レディウスの街

「ふわあああ……! ここが、レディウスの街、ですか……!」


 街の中へと入り、シアがそのサファイアの瞳を見開きながら呟く。


 この二週間、いくつかの街を見てきたため見慣れているはずだけど、それでもこの街はブリューセン帝国との国境の街。帝国を経由してやって来た東方諸国との交易の場でもあるから、異国情緒に溢れているからね。


 だから、シアがこんなに驚いてしまうのも当然だ。


「ほら、見てください」

「ふわあああ……!」


 僕は街の通りにある店の軒先に飾られているあでやかに彩られた織物の数々を指差すと、シアはそれを見て感嘆の声を漏らした。


「あはは、この街での用事を済ませたら、是非ともお土産に買って帰りましょう。きっと当方の布でシアの服を仕立てたら、すごく素敵でしょうから」

「ふふ……ありがとうございます」


 僕がそう話すと、シアはニコリ、と微笑んだ。


「それで……ギルがお話ししてくれた、例のヘカテイア教団のことですが……」


 シアが表情を変え、教団の話題へと切り替えた。

 彼女には、このレディウスの街にたどり着くまでの間に、教団に関する全てを話しておいた。


 ヘカテイア教団が、『浄化』の名のもとに世界を滅ぼそうとしていること。

 そのため、西方諸国へと勢力を拡大しようとしていること。

 そして……その足掛かりとして、ここマージアングル王国へと手を伸ばしてきたこと。


「……そうすると、隣国のブリューセン帝国は既にヘカテイア教団に支配されている、そういうことでしょうか?」

「支配、とまではまだいっていないとは思いますが、それでも、水面下では教団が暗躍しているかと。おそらくは、ここ一、二年の間に完全に支配されてしまうでしょうね……」


 僕の書いた小説においては、ブリューセン帝国はシアが十七歳を迎える直前に、王国へ戦を仕掛けてくる。

 もちろん、『浄化』という大義名分のもとに。


「そしてギルは、そのヘカテイア教団が王国に入った情報をつかみ、こうして排除に来たのですよね……」

「はい。こういったものは、水際で防ぐことが重要ですからね」


 易々と侵入を許し、王国内で力を持たれてしまったら……つまり、ヘカテイア教団の信者を拡大させられてしまったら、今度は同じ王国民同士が血で血を争うことになってしまう。

 そんな未来を、絶対に迎えてはいけないんだ。


「ギル……私に何ができるのか……どこまでできるのかは分かりません。ですが、私もあなたと一緒に、この国のために……いえ、あなたとの未来のために、全力で戦います!」

「シア……ありがとうございます」


 決意に満ちた瞳で見つめるシアを、僕はそっと抱き寄せる。

 そうだ……この戦いは、僕とシアの未来を手にするための戦いなんだ。


 それに、少なくとも・・・・・王国内におけるヘカテイア教団との戦いに関しては、全て僕の頭の中にある。

 ……ただし、その先・・・については手探りになってしまうけど、ね……。


「……だからこそあの王子達の態度が、余計に腹が立ちます。本来これは、王国が何とかすべき話ではないですか」


 そう言うと、シアが眉根を寄せた。


「もちろん、王国もヘカテイア教団の存在を認識していますし、警戒もしております。ただ、連中が狡猾なんです。とはいえ、シアの言うとおり二人の王子……と、パスカル皇子は危機感がなさすぎますが」


 僕は肩をすくめ、苦笑した。

 それに王国だって、連中がここまで急速に教団が迫っていただなんて、思ってもみないだろう。

 おそらくは、ブリューセン帝国が防波堤になってくれることを期待して。


 はは……その防波堤は誰にも知られないまま、決壊してしまっているけどね。


「ですがシア……絶対に、無理だけはしないでくださいね? あなたに何かあったら、僕は……」

「はい、もちろんです。私は、あなたと・・・・二人で・・・幸せになるのですから。ですからギルも、絶対に無理だけはなさらないでください」

「はい。僕も、あなたとこれから何十年も幸せに過ごしたいですから」

「ふふ……」


 微笑むシアがサファイアの瞳を潤ませ、ねだるように僕を見つめる。


 だから。


「シア……」

「ギル……ん……ちゅ……ちゅく……」


 僕とシアは、揺れる馬車の中で口づけを交わした。


 ◇


「それで坊ちゃま、これからどうなさいますか?」


 レディウスの街の宿屋に入り、僕、シア、ゲイブの三人は部屋の中で今後について議論している。

 もちろん、侵入したヘカテイア教団の連中を排除するために。


「そうだな……まずは教団に関して、この街の領主である”サンプソン“辺境伯に仔細を話すとしよう。ゲイブ、悪いが使者を出してくれ」

「はっ! ですが、サンプソン閣下は協力してくださいますでしょうか? いきなりヘカテイア教団が侵入してきたといっても、」

「うむ……」


 ゲイブの問いかけに、僕は別の意味で・・・・・思わず考え込んでしまう。

 というのも、小説の中ではヘカテイア教団の侵入を許したレディウスの街は、その後教団の前線拠点としての機能を持つことになる。

 そして、サンプソン辺境伯自身も、教団の信徒になってしまうのだから。


 だから正直なところを言うと、サンプソン辺境伯と面会することは状況的に五分五分・・・・

 まだ彼が、教団によって洗脳されてなければいいが……。


「いずれにせよ、サンプソン辺境伯と面談してから考えることにしよう」

「そうですな」


 僕とゲイブは、そう言って頷き合った……って。


「シア?」

「そのサンプソン閣下との面談、私も同席してもよろしいでしょうか……?」


 シアが、上目遣いでおずおずと尋ねる。

 ただ、その瞳には僕を支えようとする、そんな献身的な想いがうかがえた。


「ありがとうございます……では、お願いしてもいいですか?」

「! はい!」


 シアは嬉しそうに、笑顔で何度も頷く。

 あはは、僕はあなたのその笑顔を見るだけで、何だってできますよ。


 だから……サンプソン辺境伯も、こちら側・・・・に引き入れてみせる。

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