出発の朝
「ふわあ……」
次の日の朝、目を覚ました僕は欠伸をしながら窓を見ると……うん、まだ少し暗いな。早く起きすぎたようだ。
でも、そんなことよりも。
「すう……すう……」
隣で眠るシアの顔を見て、僕は思わず胸が熱くなる。
昨日、僕は……彼女と初めてキスをした。
シアの唇は、柔らかくて、温かくて、今もその感触が残っている。
「この唇が……」
僕は、無意識のうちにシアの桜色の唇へと手を伸ばす。
そして……その唇を、人差し指でそっとなぞった。
すると。
「はむ……」
「っ!?」
突然シアが指を
「ふふ……おはようございます、ギル」
「は、はい! その……おはようございます……」
微笑みながら『おはよう』を言ってくれたシアに、僕は声を上ずらせて『おはよう』を返した。
「その……ギ、ギルと一緒に寝るのは恥ずかしいですが、こうしてあなたが隣にいると、嬉しくて、幸せで……ふふ……っ」
頬を赤らめて恥ずかしそうにするシアだけど、それ以上に僕と一緒にいることのほうが嬉しいみたいで、そんな彼女の笑顔に僕はどうしようもなく愛おしくなってしまった。
なので。
「あ……ギル……ん……ちゅ、ちゅ……」
僕はシアを抱きしめ、ついばむように口づけを交わした。
「ギル……私、幸せです……」
「僕もです……あなたを、片時も離したくはありません……」
そう言った後で、もうすぐ彼女と離ればなれになってしまうことが、頭をよぎった。
僕はこれから、一か月近くもシアの温もりを感じることができないのか……。
もちろん、これはシアの身を守るためには当然であり、分かり切っていることだ。
だから……僕は、我慢しなければ、ね……。
その時。
――コン、コン。
「「っ!?」」
「坊ちゃま、朝食の用意が整いましたので、いつでも食堂にお越しください」
「わ、分かった」
突然のノックに驚いた僕とシアだったけど、モーリスのいつもの声がけだったので、適当に返事をした。
ふ、ふう……シアが僕と
「そ、そろそろ起きましょうか……」
「そ、そうですね……」
僕達はいそいそとベッドから降りると、シアは誰にも見つからないように、コッソリと自分の部屋へと帰っていった。
あ、一応言っておくが、キス以外は何もないからな。
◇
「モーリス……シアのこと、くれぐれも頼んだぞ」
朝食を終え、僕はシアに気づかれないように屋敷の裏門で馬車に乗り込もうと手をかける。
シアは今頃、アンの策略によってお風呂に入っているはずだ。
「かしこまりました……が、坊ちゃま、本当によろしいのですか?」
「ああ……これが一番の選択なんだ……」
僕はシアの部屋のある方角へと視線を向けながら、唇を噛む。
まさか、こんなにもシアと離れがたいとは思いもよらなかった。
あはは……戻ったら、シアに頬を叩かれることも覚悟しないとな……。
そんなことを考えながら苦笑し、馬車の中へ……っ!?
「シ、シア!?」
なんと、馬車の中にはシアが待ち構えていた。
だ、だけど、どうして!?
「モーリス!」
僕はモーリスの仕業だと考え、思いきり怒鳴りつけた。
今回の件は、どれだけ危険なのか分かっているはずなのに、なんでこんな真似を!
「ギル、違います! これは、私が勝手にしたことです!」
「シ、シア」
シアは僕の肩をつかんで詰め寄る。
そのサファイアの瞳に、怒りと悲しみ、それと寂しさを
「……実は、昨日ギルがモーリス様に呼ばれて執務室の外でお話しをされていた時、私も聞いておりました……」
「あ……」
しまった……あの時、聞かれていたのか……。
「ギル様……私はあなたのおかげで、こんなにも強くなれました。こんなにも成長することができました」
シアは車窓から右手を空へと掲げて魔法を放つと、裏門……いや、屋敷全体にしんしんと雪が舞った。
これだけの規模の魔法、とてもじゃないがシアでなければ放つことはできないだろう。
「私は、あなたのお役に立ちませんか……? 私では、あなたの隣に立つことはできませんか……?」
「あ……」
シアがぽろぽろと大粒の涙を
ああ、そうだった……彼女は、こんなにも僕を支えようとしてくれているのに……
僕が、彼女を守ればいいだけなのに。
僕が、彼女を守ると誓ったはずなのに。
「シア……申し訳、ありません……僕が間違っていました。僕は、自分の不甲斐なさを棚に上げ、勝手にあなたを守るためなのだと、独りよがりをしてしまいました……」
「っ!? ち、違います! ギルが私のことを大切に想って、そうなさったことは分かっております! 私はただ、ギルに心配をかけることしかできない自分への不甲斐なさで……っ」
「それこそ! それこそ、僕が……!」
僕は言葉を詰まらせ、シアを強く抱きしめた。
ああ……最愛の
本当に、僕は馬鹿だ。
「シア……僕はこれから、レディウスの街に……王国に侵入してきたよからぬ者共の討伐に向かいます。それで……今さらではありますが、僕と一緒に行ってくださいますか?」
「っ! もちろんです! どうか私も、あなたと共にいさせてください!」
「はい……はい……! 僕が必ず、あなたを守り抜いてみせます……!」
僕は胸の中にいる彼女に、何度も、何度も、そう誓い続けた。
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