レディウスへ向けて
「シア……」
「グス……は、離しませんから……」
僕はシアの背中をポン、ポン、と叩きながら諭すように声をかけるが、彼女はまるでしがみつくように僕の身体を抱きしめたままだ。
だったら。
「あ……っ」
「シア……このままレディウスの街に着くまでの二週間、馬車ではずっとこのままの体勢でいていただきますからね?」
シアを膝の上に乗せて横抱きにしながら、耳元でそうささやく。
するとシアも、瞳を涙で濡らしながらも、蕩けるような微笑みを見せてくれた。
「フェリシア様、ようございましたな……」
「はい! モーリス様のおかげです!」
ニコリ、と微笑みモーリスに、シアは何度も頭を下げて感謝する。
だけどモーリス、やっぱりシアのこと知ってたんじゃないか。チクショウ。
まあでも。
「グス……嬉しい……嬉しいよお……」
今も涙ぐみながら、僕の胸に頬ずりをするシアを見ると、まあその……よくやった、モーリス。
そのおかげで、僕も本当の意味で覚悟が決まった。
僕は……シアの隣で、絶対に守り抜いてみせる。
「モーリス、では行ってくる。屋敷のことは頼んだぞ」
「かしこまりました」
モーリスは、今度こそ満足げに一礼する。
「ゲイブ! 目指すはレディウスの街だ! 行くぞ!」
「はっ!」
馬車の護衛を務めるゲイブが、馬上で敬礼する。
そして、いよいよ僕達はレディウスの街を目指し、屋敷を……王都を発った。
◇
「坊ちゃま、予定どおり“バルムス”の街に到着しましたぞ」
「ああ」
王都を発ってから既に半日以上が経過し、初日の宿泊地であるバルムスの街に到着した僕達は、門をくぐり、街中へと入る。
「ふわあああ……!」
するとシアは、車窓から見える街の様子に、感嘆の声を漏らしていた。
「あはは、王都から距離が近いとあって、かなり賑やかな街ですね」
「はい! そ、その……恥ずかしながら、私は王都……というか、プレイステッド家の屋敷から出たことがほぼありませんので……」
「ああ……」
恥ずかしさから耳まで真っ赤にするシアを愛しいと思いつつも、何の自由も与えられなかった彼女の境遇を思い、胸が張り裂けそうになる。
……どうせ教団の一味はレディウスの街に潜伏しているから、ここまでは来ていないはずだ。
だったら。
「シア……一つ提案があるのですが」
「提案、ですか……?」
僕の言葉に、シアが顔を上げておずおずと尋ねる。
「はい。今日はまだ初日でもありますし、気を張っていても肝心な時に疲れてしまいます。なので、もしよろしければ息抜きのために、今夜はこの街を散策してみませんか?」
「! い、いいのですか?」
「もちろんです。せっかくのバルムスの夜、大いに楽しみましょう」
「は、はい!」
シアは、パアア、と咲き誇るような笑顔を見せる。
あはは、提案してみてよかったな。
「坊ちゃま、こちらが今日の宿泊先になります」
「そうか」
バルムスの街の大通りでも、ひと際大きな建物の前に馬車が停まる。
ここが、今日の宿泊先となる宿屋か。さすがは王国の有力貴族御用達とあって、
「ようこそお越しくださいました」
宿屋の主人と使用人達が、玄関で一斉に出迎える。
ここまで派手にしてもらう必要はないが、せっかくの初日だし、シアの初めての旅行のようなものだから、これくらいしてもらったほうが彼女にとっても良い思い出になるか。
「さあシア、降りましょう」
「はい……って、ギ、ギル!?」
シアを横抱き……つまりお姫様抱っこをしたまま馬車を降りようとすると、シアが驚きの声を上げた。
「? どうしました?」
「そ、その、どうしてこのように私を抱いたまま降りられるのですか!?」
「決まっています。出発の際に言いましたとおり、『馬車ではずっとこのままの体勢』ですから。なので馬車から降りるまでは、このままです」
「ふああああ!?」
まさか、馬車から降りる時までこうだとは思っていなかったんだろう。
シアは思わず可愛い声を漏らした。
「はい、降りましたよ」
僕はニコリ、と微笑みながら、シアを地面へゆっくりと降ろす。
すると、あれほど恥ずかしがっていたのに、彼女はどこか名残惜しそうな表情を浮かべていた。
「あはは、どうします? この街にいる間も、ずっと抱っこしましょうか?」
「あうう……ギルの意地悪……」
そう言うと、シアが口を尖らせてプイ、と顔を背けてしまった。
そんな仕草を見せるシアも、可愛くて仕方ない。
「むう……お、お返しです……!」
「あ」
シアが僕の右腕に腕を絡め、強く抱きしめた。
うん、これじゃお返しどころかご褒美にしかならないな。
「あはは、ありがとうございます」
「むうう! こ、これはお返しなんですから、喜ぶのではなく、その……ふふ、すいません。やはり私も喜んでしまいます……」
「はい……」
そんなやり取りをずっとしていると。
「コホン」
「「あ……」」
苦笑するゲイブに咳払いされ、僕とシアは我に返り、ようやく宿屋の中へと入った。
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