バッハマンからの接触

「フフ! それにしても、これで一気に五十人も検挙できたわ!」


 ヘカテイア教の信徒と思われる連中を大勢捕らえ、サンプソン辺境伯が上機嫌に笑う。

 なお、あの四人の男についてはその後、断頭台にて処刑した。


 その姿を見て、さすがに住民達も肝を冷やしただろう。

 少なくとも、これでしばらくは抑止力になったはずだ。


「ですが、逆に言えばこの短期間でこれだけの者をヘカテイア教に引きこんだということです。そう考えると、連中は侮れません」

「そ、そうね……」


 現実を突き付けられ、サンプソン辺境伯が肩を落とす。


「とはいえ、既に連中の構成やアジト、その他諸々の情報はつかんでいるんです。後は、頃合いを見計らって一網打尽にしてしまいましょう」

「ええ!」


 何より、上手くいけばあのバッハマン……いや、アルカバン司祭を消すことができる。

 あの男は、小説本編でも色々と厄介な存在だったからな……生かしておく理由がない。


「それより、本当にお世話になってもよろしいのですか?」

「もちろんよ。小公爵様が泊まっていた宿屋もとても営業できる状況じゃないし、それに、小公爵様達が一緒にいるほうが、私も安全だし」


 まあ、あそこまでヘカテイア教団に対して見せしめを行ったんだ。恨みに思ったアルカバン司祭が、サンプソン辺境伯を襲いに来てもおかしくはない。


 何より、最も邪魔な存在である聖女・・のシアも一緒にいるんだから、一にも二にも狙ってくるか。


「そういうことだから、フェリシアちゃん! 一緒にお風呂に入りましょ!」

「ふああああ!?」


 満面の笑みを浮かべるサンプソン辺境伯に担ぎ上げられ、二人はお風呂へと向かった。


「……な、なあ、ゲイブ。いくらシアが軽いとはいえ、あんな簡単に片腕で持ち上げられたりするものなのか?」

「ハハハ、そうですな。私の見たところ、サンプソン閣下はかなりの手練れですぞ?」

「そうなのか?」

「ええ。坊ちゃまといい勝負をされるかもしれません」


 うわあ……僕、そんな設定にした覚えはないんだけど……。

 だって小説ではサンプソン辺境伯が戦う場面なんて用意してないし、ただヘカテイア教団にくみしたということで、まとめて粛清された描写しか用意してないからね……。


 作者の僕が言うのも何だけど、色々と予想外が過ぎるよ……。


 ◇


 ヘカテイア教団の五人が襲撃してきてから三日。


 今のところ、アルカバン司祭達に目立った動きはない。

 まあ、あの四人は処刑してブリューセン帝国との国境の防壁の上に首をさらしているし、下手な動きを見せられないといったほうが正しいか。


 それと、褐色イケメンについては、サンプソン辺境伯の屋敷の地下牢で今もめそめそと泣いているらしい。

 もちろん、僕はそんなこと知ったことじゃないけど。


 とはいえ、褐色イケメンの妹については、場所も割り出せたこともあってモーリスが直轄している暗部をバルディリア王国に送り込ませ、さらってくるように指示してある。

 距離があるので何とも言えないが、それでも、早ければ一か月もすればこの街に連れてこれるだろう。


 できればそれまでに、この街でのことは全てケリをつけておきたいな……。


「……ギル、また考えごとをしていますね?」

「あ……す、すいません……」


 一緒にお茶を飲んでいるシアが、頬を膨らませる。

 何というか、その……もちもちしたその頬っぺたを突っつきたい。


「フフ、婚約者のことをないがしろにすると、後が大変よ? それに、小公爵様がいらないのなら、この私がフェリシアちゃんをもらっちゃうんだから」

「あああああ!? 駄目! 駄目ですからね!」


 急に現れたサンプソン辺境伯の言葉に、僕は慌てて拒否を示す。

 僕のシア・・・・は、絶対に誰にも渡しはしないから!


「フフ! 小公爵様ったら、揶揄からかい甲斐があるわね!」

「……うぐう。そ、それで、僕とシアのお茶の邪魔をして何の用ですか?」


 からからと笑うサンプソン辺境伯を、僕はジト目で睨みながら用件を尋ねると、彼女の表情が急に真剣なものに変わった。


「あの男……バッハマン側から接触があったわ。今夜にでも、商談・・をしたいとのことよ」

「「っ!?」」


 その報告に、僕とシアは息を呑んだ。

 商談・・なんて言っているが、その目的は分かったものじゃない。


 ましてや、僕が手を回したこととはいえ、サンプソン辺境伯は四人に女神ヘカテイアの彫像を足蹴にさせた挙句、さらし首にしたんだ。

 異常なまでに敬虔けいけんなあの男からすれば、到底許しがたいものだからな。


「……サンプソン閣下。その商談の場、僕達があらかじめ取り囲んでおくようにしましょう」

「ええ、お願いするわ。私もそう簡単に後れを取らないとは思うけど、万が一、ということもあるから」


 そう言って、サンプソン辺境伯は肩をすくめる。

 お世話になっている三日の間に、僕は彼女と一度だけ手合わせをしたけど、ゲイブの言うとおり僕とほぼ互角の腕前だった。


 だから、たとえアルカバン司祭相手でも負けるとは到底思えない。

 だが……もし連中が何でもあり・・・・・で仕掛けてきたら……。


「とにかく、油断しないようにしましょう」

「ええ」


 僕とサンプソン辺境伯は、頷き合った。

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