掃討完了

「キヒ……仕方ありません。今日のところは出直し……「フフ、甘いわよ」……っ!? ギウッ!?」


 アルカバン司祭の背後に忍び寄っていたサンプソン辺境伯が、白銀のレイピアで両腕、両脚を一瞬で串刺しにした。


「ふふ、では念のため」

「キ……キヒ……」


 シアがトドメとばかりに氷結系魔法を放ち、アルカバン司祭の首から下を完全に氷で覆ってしまった。

 こうなっては身動きすることも、ましてや褐色イケメンが持っていたような竹筒を用いて自爆することも不可能だ。


 もちろん、『パリカーの邪眼』を使用することも。


「おっと、忘れるところだった」

「がふっ!?」


 僕はランスのつかで思いきりアルカバンの顎を殴りつけると、折れた奥歯が宙を舞った。

 ヘカテイア教団の連中は、いつでも死ねるように口の中に毒薬を仕込んでいるからな。そうはさせない。


「さて……アルカバン司祭を無事捕らえることができましたが、どうしますかね」

「フフ、決まっているわよ。あの四人と同じように、女神ヘカテイアの彫像を踏ませて首を防壁の上にさらすわ」


 そう言うと、サンプソン辺境伯は三日月のように口の端を吊り上げた。


 すると。


「キ……キヒ……この私を捕えたところで、我々ヘカテイア教団の怒りを買った貴様等は終わりだ……」

「? どういうことだ?」


 全身を氷漬けにされてもなお不敵な笑みを浮かべるアルカバン司祭に対し、僕は問いただした。


「い、今頃……敬虔けいけんなる女神ヘカテイアの下僕達によって、このレディウスの街の『浄化』が始まっている……」

「っ!?」


 アルカバン司祭の言葉に、サンプソン辺境伯が目を見開く。


「キヒヒヒヒヒヒ! 女神ヘカテイアの怒りに触れるがいい! この街は……いや、マージアングル王国には、『浄化』すら生温い! 貴様等の存在は全て無に帰すのだ!」


 高らかにわらうアルカバン司祭。

 それを僕達は、呆れた表情で眺めた。


「なあ……オマエの言う『浄化』というのは、ひょっとして他の団員がこの街で暴れることを指しているのか? それとも、ブリューセン帝国から団員達が大挙して押し寄せることを言うのか?」

「キヒ! その両方だ! つまりは貴様等のせいで、この国に残されていた救いの道・・・・が、全て閉ざされてしまったのだ!」


 はは、おめでたい奴だなあ。

 まだ寝るには早い時間なのに、起きたままそんな夢を見ているなんて。


「アルカバン司祭……最初にオマエが言ったじゃないか。『あの男が裏切った』と。なら、オマエ達の所在が分かっているのに、それを僕達が見過ごすはずがないだろう」

「っ!?」


 そう……あの褐色イケメンの供述で、僕達はレディウスの街にいるヘカテイア教団の一味の所在や構成、その他諸々、詳細に把握している。

 そこにきてアルカバン司祭が、サンプソン辺境伯に商談を申し込んできたんだ。そのタイミングを、この僕が見逃すはずがない。


「はは、今頃はマージアングル王国最強の騎士が、部下を引き連れてヘカテイア教の信徒を全員叩き潰しているだろうな」

「っ!? は、“破城槌”、ゲイブリエル=イーガンか!?」


 おお、さすがはゲイブ。その名はバルディリア王国にまで轟いていたか。


「そういうことだから、淡い期待はやめるのだな。なあに、心配するな。サンプソン閣下はあの四人と同じ目に遭わせるとおっしゃっているが、僕は優しいんだ。ちゃんと、オマエをヘカテイア教団に返してやろう……その首に、オマエの血でけがれた女神様を添えてな」

「きき、貴様あああああああああああッッッ!」


 女神を冒涜する行為に、アルカバン司祭が血の涙を流しながら絶叫した。


 ◇


「坊ちゃま。無事、連中を全て掃討いたしましたぞ」

「ゲイブ、ご苦労だった」


 全てを終えて報告に来たゲイブに、僕は労いの言葉をかけた。


「しかし、東方諸国では猛威を振るっていると噂のヘカテイア教団でしたが、何とも拍子抜けですな。部下達の練習相手にもなりませんでしたわい」

「そう言うな。そもそもゲイブも他の騎士達も、強すぎるのだからな」


 まあ、ゲイブはともかく騎士団員についても手練れ揃いだからな。

 ブルックスバンク家の騎士団は、王国どころか西方諸国一であると、自信をもって言える。


「それで……これで坊ちゃまの目的は、無事果たせましたかな?」

「ああ、充分だ。それどころか、サンプソン閣下まで僕達の陣営に加わってくれたんだ。これ以上ない成果さ」

「それはようございました」


 ゲイブは、嬉しそうに口の端を持ち上げた。


「ギル、では王都に帰るのですか?」

「いえ、あの男・・・の処遇を決めてからです」


 シアの問いかけに、僕はそう答えた。


 とりあえず褐色イケメンの妹を確保して、その上でどうするか考えよう。

 その……一応、小説の中ではヒーローの一人だしな。不遇だけど。シアを庇って死ぬけど。報われないけど。


「なので向こう一か月は、異国情緒あふれるこの街で羽を伸ばしましょう」

「ふふ……はい!」


 パアア、と咲き誇るような笑顔を見せてくれたシアを見て、僕も顔を綻ばせた。

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