泣き崩れる参謀役

「さて、と……本当は拘束しているその氷を解除してやりたいが、先程のように変な真似をされても困る。悪いがこのまま話をさせてもらうぞ」

「…………………………」


 首から下を氷漬けにされたクレイグ=アンダーソンが、忌々しげな表情を浮かべながら僕を睨む。

 だが、そちらからそんな真似をしてきたんだ。僕も手心を加えるつもりは一切ない。


「では話を戻そう。僕達……いや、マージアングル王国は、ブリューセン帝国との親交を深めるため、第一皇女であるクラウディア=フォン=ブリューセンと我が国の第一王子、ニコラス=オブ=マージアングルとの縁談を進めることにしている」

「…………………………」

「だがブリューセン帝国は、現在バルディリア王国……いや、ヘカテイア教団が帝国の中枢にまで入り込んできており、かなり危険な情勢となっている。下手をすれば、第一王子は殺害され、ブリューセン帝国が王国に対し牙を剝くことも考えられるだろう」

「……それが、このボクと何の関係があるのさ。むしろ、アンダーソン家を……母さん・・・をあんな目に遭わせた王国なんて、滅んでしまえばいいんだ」


 クレイグ=アンダーソンは吐き捨てるようにそう言うと、顔を背けた。

 だが、僕はそんなことはお構いなしに話を続ける。


「そこで考えたのは、機知に富み、無能な第一王子を諫め、操ることができる有能な人物を補佐として第一王子と共にブリューセン帝国に送り込むこと。そして、最も適任と思われる人物こそが、クレイグ=アンダーソン……君だよ」

「っ!?」


 クレイグ=アンダーソンは目を見開き、顔を上げて僕を見る。


「もちろん、君には相応の報酬を用意するつもりだ。アンダーソン家の復興……つまり、伯爵位を正式に叙爵すると共に旧領を回復、加えて、その名誉を回復するために五十年前の冤罪事件についても、白日の下に明らかにすることを約束しよう」

「そ、そんなこと! そんなこと信じられるわけがないじゃないか!」


 まあ、当然だな。

 こんなことを言ったところで、この男にとっては口約束以下の重みしかない。


 なら、その言葉に重みを与えてやろう。


「君に告げたことについては、ブルックスバンク公爵家が当主、ギルバート=オブ=ブルックスバンクの名に誓って、必ずや成し遂げよう。その証として、これを君に預ける」

「あ……」


 僕は胸につけるブルックスバンク家の紋章をあしらったブローチを外し、クレイグ=アンダーソンに差し出した。

 つまり、僕が誓った約束が果たされなければ、貴族として不名誉な烙印を押され、王国内で一切の信用を失うことになる。


 そして、それは目の前の男も理解しているはずだ。

 僕の、この覚悟の程を。


「どうだ? これでも僕の言葉が信じられないか?」

「あ……あああ……」


 どうやらあまりのことに、クレイグ=アンダーソンは混乱を極めているようだ。

 だが、そのとび色の瞳には、先程まであった僕に対する憎しみや怒りの色は消え去っていた。


「クレイグ=アンダーソン……この王国のため……いや、この国に住む人達のため、君の全てを・・・・・俺にくれ・・・・

「あ、ああ……あああああ……っ」


 クレイグ=アンダーソンの瞳から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ始める。

 これまで……この十五年間、ずっと苦しみ続けてきたこの男だ。その全てが報われるすべが目の前にあるのだから、感極まってこうなってしまうのも頷ける。


「本当に……本当に、約束してくれるんですか? 僕の……母さんの名誉を、誇りを、回復してくれるのですか……? 今までの苦しみの全てが、報われるのですか……?」

「ああ、約束する。もちろん、アンダーソン家がこうむった罪が、冤罪であることも信じている」

「あああああ……ああああああああああッッッ!」


 クレイグ=アンダーソンは慟哭する。

 これまでの苦しみ、悲しみ、怒り、それらの全てを込めて。


「シア……もう大丈夫でしょう」

「……分かりました」


 シアはまだ少しわだかまりがあるものの、クレイグ=アンダーソンの全身を覆っている魔法の氷を解除した。


 そして僕達が見守る中、クレイグ=アンダーソンは膝から崩れ落ち、心ゆくまで泣き続けた。

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