次なるヒーローの存在

 クレイグ=アンダーソンという男は、一言で言ってしまえばひねくれ者で、クールぶっていて、皮肉屋で、生意気で、嫌われ者だ。あ、一言で済まなかった。


 まあ、そんなキャラ設定にしたのは前世の僕なんだけど、いわゆる異世界恋愛モノではよく出てくるから御多分に漏れず僕も出したのだ。


 一応、小説の中では頭脳系キャラとして、ヘカテイア教団の陰謀の阻止の立案を担っていた、んだけど……うん、三人の王子やうちののことを考えると、正直不安でしかない。


 とはいえ、欲しいのはアイツの頭脳だけなので、性格等々については目をつぶることにしよう。

 何より、どうせすぐにブリューセン帝国に行ってしまって、僕やシアとの接点はほぼなくなるし。


 ということで。


「……なので、アンダーソン伯爵家の名誉の回復を条件として、交渉したいと思います。ついては、国王陛下におかれてはそれをお認めいただけますでしょうか」

「ふむ……アンダーソン伯爵家、なあ……」


 国王陛下は天井を見上げながら思案する。

 おそらく、アンダーソン家についての記憶を掘り起こしているのだろう。


 まあ、アンダーソン家が取り潰しになったのって、今から五十年前だからなあ。国王陛下すら生まれていないのだから、知らなくて当然か。


「分かった。小公爵の提案どおりにしよう」

「ありがとうございます」


 国王陛下に了承いただき、僕はうやうやしく一礼した。


 すると。


「陛下……それはいかがでしょうか? さすがにあのような・・・・・真似・・をしたアンダーソン家を、そう易々とゆるしてはいけませんぞ?」


 宰相であるスペンサー侯爵が、それに待ったをかけた。

 ふむ……どうやら宰相は、冤罪事件・・・・について少しは知っているみたいだな。


「宰相、余はお主が問題視するアンダーソン家の罪とやらを知らぬ。仔細に申せ」

「はっ!」


 国王陛下に促され、宰相がくだんの冤罪事件についての説明を始める。


 五十年前、アンダーソン伯爵家は王国への叛逆を企てようとしたこと。

 そのために大量の武器を買い付け、傭兵を雇い、禁止薬物の売買等によって資金を調達していたこと。

 しかし、部下一人の密告によって全てが露見し、王国の手によって未然に防がれ、アンダーソン家は取り潰し。一族郎党が処刑されたこと。


「……まさか小公爵殿から、あの忌まわしき家のことを聞かされるとは思いませんでした。しかも、アンダーソン家に生き残りがいたなどと……」


 宰相は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 まあ、宰相の立場からすれば、まだ冤罪が晴らされてもいない中で、そのような罪を犯した一族がニコラス王子と共にブリューセン帝国に行ってしまったら、逆に連中にくみして寝首を掻かれかねないと危惧するのは当然か。


 とはいえ、これくらいは想定内。

 要は冤罪を晴らせば済む話だ。


「宰相のご懸念はごもっとも。では、この僕がその事件の真相を解き明かし、改めてアンダーソン家の名誉を回復してみせましょう」


 そう言うと、僕は恭しくこうべを垂れる。

 本当はそんなことをするのも面倒くさくて、手っ取り早く国王陛下に認めてもらおうとしたけど、結局は楽をしようとして手抜きをするなってことか。


「うむ……では、小公爵よ。この件、お主に任せる」

「はっ!」

「ところで……フェリシアよ、お主は二か月前に王立学院で行われた能力判定で、素晴らしい魔法を披露したと聞いたが……」

「はい……素晴らしいかどうかは分かりませんが、その場にいらっしゃった皆様からは、賞賛のお言葉をいただきました」

「うむ。かの聖女・・といい、これは姉妹揃って・・・・・極めて優秀であるな」

「失礼します。僕の婚約者の名誉のため、あのような者と同列に扱うことはおやめいただけますでしょうか」


 国王陛下の言葉が聞き捨てならず、僕は思わず口を挟んでしまった。

 だが、容姿や能力もさることながら、それ以上にその心根に天と地ほども差があるあんなエセ聖女と同じように見られるなど、どうしても耐えられない。


「……小公爵よ、まあそう言うな。あのような者・・・・・・とて、まだ価値はあるのだ」

「…………………………」


 そう告げる国王陛下に、僕は頭を下げたまま口をつぐむ。

 ハア……まあ、あの女の本性を国王陛下がご存知なだけまし・・、か。


「では、よろしく頼んだぞ」


 そう言うと、国王陛下は席を立ち、謁見の間を後にした。


「……シア、帰りましょう」

「はい……」


 僕はシアの手を取り、同じく謁見の間から去ろうとしたところで。


「失礼、少々よろしいですかな?」


 宰相が声をかけてきて、僕達を呼び止めた。

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