本当の聖女の参謀役
「コホン。坊ちゃま、フェリシア様、そろそろまいりませんと日が暮れてしまいます」
「「あ……」」
咳払いをしたモーリスの言葉に、抱き合っていた僕とシアは我に返った。
そうだった、今日はクレイグ=アンダーソンに接触しに来たんだった……。
だけど。
「シア……あなたの素晴らしい願いを叶えるために、屋敷に戻ったら早速打ち合わせをしましょう」
「ギル……はい!」
僕はシアと約束をして頷き合うと、今度こそクレイグ=アンダーソンの家を目指す。
そして。
「坊ちゃま、こちらですな」
「ああ……」
このみすぼらしい二階建ての建物が、クレイグ=アンダーソンの家、か。
とはいえ、二階建てというだけでもこの貧民街では破格なんだけどね。
――コン、コン。
僕は扉に付いている金属のノッカーを叩くが……返事がない。
「ひょっとして、留守なのか?」
「坊ちゃま、いかがなさいますか?」
「うん……」
また日を改めて訪れることにしていては、それだけブリューセン帝国への対応が遅れることになってしまう。
ただでさえシアの願いを叶えないといけないんだ。それを考えれば、無駄な時間はない。
「とりあえず、クレイグ=アンダーソンが帰ってくるまでここで待とう」
「かしこまりました」
そうして僕達は、彼の家の前で談笑していると。
「見慣れねえ連中だな」
頭の悪そうな三人組の連中が、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら近寄ってきた。
まあ、貧民街を訪れた時点で、こういう輩が寄ってくることは想定していたが。
「お前達に尋ねたい。この家の主であるクレイグ=アンダーソンを知っているか?」
「? クレイグ? アンダーソン?」
僕の問いかけに、三人の男は首を傾げた。
? どういうことだ? ここは確かに、あの男の家で間違いないはずなんだが……。
「この家にいるのは、そんな野郎じゃなくて“クリス”って女みたいな男だぞ?」
「「「“クリス”?」」」
男の一人の言葉に、僕達は思わず聞き返した。
だ、だが、ここにあの男が住んでいることは、事前の調査で確認済みだ。間違えようはずもない。
……ひょっとして、素性を隠すために偽名を使っているのか?
「そ、そうか。そのクリスに会いたいんだが、彼がどこにいるか分かるか?」
「知らねえよ。それより……へっへ、お前、いい女連れてるじゃねえか」
「ちょっと俺達と遊ばせろよ」
コイツ等……言うに事欠いて、僕のシアをそんな下品な目で……!
そう考えると同時に僕の身体が動き、この連中を叩きのめそうとした、その時。
「「「っ!?」」」
「ふふ……すいません。私、ギル以外の殿方には一切興味がありませんので、お相手をする気はないんです」
クスクスと
「それで……どうします? 私としてはできれば大人しく帰っていただけると嬉しいのですが……」
「「「は、はいい!」」」
「ふふ、ありがとうございます」
ニコリ、と笑顔を見せたシアが、三人の魔法を解く。
その瞬間、三人は一目散にこの場を去っていった。
「あはは、さすがはシアですね」
「ふふ、物分かりのいい方々でよかったです」
だけど……うん、もし万が一にでもシアと喧嘩になったら、間違いなく僕も氷漬けにされてしまうだろうなあ……気をつけよう。
などと考えていると。
「……ボクの家の前で、何をしているのですか?」
「「「っ!?」」」
女性のようなソプラノボイスで告げられ、振り返ると……そこには、シアと変わらないほどの身長しかない、男性なのか女性なのか分からない、中性的な顔立ちの者がいた。
だが、ウェーブのかかった癖のある茶色の髪に
小説に登場するヒーローの一人でシアの参謀役を務めた、クレイグ=アンダーソンだ。
「これは失礼しました。ところで……あなたは
僕はあえてクレイグ=アンダーソンではなく、偽名のクリスの名で呼んだ。
いきなり本名を名乗られたら、この男のことだ。僕達を警戒して話が進まなくなってしまうからね。
本題の話をするのは、この男が
「そ、そうだけど……」
「失礼、私は“ギルバート”と申します。実は、あなたに少々尋ねたいことがありまして、伺った次第です」
訝しげな表情を浮かべるクレイグーアンダーソンに対し、僕は努めて人の好さそうな笑顔を振りまいてみせた。
だが、この男のみならずモーリスまで、どうしてそんな微妙な顔をするんだ?
「ふふ……私はそんなあなたの笑顔が大好きですよ?」
「シア……」
そう言ってシアは僕の笑顔を褒めてくれた、んだけど……それってつまり、僕の笑顔が変だってことですよね?
ま、まあ、シアが喜んでくれるのなら、別にいいか……。
「プ……アハハ、そっかー……あなたは、少し不器用な方なんですね」
そんな僕とシアのやり取りやモーリスの表情などを見て、クレイグ=アンダーソンが笑い出した。
少し不本意だが、どうやら僕達への警戒心は少し和らいだようだ。
「では、こんなところで立ち話も何ですから、ボクの家へどうぞ。といっても、狭くて汚いところですが」
「ありがとうございます」
そう言って、クレイグ=アンダーソンは僕達を家の中へと通してくれた。
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