二人の姉妹の、二つの顔

「それで、残るニコラス殿下はどうなったのですか? 特に、同じフレデリカ妃殿下の派閥同士となりますが……」

「今のところ、何の動きもありません。何より、お母様にくみしていた貴族達は、全て私の支持に回りましたし、今では義理で従者があてがわれている程度です」


 そう言うと、クラリス王女は少しだけ寂しげな表情を浮かべた。

 やはり第二王子とは違って、実の兄に対して色々と思うところがあるようだ。


 だからといって、僕はシアに対して行ったあの無礼な仕打ちを絶対に忘れたりはしないが。


 でも、そうだな……少し利用・・してみるか。


「そういえば……ニコラス殿下は今、ソフィアには懸想はしていないのですか? ほら、王太子を剥奪されるきっかけとなった狩猟大会では、あの女の気を引こうとわざわざ僕が倒したドラゴンまで横取りして自分の手柄にしたわけですし」

「……それが頭の痛いところなんです」


 そう言って、クラリス王女が何とも言えない表情を浮かべながらかぶりを振った。

 あー……未だに横恋慕しているのか……なら、なおさら利用・・してやったほうがよさそうだなー……。


「……一度、国王陛下に謁見した際にでも、他国への婿入りについて提言してみます」

「っ! 本当ですか!」


 僕の言葉に、クラリス王女が勢いよく身を乗り出した。

 どうやら彼女も、そのほうがいいと考えていたようだ。


「はい……ちょうど、隣国に・・・姫君一人しかいない国がありますから」

「え……? ひょ、ひょっとして……」


 目を見開くクラリス王女に、僕はゆっくりと頷く。

 そう……今はヘカテイア教団の影響下に置かれてしまっており、目下悩みの種となっている隣国。


 ――ブリューセン帝国の第一王女、“クラウディア=フォン=ブリューセン”。


 現在もブルックスバンク家、そしてサンプソン辺境伯によってブリューセン帝国について調査中であり、どこまでヘカテイア教団の影響下にあるかは把握し切れていないものの、第一王子を差し出せば、少なくともマージアングル王国とブリューセン帝国が手を結ぶことが可能になる。


 その上で、教団の連中をあの国から追い出せれば、今後はブリューセン帝国が連中と王国……いや、西方諸国への防壁として期待できる。


 何より、もはや第一王子にはこの国の王位継承への望みは絶たれていると言ってもおかしくはない状況であるし、隣国の王配という立場なら、何だかんだで馬鹿息子が可愛い第一王妃としても万々歳だろう。


「そういうわけですので、早ければ今週末にでも国王陛下への謁見を求めることにします。まあ、こちら側の提案をあの国・・・がどう受け取るか次第ではありますが、やってみる価値はあるでしょう」

「はい……そうですね……」


 クラリス王女は安堵したような、それでいてどこか寂しそうな、そんな複雑な表情を浮かべた。


 ◇


「シア、帰りま……いえ、せっかくですので寄り道をしてから帰りましょう」


 一日の授業が終わり、僕はシアにそんな提案をしてみる。

 はっきり言って、僕は一日も我慢したんだ。屋敷に帰るまでの間に、思う存分シアを求めたいんだ。


「ふふ……これではモーリス様や皆さんにご迷惑をかけてしまいますね」


 そう言って、シアは苦笑した。

 でも、否定しないところを見ると、シアも賛成してくれたようだ。


「では、すぐに行きましょう!」

「ふあ!? ふふ、もう……」


 シアの手を引き、少し早足で僕達を待っている馬車の元へと向かう、んだけど……。


「……何か用か?」

「お姉様も小公爵様も、久しぶりにお会いするというのに一言も言葉を交わさずにお帰りになられてしまうなんて、寂しいじゃありませんか」


 そう言って現れたのは、エセ聖女のソフィアと第二王子だった。

 相変わらずソフィアは、笑顔が下品極まりない。


「あいにくだが、僕もシアも会話をしなくても寂しくはないよ。むしろ、余計な手合いを相手にしなくて済んで、助かっているくらいだ」


 僕はそう言い放ち、肩をすくめてみせた。

 できれば永遠にご退場願いたいけど、多分、そうはならないんだろうなあ……。


「ふふ、クラリス殿下にお聞きしたわよ? 表の顔・・・は、学院の外ではまだ剥がれていないみたいね」

「……どういう意味ですか?」

「あら? 言ったとおりよ。それとも、一から説明しないと分からない?」


 ねめつけるような視線を送るソフィアに対し、シアはクスクスとわらう。

 僕や屋敷のみんなと一緒にいる時には、絶対に見せないシアの裏の顔・・・


 小説では、二度目・・・の人生でこうやって追い込んでいくシーンがたくさんある。

 今のシアの台詞せりふも、小説の中で使われたものだ。


 ただし、隣にいたのは僕ではなくて目の前の第二王子で、僕はソフィアの隣にいるという、あべこべの状況ではあるけど。


「ふふ……あなたの本性が……裏の顔・・・が白日の下にさらされる時を、楽しみにしているわ。行きましょう、ギル」

「はい」


 シアが差し出した左手を取り、僕は彼女をエスコートしながら玄関へと向かった。


 忌々しげに睨む、聖女と王子を残して。

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