貧民街の決意
「失礼、少々よろしいですかな?」
シアの手を取り、謁見の間から去ろうとしたところで、宰相が声をかけてきて僕達を呼び止めた。
「何でしょうか?」
「もちろん、アンダーソン家についてです。あの事件については既に五十年も経過し、王国内でも秘匿されていたはず。小公爵殿は、どこであの家のことをお知りになったのですか?」
訝しげな視線を向けながら、宰相が尋ねる。
何故知っているかと問われれば、前世の僕が原作者で、この設定を考えたからなんだけど……さすがにそんなことは言えない。
「……たまたま、僕の部下に当時の事件について知っている者がおりましてね。それで、興味本位で唯一の生き残りであるクレイグ=アンダーソンの素性を調べたんですよ」
僕ははぐらかすように、肩を
「そうですか……ですが、これだけは忠告しておきますぞ。この事件、あまり深入りせぬほうがよろしいかと」
「ほう……」
視線が鋭くなった宰相を、僕は興味深く眺める。
ひょっとしたら、宰相はアンダーソン家の冤罪や
確かに、真相を知っている者からすれば、絶対に関わり合いになりたくはないはずだからね。
「ご忠告ありがとうございます。まあ、気をつけますよ」
「くれぐれも、ですぞ?」
何度も念を押す宰相に別れを告げ、僕達は今度こそ王宮を後にした。
◇
「それでギル……これからどうなさるのですか?」
帰りの馬車の中、シアが心配そうな表情を浮かべ、おずおずと尋ねる。
「はい。もちろん、王都にいるクレイグ=アンダーソンを尋ね、説得を試みます。彼の目的はあくまでもアンダーソン家の復興ですので、それさえ約束すれば、交渉は容易いかと」
「ですが……国王陛下には五十年前の事件の真相究明を約束されました。もうそれだけの年月が経過している中、難しいのでは……」
「ですね。なので、それこそクレイグ=アンダーソンに事情を聞くところから始めてみましょう」
といっても、作者である僕は事件の真相を最初から知っているので、何の苦もないんだけどね。
そのための証拠の
むしろ、一番の問題はそのクレイグ=アンダーソンだ。
なにせ、その性格たるやヒーロー達の中で一番ひねくれている上に、その知能の高さ故か、人を小馬鹿にしている節があるからね。
ということで。
「ギ、ギル、おかしなところはないでしょうか……?」
「も、もちろんです! それどころか、やはりシアはどのような服を着ても似合っています!」
屋敷に帰って来た僕達は、クレイグ=アンダーソンに接触するために、平民の服に着替えたんだけど……うわあああ! シアが最高すぎる! 尊すぎる!
「あ……ふふ、ギルに褒められてしまいました。もちろんギルも、どんな殿方よりも素敵ですよ?」
「ありがとうございます!」
ニコリ、と嬉しそうに微笑むシアに、興奮のあまり僕の声は普段より大きくなってしまった。
「それでは坊ちゃま、
「ああ、頼んだぞ」
恭しく一礼するモーリスに、僕は頷く。
彼の後ろでは、指を
「では、行きましょう」
「はい!」
用意が整った僕達は馬車へと乗り込み、クレイグ=アンダーソンがいる王都の一区画を目指す。
「……街並みが少し
「そうですね……僕達が向かう先は
そう……クレイグ=アンダーソンは、幼い頃から貧民街で暮らしている。
家が取り潰しに遭い、家名を名乗ることすら許されなくなった元貴族の末路なんて、そんなものだ。
……そんな劣悪な環境にいて、しかも冤罪でこんな目に遭っているんだ。ひねくれてしまうのも仕方ない、か。
「坊ちゃま、ここから先は目立ってしまいますので、徒歩で向かいましょう」
「そうだな」
貧民街の入口付近まで来た僕達は馬車から降りると、貧民街の薄汚れた通路を歩く。
道端に寝転がる者や、肩を落とし虚ろな表情で歩く者、野良犬のような視線を向ける者。
ここにいる者は、そんな明日への希望が持てない者達ばかりだった。
「ギル……」
真剣な表情で、僕の名を呼ぶシア。
そのサファイアの瞳には、どこか決意めいたものが
おそらくは、この貧民街に住む者達を何とかしてあげたい、そう考えているのだろう。
もちろん、それが決して簡単なことではなく、厳しいものであることも承知の上で。
「シア……女神教会が貧民街の救済として、定期的に炊き出しなどを行っています。ですが、僕から言わせればそんなものは焼け石に水。あなたは、そういった施しをなされたいのですか?」
少し厳しい言い方だが、僕はシアにそう尋ねた。
もちろん、今日の飢えをしのぐための施しも必要ではある。でも、それじゃ根本の解決にはならない。
本当に彼等を救いたいのなら、そんな目先のことだけじゃ駄目なんだ。
僕は、シアの答えを待つ。
すると。
「……私は、ギルの婚約者となってから多くのことを学びました。世界のこと、王国のこと……ですが、一番身近なことを学んで……いえ、知っておりませんでした」
「はい」
「私は、あなたがいなければ何もできないのに、思い上がった考えなのかもしれません。でも……それでも、この方々を何とかしたい、そう思ってしまったのです……!」
小さく拳を握り、真剣な表情で僕を見つめるシア。
あはは……あなたはやはり、僕の大好きなシアですよ。
「大丈夫……あなたならできます。いえ、あなたしかできません。それに、僕はいつだってあなたのなさることを全力で支えますよ」
「っ! ギル……ありがとうございます……!」
僕の言葉を受け、シアが僕の胸に飛び込んで嬉しそうに頬ずりをする。
あはは……あなたは小説の中でも、そうやって弱い人を……苦しむ人を助けてきたんですよ?
だって。
――あなたは、
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