シアの魔法、シアの実力

「がは……っ!?」


 僕が放った木剣による突きがパスカル皇子のみぞおちを突き抜け、そのまま皇子の身体がきりもみ回転しながら宙を舞った。

 もちろん、これは完全に致命傷だ。今すぐにでも最上級・・・回復魔法で治療しない限り、パスカル皇子の命はないだろう。


「おい」

「あ……あ……」

「アイツはもう戦闘不能だろう? 早く僕の勝ち名乗りを上げろ」


 目の前で起きたあまりの事態に、審判を務めている教師のカーチスが呆けた表情を見せている。

 もちろん僕は、そんなことはお構いなしに冷たく言い放った。


 すると。


「う、うわあああああああああああッッッ!?」


 カーチスは叫び出し、顔を真っ青にしながらパスカル皇子の元へと駆け寄る。

 はは、そんなことよりも、回復魔法を使える者を寄越すほうが先決だろうに。


「パスカル殿下! しっかり! しっかりしてくれ!」

「…………………………」


 カーチスは必死に何度も呼びかけるが、意識を失っているパスカル皇子は返事をしない。

 ひょっとしたら、既に事切れているのかもしれないな。


「カーチス」

「っ!?」


 声をかけると、カーチスが振り向いて憎悪と恐怖が入り混じった視線を向けてきた。


「最初は、『怪我をしないように』との貴様の忠告もあったので、一本目の試合ではわざわざ寸止めしてやった」

「な、なら何で、二本目でそれをしなかった! 寸止めしていれば、こんなことには!」

「そんなもの、決まっている。あの時、本来であれば僕が寸止めした時点で試合を止めるべきだったのに、貴様は止めなかった。それどころか、振り向いて後ろを見せた僕にこの男が不意打ちを食らわせた時も、試合を止めずにそのまま続行。僕が打ち据えられていても知らぬ存ぜぬだったな」

「…………………………」


 僕にそう告げられ、カーチスは押し黙る。


「フン。とにかく、僕は試合のルールに則ってその男を倒したんだ。あとは、こうなってしまった責任を貴様が取るんだな。いや……ついでに、貴様にそう指示した奴もな」

「っ!? ま、待って……!」


 手を伸ばして僕に縋ろうとするカーチスを無視し、僕はシアの元へと向かおうとすると。


「シア!」

「ギル! お見事でした!」


 観客席から飛び出してきたシアが、僕の胸に飛び込んできた。

 もちろん、僕はそんな可愛い彼女を受け止める。


「はい……シア、この勝利をあなたに捧げます」

「あ……ふふ、はい……」


 シアは蕩けるような微笑みを見せ、僕の手を取って愛おしそうに頬ずりをした。


「ですが」


 急にシアが後ろへと振り向き、パスカル皇子へと右手を差し出した。


 そして。


「あ……」


 上級・・回復魔法により、僕が開けた風穴を塞いだ。


「シ、シア?」

「……あんなくだらない男のためにギルが手を汚すなんて、到底受け入れられませんから」


 眉根を寄せながらパスカル皇子を見据えるシアの言葉に、僕は胸が熱くなる。

 うん……あなたはいつも、どんな時も、僕のことを想ってくださるのですね……。


「あ……ギル……?」

「僕は、あなたがいてくれて本当によかった……」

「ふふ……私もです……」


 僕とシアは、人目もはばからずに抱き合ってお互いの想いを確かめ合い、堪能した。


「さあ、行きましょうか」

「はい!」


 僕達は手を取り合い、今もなお倒れたままのパスカル皇子とカーチスを置き去りにし、観客席にいるクラリス王女のところへと向かう。


「「「「「…………………………」」」」」


 そんな僕達を、次の試合を控えている者や試合を終えてくつろいでいる者、観客にいる者など、全ての者達が声を失ったまま眺めている。

 まあ、あんな光景を見させられたんだ。こんな反応を示すのも無理はない。


 特に。


「…………………………」

「…………………………」


 第二王子とソフィアに至っては、実に面白い反応を見せてくれている。


 第二王子に関しては、シアがパスカル皇子の一命をとりとめたことで安堵の表情を浮かべつつも、このような事態を招いてしまったことにより黄金の瞳を泳がせている。

 はは、本当に分かりやすい。これはカーチスとの関係を調査して、さらに窮地に立たせてやるとするか。


 そして……ソフィア。


 あの女は、僕……ではなく、ただシアを凝視している。

 それもそうだろう。まさかシアが、あれほどまで見事な魔法を使うなど、思いもよらなかっただろうからな。


 しかも、聖女であるはずの自分よりも、強力かつ洗練された魔法を。


 はは、今までシアが魔法も使えないからと、無能・・だの役立たず・・・・だのとさげすんでいたのに、いきなり自分を上回る存在になってしまって、さぞや口惜しいだろう。

 その証拠に、シアへと向けるその視線は、まるで親のかたきでも見るかのようだしな。


 すると。


「ふふ……ソフィア。あなた、聖女・・でしょう? そんなところで見ているだけでいいの?」

「……どういうこと?」

「あの男、一応は私の回復魔法で一命はとりとめたけど、完全には治癒していないわ。このままだと、五体満足ではいられないわよ?」

「っ!?」


 そう……シアが使った回復魔法は、あくまでも上級魔法。

 あの致命傷を完全に回復させようと思ったら、最上級魔法でなければ無理だ。


 でも、シアはあえて・・・そうしなかった。

 パスカル皇子に、カーチスに、そしてこんな真似を画策した者・・・・・に報いを受けさせるために。


「ふふ。精々頑張りなさい、聖女様・・・?」


 シアは口の端を吊り上げてクスクスとわらうと、僕の手を取って一緒に、今度こそクラリス王女のところへと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る