辺境伯、マーゴット=サンプソン

「坊ちゃま、サンプソン辺境伯より返事をいただきました。今晩、お会いいただけるそうです。併せて、晩餐にご招待いただきました」


 サンプソン辺境伯に使いを出していた騎士が戻って来たらしく、ゲイブが部屋に来て報告してくれた。


「そうか。では、辺境伯には私とシアで会うことにする。ゲイブと騎士達は、明日の朝まで英気を養っておいてくれ」

「はっ!」


 ゲイブは嬉しそうに口の端を持ち上げながら、部屋を出て行った。

 あはは……ここまで道程で騎士達も疲れているだろうからね。

 それに、これからヘカテイア教団との戦いもあるんだ。いざという時に力が発揮できないんじゃ困るし。


「では、今夜はギルと二人きりですね」

「はい。ただ、レディウスでの初めての夜が、サンプソン辺境伯との晩餐というのは、いささか面白くありませんが」

「ふふ……ですが、これは私達の未来にとって大切なことですから」

「まあ、そうなんですけどね」


 そう言って、僕とシアは苦笑しあう。

 本当にシアと一緒にいると、どんなことだって、何があったって全てが楽しい。


 こんな風に思える女性ひとが、この世界にどれほどいるだろうか。

 少なくとも僕にとっては、シアたった一人だけど。


「ギル、夜まではまだ時間もあります。で、ですので、その……私とお茶でもしませんか……?」

「もちろん、シアとご一緒するのは大歓迎です」


 僕とシアは、時間になるまで二人でお茶を飲みながら、談笑した。


 ◇


 ――コン、コン。


「どうぞ」


 夜になり、ノックされたので僕は扉に向かって声をかけた。


「ギル、いかがでしょうか……?」


 やって来たのはシアで、エイヴリル夫人自慢のドレスを着たシアが、おずおずと尋ねる。


「もちろん最高に決まっています。ただ、『女神の涙』を王都に置いたままにしたことは、この僕の失態でした……」


 そう言って、僕は悔しそうに顔をしかめる。

 あのサファイアの宝石があれば、シアの美しさがさらに引き立ったのに。というか、『女神の涙』以上に主役を張れるのは、シアしかいないのに。


「ふふ……ですが、私が『女神の涙』をつけても、あなたはいつも私の瞳ばかり見ているではないですか……」

「一番綺麗なものに惹かれるのは当然のことです」


 苦笑するシアに、僕は臆面もなくそう告げた。

 彼女は自己評価が低いところがあるから、何度でもこう言って認識させてあげないと。


「ありがとうございます……ですが、私のことを想ってほしいのはギルだけですから、できれば他の殿方にはよく思ってほしくはありません」

「それは僕も同じ思いですが……シアが素晴らしい女性ひとだから、いくらでも寄ってきてしまいますから……」


 特に、王立学院であのソフィア以上の魔法を放って喝采を浴びたシアだ。

 今までソフィアに働いていた聖女補正も通用しなくなった今、学院では間違いなくシアこそが注目の的になっているはずだ。


 ……これは、王都に戻って王立学院に復帰した際には、かなりの警戒が必要だな。


「も、もう……それより、そろそろ出ませんと晩餐の時間に遅れてしまいますよ?」

「おっと、そうでした。ではシア」

「ふふ……はい」


 僕はシアの手を取って宿屋の玄関に向かい、馬車に乗り込む。

 サンプソン辺境伯の屋敷までは、ここから馬車で二十分程度。それまでの間は、思いきりシアを愛でるとしよう。


 ということで。


「さあ、シアはここです」

「ふあ!?」


 僕はシアを抱き上げ、膝の上に乗せた。

 何といっても、今はモーリスやアンはおろかゲイブまでもがいない。


 なら、僕だって少しくらい我儘わがままに振る舞いたいからね。

 といっても、もちろんシアの同意の上でだけど。


「もう……ギルって、結構強引ですよね?」

「あはは、もちろんシアが嫌ならすぐにやめます。それで、どうしますか?」

「あう……意地悪」


 そう言うと、シアは口を尖らせながら僕の胸に頬ずりをした。

 どうやら、このままでいいようだ。


 そのままシアを思う存分堪能していると、あっという間にサンプソン辺境伯邸に到着してしまった。

 むう……こんなことなら、遠回りすればよかった。


「シア、どうぞ」

「ふふ……はい」


 玄関に横付けされた馬車から僕が先に降りると、手を取ってシアを降ろす。


 すると。


「ようこそお越しくださいました」

「これはサンプソン閣下。わざわざお出迎えいただき、ありがとうございます」


 東方のドレスを身にまとったレディウスの街の領主、“マーゴット=サンプソン”辺境伯が優雅にカーテシーをすると、僕もうやうやしく一礼して返した。


「ところで、そちらの可愛らしいお嬢さんは……?」

「はい。僕の大切な婚約者、フェリシアです」

「プレイステッド侯爵家の長女、フェリシア=プレイステッドです。本日はお招きいただき、ありがとうございます」


 サンプソン辺境伯に紹介すると、シアがそれはもう女神のように気品のあるカーテシーをした。

 もちろん、僕はそんなシアの隣でこれ以上ないくらい鼻高々である。


「そう……あなたが、あの・・……」

「ご存知なのですか?」

「フフ、それはそうよ。この国内で、“王国の麒麟児”の心をつかんで離さないという婚約者よ? こんな辺境でも有名よ」


 おっと、まさか僕とシアの中がそんなに広まっているだなんて、思いもよらなかった。

 だけど、それなら逆にシアに手を出そうとする輩が減るだろうから、願ったり叶ったりだな。


「さあさ、お話の続きは食事をしながらにしましょう。お二人共、どうぞこちらへ」

「「はい」」


 僕とシアは、サンプソン辺境伯の後に続いて屋敷の中へと入った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る