救いの解毒魔法

「これなんか、シアに似合うんじゃないでしょうか」


 レディウスの街に来てから一か月が経ち、僕とシアは今日も一緒に街を散策している。

 で、今は織物商の店に来て、シアにピッタリの東方の国の生地を探しているところだ。


「ふふ……藍色のすごく綺麗な色ですね。それに、肌触りが心地よい上に軽くて、素敵な生地です」

「よし、買いましょう。店主、すまないがこの生地をあるだけ……「いけませんよ、ギル。一着分もあれば充分です」……はい」


 シアに釘を刺され、僕は渋々ドレス一着分の生地だけを購入することにした。

 くそう……シアがしっかり者過ぎて、その……うん、嬉しい。


 そうして色々な店をのぞきながら、僕達は平和な午後を満喫していると。


「坊ちゃま、ゲイブ様がお呼びです」


 騎士の一人、“ジェイク”がやって来て耳打ちした。

 当たり前だけど、せっかくのシアとの楽しいひと時を邪魔され、僕は思いきり顔をしかめる。


「……それは今じゃないといけないのか?」

「そうおっしゃらないでください……坊ちゃまに来ていただかないと、俺達が団長にぶん殴られます……」


 そう言って、ジェイクが瞳を潤ませて訴える。

 だが、シア以外の者がそんなことをしたって、僕には一ミリも響かないんだよ。


「ギル、“バトン”卿が困っていらっしゃるじゃないですか。早く戻りましょう」


 うぐう、シアが僕よりもジェイクを優先した……。

 ハア……仕方ない。戻るとするかあ……。


 僕は肩を落としながら、通りのはずれに待機していた馬車へと戻ると。


「(イーガン卿の用事が終わりましたら、そ、その……膝枕して差し上げますから……)」

「っ! は、はい!」


 頬を赤く染めながらそっとささやいたシアの言葉に、僕は一気に機嫌が直った。


 あはは……我ながら、単純だなあ……。


 ◇


「坊ちゃま。待っておりましたぞ」


 辺境伯邸へ急いで戻ると、ゲイブが駆け寄って来た。

 その様子からも、かなり急ぎのようだ。


「ゲイブ、それで何があったんだ?」

「はっ、バルディリア王国に潜入していた暗部が戻り、例の男の妹を確保してまいりました。ですが……」


 いつも豪快なゲイブが、珍しく言い淀む。


「どうした?」

「……その妹の容態が、かなり思わしくないのです」

「っ!? すぐに案内してくれ」

「はっ!」


 僕とシアはゲイブの後に続き、褐色イケメンの妹がいる部屋へと向かう。


 そして。


「ハア……ハア……ッ」


 褐色の女性が、苦しそうに荒い寝息を立てていた。

 額に浮かぶ汗や苦悶の表情からも、かなり危険なようだ。


「……ジェイク、地下にいるあの男を連れてきてくれ」

「はっ!」


 僕の指示を受け、ジェイクが慌てて部屋を出て行った。


「ギル……彼女の様子を確認してもいいですか?」

「はい、お願いします。おそらく、シアでなければ彼女を救えないと思いますから……」


 僕の言葉に、シアはサファイアの瞳に決意を込め、力強く頷いた。


「……回復魔法は傷を治すためのもの、病気には効果がありません。ですが、以前ギルがおっしゃっていたように、あのヘカテイア教団の仕業によって毒に冒されているのであれば、話は違います」


 苦しむ褐色の女性の黒髪を優しく撫でながら、シアは静かに告げると。


「【キュア】」


 そう唱えた瞬間、シアの手からこぼれる光が、褐色の女性の身体を包み込んだ。


 すると。


「ハア……ハア…………すう……すう……」


 ついさっきまで苦しそうにしていた女性の息遣いが穏やかな寝息に変わり、表情が和らいだ。


「ギル……少なくとも、毒に関してはもう大丈夫です。あとは、毒によって失ってしまった体力さえ回復すれば、元通りになると思います」


 そう言って、ニコリ、と微笑むシア。

 そんな彼女の姿に、僕はただ魅入ってしまった。


 シア……やはりあなたは、僕の女神・・・・です。


「あ……あああああ……っ!」


 その時、いつの間にか部屋の中にいた褐色イケメンが、涙を流しながら自身の妹を見つめていた。


「“リザ”……リザ……リザアアアアアアアッ!」


 褐色イケメンは、叫びながら妹のそばへと駆け寄ると、しがみついて泣きじゃくった。

 ……とりあえず、感極まって泣くのは分かるが、これじゃ彼女もゆっくり眠れないだろうに。


「ジェイク、あの男を地下牢に戻せ」

「ええー……一応、感動の場面ですが……」

「知らん。そんなことよりも、彼女安静にするほうが先だ」

「は、はあ……」


 僕の指示を受けたジェイクが、微妙な表情をしながら褐色イケメンを引き剥がし、引きずって地下牢へと連れて行った。

 アイツは叫びながらジタバタしていたが、そんなことは知らん……って。


「あ……あれ……?」


 見ると、彼女は目を覚ましてしまったようだ。

 全く……全部アイツのせいだ。


「ふふ、ご安心ください。ここはマージアングル王国の国境の街、レディウスの領主邸です。それより、お腹は空きませんか?」

「え? え? お腹、って……私、病気だから……」


 ――ぐう。


「ふふ、今すぐ食事を用意させますね。といっても、まだ病み上がりですので、消化の良いスープになりますが」


 そう言うと、シアは微笑みながら食事を用意させるための使用人を呼びに行った。


「あ、あの……」


 状況がつかめない彼女は、不安そうな表情でおずおずと声をかける。


「そうですね……まず、僕はマージアングル王国のブルックスバンク公爵家の嫡男、ギルバートと申します」

「あ……わ、私はリズと申します……」

「あなたの身体のことを含め、簡単に説明しますね」


 自己紹介を済ませた後、僕はこれまでの出来事や彼女が毒に冒されていたこと等を、かいつまんで話した。

 ただし、兄である褐色イケメンがヘカテイア教団の手先として、多くの殺人などに手を染めていた事実を伏せて。


「そ、そうだったんですね……」

「ですが、僕の婚約者であるシア……先程、あなたに微笑みかけた彼女の解毒魔法によって、あなたの毒は全て消え去りました。もう、苦しむことはありません」


 そう告げた、その瞬間。


「あ……」


 彼女のオニキスのような黒い瞳から、涙が一滴ひとしずくこぼれ落ちた。

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