは思えないな。
「どうぞ、おかけください……といっても、
そう言うと、クレイグ=アンダーソンは苦笑した。
「では、失礼して」
「失礼します」
僕達は勧められたとおり、ベッドに腰かけた。
「ちょっとお待ちくださいね」
そう言ってペコリ、とお辞儀をすると、彼は部屋から出て行った。
しかし……。
「ギル……あの御方は、その……男性、なのですよね……?」
「は、はあ……」
おずおずと尋ねるシアに、僕は曖昧に答えた。
いや、クレイグ=アンダーソンは男で間違いないはずなんだけど、僕も少し自信がなくなってきた……。
というのも、その容姿もさることながら、この部屋の趣味であったり物腰や仕草だったり、その……女性的、なんだよなあ……。
などと考えていると。
「すいません、お待たせしました」
クレイグ=アンダーソンは、トレイにコップと四つ乗せて戻って来た。
どうやら、僕達のために用意してくれていたらしい。
こういう気遣い、やっぱり女性的だなあ……。
「よっと……それで、ギルバートさんとおっしゃいましたが……失礼ですが、
木製の丸椅子に腰かけ、クレイグ=アンダーソンは値踏みするような視線を送りながら尋ねてきた。
ふむ……とりあえず、ここは二階の部屋で、出入口に一番近いのところにモーリスがいる。これなら、万が一にでも取り逃がしたりすることはないだろう。
「はは、お分かりになりましたか。あなたのおっしゃるとおり、僕はマージアングル王国のブルックスバンク公爵家の小公爵をしております、ギルバート=オブ=ブルックスバンクです。どうぞお見知りおきを」
僕は立ち上がり、胸に手を当てて頭を下げた。
「あ、あなたが“王国の麒麟児”、ですか……」
「おや、ご存知でしたか?」
「も、もちろんです。王国に革新を巻き起こしたあなたを知らない者なんて、この王都にはおりませんよ……」
いや、それは言い過ぎだろう。
少なくともこの貧民街で知っている者など、
「そ、それで、その小公爵様がどうしてこのボクなんかを訪ねてこられたのですか……? 見てのとおり、僕は貧民街に住む卑しい身分の者ですよ……?」
「そうですね……」
僕の素性も明かしてしまったし、彼が逃げられる状況でもないから、この際駆け引きなしで話を切り出してみるか。
「……単刀直入に言います。アンダーソン伯爵家の末裔であるあなたに、是非その力を貸していただきたいのです」
「っ!?」
僕の言葉に、クレイグ=アンダーソンは目を見開き、息を呑んだ。
とはいえ、僕がここに来た時点で、それなりに予想はしていたとは思うけど、ね。
「……アンダーソンの名を出したのですからご存知でしょうが、落ちぶれた生き残りの末裔である僕なんかに力なんてありませんよ」
「そうでしょうか? 失礼ながらあなたのことは調べさせていただきましたが、しかるべき地位と居場所さえあれば、誰よりも活躍できるだけの才能の持ち主だと思っておりますが」
「アハハ……買いかぶりすぎ、ですよ……」
寂しそうに微笑みながら、クレイグ=アンダーゾンは目を伏せた。
だが……おかしい。
この男は、こんな素直でしおらしい態度を見せるような男ではなかったはずだ。
というか、そもそも低身長で見た目も女性っぽい容姿にした覚えもないんだけど……。
そんな彼に首を傾げつつ、僕は彼が用意してくれた飲み物に口をつけた。
その瞬間……クレイグ=アンダーソンが口の端を吊り上げた。
「あはは♪ 飲みましたね♪」
「……ええ」
「その飲み物には、毒が混入されています。僕達アンダーソン家を奈落の底に突き落とした、『ヴェネナム・ルパナム』という毒が」
下卑た笑みを浮かべながら、嬉しそうに話すクレイグ=アンダーゾン。
そうだったな……オマエはそういう奴だった。
常に冷酷で、皮肉屋で、誰にも心を開こうとしない男。
そんな男が唯一心を開いたのが、主人公でヒロインのシアだけだったな。
ま、これも全て
「【キュア】」
シアの静かな……そして、どこか凍えるような呟きと共に、僕の身体が淡い光に包まれる。
そう……シアがいる限り、僕達に毒は通用しない。
ただ。
「よくも……よくも、私のギルにッッッ!」
「っ!?」
さすがにシアが見せたこの激情には、僕も驚いてしまった。
あんなに優しくて、慈愛に満ちて、物静かなシアが、こんなにも感情を剥き出しにするなんて思いもよらなかったんだから。
でも、それも
「あ……」
「シア、僕はあなたのおかげで無事ですよ? 怒ったあなたも素敵ですが、やはり笑顔のあなたが一番好きです」
あっという間にクレイグ=アンダーソンの全身を氷漬けにし、今まさにとどめを刺そうとしているシアを抱きしめ、思い留まらせる。
計画もそうだけど、それ以上にシアに手を汚してほしくないから。
すると。
「も、もう……あなたにそう言われてしまったら、何もできないではないですか……」
そう言って、シアは僕の一番大好きな、最高の笑顔を見せてくれた。
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