シアとデートへ

 ――コン、コン。


「シア、いかがですか?」


 宿屋に入って身なりを質素なものに替えた僕は、シアの部屋の扉をノックする。

 もちろん、これから二人で一緒に街に繰り出すためだ。


 さすがに貴族の格好で街中を歩いたら、目立って仕方ないからね。


「は、はい、もう少々お待ちください」


 扉の向こうから、少し慌てた様子のシアの声が返ってきた。

 まあ、女性の身だしなみに時間がかかるのは当然だ。


 それに、今回の件についてはアンが同行していないので、いつもとは勝手が違うから仕方ない。

 などと考えながら、待つこと数分。


「お、お待たせしました……」

「おおおおお……!」


 扉が開いて中からシアが現れると……おおおおお……!

 な、何というかその……いい、すごくいい、最高にいい!


「あ、ど、どうですか……?」


 上目遣いでおずおずと尋ねるシア。

 そんなの、答えは一つしかない。


「最高です、至高です、究極です、女神です。この世界中どこを探しても、あなたよりも素敵な女性ひとがいるはずもありません」

「ふああああ!?」


 僕の口から次々と出てくる賞賛の嵐にシアは赤面し、両手で顔を覆う。

 いやいや、これでも全然足りない。

 一晩中語り尽くしたとしても、それでもなお僕はシアへの賞賛を送り続けるだろう。


「も、もう……ギルはいつも褒め過ぎです……!」

「いいえ、全然です。むしろ、いつもは一割程度に抑えています」

「ふあああああああ!?」


 シアがさらに耳まで真っ赤になってしまったので、そろそろやめておこう。

 この後のせっかくの夜の散策に支障が出てしまっては、意味がないからね。


「ですが……本当にシアはどんな服を着ても素敵です。街に出たら、僕はあなたの隣で誇らしく思いつつも、男共があなたへと視線を送るのかと考えると、我を忘れてしまいそうです」

「あ、あうう……本当に、もう勘弁してください……」


 しまった……もうやめようと考えたところなのに、僕の口は勝手にこんな言葉が漏れてしまう。

 まあ、全部シアが素敵すぎるからいけないんだけど。


「コホン……ではシア、行きましょうか」

「ふあ……はい……」


 僕はひざまずいて右手を差し出すと、シアはそっとその細く白い手を添える。


 だけど。


「あ……」

「平民の恋人同士なら、こうやって手を繋ぐのが一般的ですので」


 そう言って、僕はシアと手を組むようにして握る。

 いわゆる恋人つなぎ・・・・・というやつだ。


「ふふ……これでしたら、ギルと簡単に手が離れなくなりますね」

「はい。よりあなたと、繋がっていられます」


 そして僕達は、夜のバルムスの街へと繰り出した。


 ◇


「ふふ! 美味しいです!」


 僕達はまず、この街一番のレストランへと足を運び、その料理に舌鼓を打つ。

 どうやらシアも気に入ってくれたようだ。


「それにしても……私達の他に、お客様がいらっしゃらないのですね……」

「ああ、すいません。僕が貸し切りにしました」

「そ、そうなのですか?」

「はい」


 だって、僕は二人きりでシアと夕食を楽しみたいんだ。

 他の客がいたら絶対にみんながシアに注目して、落ち着いて食事ができなくなってしまうし。


「それよりも、気に入った料理はありますか? あれば、今度うちの料理長に作らせるようにしますから」

「あ……ふふ、好きな時にこの味を食べられるようになるのは、嬉しいですね。ですが、無理しないでくださいね? それよりも、私にとってあなたと二人でする食事こそが、何よりのご馳走なのですから」

「も、もちろん僕もです!」


 シアのその言葉に、僕は嬉しさのあまり声が大きくなってしまった。

 はあ……シアがいる毎日が、こんなにも僕に幸せを与えてくれるなんて……。


 そうして僕達はお腹いっぱい夕食を堪能して店を出た。


「さて、次はどこに行きますか? 僕達はお金持ちの商人という設定ですので、お金に糸目はつけません」

「ふふ! 無駄遣いはいけませんよ?」


 おっと、シアに釘を刺されてしまった。

 まあ、結婚して正式に僕の妻になれば、ブルックスバンク公爵家の会計は全てシアが管理することになるんだから、そんな言葉も僕に安心を与える材料でしかない。

 いやむしろ、こんな素晴らしい女性を妻にできるのだから、最高だ。


「それに、私はこうしてギルと大通りを歩くだけで、幸せで胸が一杯です。だから、こうして一緒に散策に付き合ってください」

「はい……もちろんです……」


 そっと胸を押さえながら微笑むシアに、僕も同じように微笑み返す。


 その後は、大通りを練り歩きながらこの街の住民達が楽しそうに話している姿や、酒場から聞こえる賑やかな声、仕事帰りの者達の疲れながらも充実した表情などを眺め、僕とシアは頬を緩める。


「シア……僕が正式に公爵位を継承したら、こうやって領民達をいつも笑顔にできるような……そんな公爵を目指そうと思います」

「ギル……あなたなら絶対に世界一の公爵になれます。そんなあなたを、私は精一杯支えてまいります」

「ありがとうございます……」


 僕とシアは肩を寄せ合い、そんな未来を思い浮かべながら目を細めていた。

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