パスカル皇子、宙を舞う

 ――バキイッッッ!


 パスカル皇子のみぞおちへ寸止めした木剣を引いてひるがえった瞬間、僕は頭に強烈な一撃を受けた。


「つう……っ」


 僕は思わずよろけ、頭に手を当てると……どうやら、かなり血が出ているようだ。


「フハ! まだ試合は終わっていないぞ!」

「パスカル皇子……貴様……」


 なるほど……確かに僕は、パスカル皇子の表情や反応、それに寸止めしなければ確実にただでは済まなかったという状況に、勝ったと確信してしまっていた。

 だが、コイツの言うとおり勝負の判定を行う教師は、僕の勝ちを宣言しなかった。


 なら、僕が油断していたのは間違いない、か……って。


「フハ! オラ! オラ! どうした!」

「グ……ガ……ッ」


 頭を押さえ、身をかがめている僕に、パスカル皇子は容赦なく木剣で打ち据える。

 一応、頭を怪我した直後に【身体強化・極】は発動しておいたため、この男の攻撃は効いてはいないが……それにしてもこの教師、開始前に『怪我をしないように』なんてことを言っていたのに、この状況でも止めようともしないんだな。


 ……まあ、それもそうか。

 どうやらこの教師、パスカル皇子とグル……いや、ひょっとしたら第二王子かソフィアの差し金かもしれないな……。

 その証拠に、口の端が僅かに持ち上がっているし。


 木剣に何度も打たれながら、冷静にそんなことを考えていると。


「ギルッ!」

「っ!?」


 いつの間にかシアがこの場に飛び込んできて、僕を抱きしめた。


「ギル! ギル! しっかりしてください!」

「あはは……大丈夫ですよ。頭にはちょっともらってしまいましたが、それ以外はダメージを受けていませんから。それよりも、こんなところにいたら危ないですから、離れて……っ!?」


 そう言ってパスカル皇子を見やると、足元が氷で覆われて身動きが取れないでいた。

 どうやら、シアが氷結系魔法を放ったようだ。


 加えて。


「あ……」

「こ、これで大丈夫のはずです! ギル、い、いかがですか……?」


 僕に回復魔法……しかも、どうやら最上級魔法をかけてくれたみたいだ。

 それにより、頭の痛みが一気になくなり、完全に回復した。


「シア……やはりあなたはすごい女性ひとですね。おかげですっかりよくなりました……」

「ギル……よかった……よかった……っ」


 シアが僕を思いきり抱きしめ、安堵で泣き崩れる。

 そんな彼女を抱きしめ返し、僕は優しく髪を撫でた。


「……先生、この場合はシアが割って入ったことにより、僕の負けということでいいですよね?」

「え、ええ……」


 僕は務めて冷静に尋ねると、教師は戸惑いながら頷いた。

 まあ、少し予想外の展開だったものだから、面食らったのだろう。


「では、三本勝負ということですから二本目にいきましょうか。ああ、それと……先生のお名前は何とおっしゃるのですか?」

「あ……わ、私は男爵の“コリー=カーチス”ですが……」

「そうですか」


 おずおずと名乗る教師……カーチスに素っ気なく返すと、僕はシアの耳元に顔を寄せる。


「シア……まだ試合が終わっておりませんので、クラリス殿下と引き続き応援してくださいますか?」

「っ!? ギル! もう試合なんてどうでもいいではありませんか! あんな……あんな卑劣な真似をしたこの男なんてどうでも!」


 シアは険しい表情を見せ、パスカル皇子に向かって右手をかざした。

 おそらく、攻撃魔法を放つつもりなんだろう。


「いいえ、僕はあなたに約束しました。『あなたの隣は僕しかいないのだと、全員に知らしめてやる』と」

「で、ですが……!」

「あはは、まさかこの僕がこんな男ごときに負けるとお思いですか?」

「まさか! ギルが……私のギルが、あんな卑劣な男に負けるなど、あり得ません!」

「でしたら、どうか見守っていてください。そして、あなたに勝利を捧げさせてください」

「ギル……」


 シアが、濡れた瞳で何かを言いたそうに見つめる。

 でも、僕の決意が固いことが分かると、彼女はそっと離れた。


「……私はクラリス殿下と共に、あなたの勝利を見届けます」

「ありがとうございます」


 僕は深々と頭を下げると、シアは観客席へと戻っていく。

 その途中で。


「っ!? こ、これは……」

「ギルに倒されて、無様に転がれ」


 シアが氷結系魔法を解除し、パスカル皇子の足元から氷が消え去った。

 でも、それ以上に冷ややかな……絶対零度の視線を向けて、恐ろしく低い声でシアは吐き捨てるように言った。


 僕は今まで、シアがこんなに怒っている姿を見たことがない。


「さあ、二本目だ」


 木剣の切っ先を向け、僕はパスカル皇子に言い放つ。


「フ、フハ……! 女に助けられているような奴が、何を粋がってやがるんだよ!」


 パスカル皇子は全力で強がりを見せるが……はは、僕の殺気で膝が笑っているぞ?


「それと……カーチス」

「っ!?」

「いいか、この後に起こることは貴様が招いたのだ。そうなったとしても、貴様が責任を負うんだな」

「そ、それはどういう……」

「黙れ。さっさと二本目の合図をしろ」


 僕は低い声でそう告げると、カーチスは唇を震わせながら右手を挙げる。


 そして。


「は……始め!」


 試合開始が告げられると、僕は一本目と同じようにパスカル皇子に突撃する。


「ば、馬鹿の一つ覚えめ! 同じ手が通用する……っ!?」


 僕の動きに合わせて剣を振り下ろそうとするパスカル皇子だが……はは、それじゃ間に合わないよ。

 そして……今度は寸止めはなしだ。


 ――ドンッッッ!


「がは……っ!?」


 木剣による突きがパスカル皇子のみぞおちを突き破り、そのまま皇子の身体がきりもみ回転しながら宙を舞った。

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