注目の的

「「「「「ひょ、“氷結の薔薇ばら姫”……」」」」」


 教室にやって来るなり、何人かの生徒がそんな二つ名をポツリ、と呟いた。

 だけど、“氷結の薔薇ばら姫”って……もちろん、シアのことだよね……?


「ギルバートさん、フェリシアさん、遅刻ですよ?」


 教師モードのマリガン卿が、苦笑しながら僕達に注意をした。

 でも、その雰囲気や表情は、どこか嬉しそうな印象を与える。


 まあ、久しぶりに元気な姿の愛弟子・・・を見たら、そうなるのも仕方ないか。


「申し訳ありません。シア、では席に着きましょう」

「はい」


 僕とシアは、いつもの席に着く、んだけど……うわあ、みんながみんな、僕達……というより、シアにものすごく注目している。

 とはいえ、あの魔法の実技であれだけのインパクトを残したんだ。それも仕方ないよね。


 だが、男連中め……お前達はシアを見るな。


 僕は男共に殺気を込めて睨みつけてやると、慌てて視線を逸らした。

 フン、シアを見つめてもいい男は、僕だけなんだよ……って。


「シア?」

「……え? は、はい、どうしました?」

「いえ……少し険しい表情をされていたようでしたので……」

「あ……そ、その……実は今しがた、ギルを見つめる令嬢方がいらっしゃったので、嫉妬でつい……」


 消え入りそうな声でそう告白しながら、シアが身体を小さくしてしまった。

 ああもう! どうしてあなたはそんなに可愛いのですか! というか、これではあなたへの想いが抑えきれなくなってしまいますよ!


「ぼ、僕もです……男共があなたに視線を送っているのを見て、思わず殺気を込めて睨みつけてしまいました」

「ふあ!?」


 僕の言葉に、シアも可愛い声を漏らして胸を押さえた。

 駄目だ……可愛すぎて耐えられそうにない……。


 何とか平常心を取り戻そうと、僕は窓の外や教室内をせわしなく眺めていると。


「あ」


 教室の端で、まるで必死に隠れるかのように頭を抱えながら身をかがめている生徒が一人。

 あれは、パスカル皇子だ。


 どうやら剣術の実技が、あの男にとってトラウマになったみたいだ。

 はは……机であんなことをしたところで、かえって目立ってしまい、僕に見つかるのに。


 まあ、まさか二か月不在だった僕とシアが、いきなり教室にやって来るとは思わないか。知らないけど。


 となると、後の二人は……って。


 その前に、僕とシアを微笑みながら黄金の瞳で見つめている女生徒が一人。

 もちろん、クラリス王女だ。


 よく見ると……あはは、クラリス王女の周りには、二か月前と比べて子息令嬢の数がかなり増えている。

 どうやら、王位継承争いにおけるパワーバランスも大分変化があったみたいだ。


 一方で。


「…………………………」


 第二王子はといえば、少ない取り巻きに囲まれながら、肩をすくめていた。

 あー……これは、かなりつらい状況だな。


 クラリス王女には後で確認するとして、おそらくは僕とパスカル皇子との試合での不正行為で信用を失ったってところかな。

 加えて、あのクラリス王女は第一王妃が、追い落とすチャンスをみすみす逃したりなんてしないからね。


 こうなると、第二王子にとっての頼みの綱は、女神教会を背後に持つソフィアなんだろうけど……へえ、シアがこれだけ注目を浴びているというのに、何食わぬ表情で授業を受けるなんて、やるじゃないか。


 どこぞの王子達に比べれば、相当したたかだな。

 まあいいや、シアが女神教会に目をつけられて下手に聖女扱いを受けるよりも、余程いい。


 それに、既にあの女の手垢がついた称号なんて、こちらから御免こうむる話だ。

 そう考えると……うん、“氷結の薔薇姫”なんて、シアにぴったりの二つ名だ。


 このサファイアの瞳も、白く透き通るような肌も、氷の結晶のような美しさだからね。

 とはいえ、その心は温かくて慈愛に満ちていて、氷の冷たさとは真逆だけど。


 すると。


「シア……?」

「ふふ……あなたに出逢うまでは誰にも見てもらえなかった私ですが、こんなにも注目を集めるようになってしまいました。なのに私ときたら、そんな注目などよりもあなたの注目だけを求めてしまいます……」


 僕の手にその白く小さな手を重ね、シアは蕩けるような表情でそんなことを告げた。


「シア……あなたにそんなにも求められ、僕はこの上なく幸せです。僕も、世界中の誰よりも、あなただけを求めたい……」

「ふふ……嬉しい……」


 結局、僕とシアは周囲の注目をよそに、授業もまともに聞かないまま、ただ見つめ合い、手を重ね合い、微笑みあっていた。

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