アルカバン司祭との戦闘

「いやはや、お忙しいのにお時間を頂戴して申し訳ありませんな」

「フフ、いいのよ。バッハマン殿が持ってくるものは、安くて質がいいもの」

「恐れ入ります」


 夜の辺境伯邸の応接室。

 和やかな雰囲気の中、サンプソン辺境伯とアルカバン司祭が商談を始める。


 その様子を、僕とシアは、応接室の陰から固唾を飲んで見守っていた。


「それで……今日は何を持って来てくれたのかしら?」

「こちらでございます」


 アルカバン司祭は装飾された木箱を取り出し、中に入っている絹の布をゆっくりとめくる。

 すると……っ!?


「シア! 今すぐあの木箱ごと、魔法で氷漬けにしてください!」

「っ!? わ、分かりました!」


 僕の指示を受け、シアが慌てて飛び出して木箱に向けて魔法を放った。


「っ!? チッ!」


 アルカバン司祭は、舌打ちをしながら庇うように木箱を回収し、後ろへと飛び退いた。


「サンプソン閣下! こちらへ!」

「っ! ええ!」


 同じくサンプソン辺境伯もアルカバン司祭から距離を取り、僕達のところへと飛んだ。


「……これはこれは小公爵様、ごきげんよう。それで、一体どういうつもりですかな?」

「はは、それは僕の台詞せりふだよ。オマエが手にしているその木箱の中身……『パリカーの邪眼』を使って何をするつもりだったんだ」


 アルカバン司祭の持つ木箱の中の星の形をした深紫の宝石……あれは、小説の中でバルディリア王国の使者から我が国の国王陛下に献上され、洗脳しようとしたイベントに登場したアイテム。


 小説本編では、褐色イケメンからもたらされた情報でその陰謀を察知したシアと三人の王子の活躍により、未然に防ぐ展開になっている。


 まさかそれを、ここで持ち出してくるなんてな……。


「キヒ……まさか小公爵様が、この宝石をご存知とは思いもよりませんでした」


 アルカバン司祭が、ニタア、と口の端を吊り上げる。

 はは、失敗したというのに余裕じゃないか。


 それとも……まだ何か手があるのか?


「それよりも……その女が、どうして魔法を使っているのです?」

「別に魔法を使うくらい不思議じゃないだろう? オマエは一体、何を驚いている?」


 シアを見やりながら尋ねるアルカバン司祭に対し、僕は肩をすくめながらとぼけてみせた。

 まあ、本来ならシアは呪いによって魔法が使えないことになっているからな。


 だが……それよりも、シアが二週間以上前に王立学院で魔法を行使しているにもかかわらずそれを尋ねたということは、少なくとも王都にまでヘカテイア教団の手が伸びていないことを意味する。


 あはは、本当に今回は、色々とぎりぎり間に合ったんだな。


「さてさて。それで、この三対一の状況の中、オマエはこんな真似までしてどうするんだ? ヘカテイア教団幹部の一人、フィレクト=アルカバン司祭」

「っ!? ……キヒ。小公爵様は本当に底が知れませんな……まさか、私のことまでお見通しだったとは」

「まさか。そもそも不思議に思わないか? 国境の防壁にさらされている首は、四つ・・しかないんだぞ?」

「なるほど……あの男が裏切った、ということですか」


 僕の言葉に、アルカバン司祭が苦笑する。

 だが、その瞳は明らかに怒りに満ちていた。


 当然だ。ヘカテイア教団は、裏切者を最も嫌うからな。

 もし裏切りが発覚したら、その命をもって償うというのが教団の教えでもあるし。


「もはやオマエに逃げ場はない。加えて、仮にこの場から逃げおおせたとしても、既に面が割れている以上、国境を超えることも不可能だ」

「…………………………」


 アルカバン司祭は、笑みを絶やさないまま押し黙る。

 さあ……どう出る?


「…………………………キヒ」

「?」

「キヒヒヒヒヒヒ! 女神ヘカテイアを冒涜する貴様等などが、敬虔けいけんなる下僕しもべであるこの私に敵うはずがないのですよ!」

「っ! 来ます!」


 高らかにわらい出したアルカバン司祭を見て、僕達は身構える。

 といっても、作者である僕はこの男の手の内の全てを把握しているから、今の僕の実力からしても負ける要素は何一つない。


 後は、ただ分からせて・・・・・絶望・・させてやる・・・・・のみ。


「キヒッッッ!」


 ――カン、カン。


 アルカバン司祭が一息で放った仕込み針を、僕は全て左手の盾で弾くと。


「おおおおおおおおおおおおッッッ!」


 そのまま、アルカバン司祭目がけてランスで突撃した。


「キヒ、そんな直線的な動きなど、当たるはず……っ!?」

「ふふ、逃がしませんよ」


 クスリ、と嗤うシアが、いつの間にか氷結系魔法によって床伝いにアルカバン司祭の足元を氷漬けにしていた。

 これなら、かわしようもないだろう!


「ク……ッ!」


 アルカバン司祭が苦悶の表情を浮かべ、無理やりに氷漬けにされた両足を床から引き剥がすと、咄嗟とっさに飛び退いた。


 だが。


「はは、その足じゃ満足に動けないだろう?」

「…………………………」


 無理やり氷を引き剥がしたせいでズタズタの足になったアルカバン司祭を見下ろしながら、僕は嘲笑あざわらう。

 元々、アルカバン司祭は小太りの身体に似合わず、俊敏な動きこそが持ち味だ。

 それも、こうして足に大怪我を負ってしまった以上、その動きも半減以下になる。


「キヒ……仕方ありません。今日のところは出直し……「フフ、甘いわよ」……っ!? ギウッ!?」


 アルカバン司祭の背後に忍び寄っていたサンプソン辺境伯が、白銀のレイピアで両腕、両脚を一瞬で串刺しにした。

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