僕は、あなただけを見ている

「そ、その……すさまじいですね……」


 僕とシアを迎えてくれたクラリス王女が、若干顔を引きつらせながら、そんなことを言った。

 まあ、確かにシアの魔法はすさまじいからね。驚くのも無理はない……って。


「シア?」

「ふふ……ギルったら。クラリス殿下は私ではなく、あなたの戦う姿に驚かれているのですよ?」

「え? そ、そうなんですか?」

「はい! そうですよね、クラリス殿下」

「え、ええ……」


 どうやらそういうことらしい。

 あー……とりあえず、見た目は派手だったからなあ……。


「そのことは置いておいて。クラリス殿下、これで王位継承争いが有利に進んだのではないでしょうか」

「ええ!? ど、どういうことでしょうか?」

「はい、実は……」


 驚くクラリス王女に、僕は先程の試合でのやり取りなどについて説明した。

 特に、審判であり教師であるはずのカーチスが、パスカル皇子、第二王子、ソフィア、この三人のいずれかと結託して僕をおとしめようとしたことを。


「……パスカル皇子はあのざまですので分かりませんが、残る二人の反応を見る限り、おそらくは第二王子の仕業かと思われます」

「そ、そうなんですね……」


 説明を聞き終え、クラリス王女は頷く。

 そして……その口の端を僅かに吊り上げた。


「ウフフ……小公爵様、ありがとうございますわ。早速この私が、この状況を利用・・させていただきますわ」

「はい、どうぞご随意に」


 そう言って優雅に会釈したかと思うと、クラリス王女は訓練場の中央……つまりはソフィアによる治療を受けている現場へゆっくりと歩いて行った。


「今日この場は、本来は王立学院の新入生である我々の能力を測るためのものだったはずです。なのにこのようなことが起こるなど、由々しき事態。ついては、第三王女であるこの私が、預からせていただきます」


 クラリス殿下の透き通るような声が訓練場内に響き渡り、この場にいる生徒達は思わず姿勢を正した。

 中には、彼女の王族としての気品のある姿に、見惚れている者も大勢いる様子。


 あはは、本当に上手くこの状況を利用したなあ。

 クラリス王女が今回の事態を引き取ったことで、上手くすれば第二王子の失態の糾弾に繋げることができるし、彼女の姿を誇示することもできた。


 とはいえ。


「……あの第二王妃が、すんなりと証拠をつかませてはくれないだろうけどね」

「ギル……」


 僕の呟きを聞いたシアが、そっと寄り添った。


「あはは、まだ王位継承争いは始まったばかりです。こういった小さなことを積み重ねていけば、間違いなくクラリス殿下が王太子になられますよ。何より、その資質はあの二人の王子よりもはるかに上なのですから」

「あ……ふふ、そうですね」


 僕とシアは、お互い見つめ合いながら微笑み合った。


 ◇


「これから、魔法の実技を行います。参加される生徒は、一列に並んでください」


 剣術の実技が全て終わり、マリガン卿の言葉で今度は魔法の実技に移る。

 先程の騒動でその後の能力判定が中止になるかと思われたが、クラリス王女が全て預かることとなり、彼女の言葉もあって継続されることとなった。


 なお、パスカル皇子に関しては、ソフィアが回復魔法を施して治療にあたった。

 そのおかげ……かどうかは分からないが、パスカル皇子も無事快方に向かっているらしい。

 ただ、そのせいで聖女の株がはからずも上がってしまったことは、僕としては大いに納得できないが。


 はは、その前にシアが上級回復魔法で治療してくれたからこそ命をとりとめたというのに、そのことには誰も触れようとしないんだな。


 まあいいさ。

 どうせ、ここにいる全員が思い知ることになる。


 フェリシア=プレイステッドという僕の・・最高の婚約者こそが、本当の聖女・・・・・で、最強の魔法使いだということを。


 おっと、そんなことよりも。


「シア! 頑張ってください!」


 観客席から、僕は大声でシアに声援を送る。

 すると彼女も、嬉しそうに微笑みながら大きく手を振ってくれた。


 はあ……あんな笑顔を僕だけに向けてくれるなんて、僕はなんて幸せなんだろうか……。

 ただ、シアが僕に微笑みかけるたびに、マリガン卿がこの僕を睨んでくるような気がするんだけど……気のせいだよね?


 そして、横一線に並んだ五人の生徒達が、マリガン卿の合図により訓練場に用意された的へ向かって一斉に魔法を放つ。


 ふむ……普段からシアとマリガン卿の魔法訓練を見ているため、何というか、その……うん、パッとしない。

 でも、これが一般的な魔法なのだとすると、いかにシアとマリガン卿が規格外なのかということがよく分かる。


「次の組の生徒は前へ」


 同じように五人の生徒が横一列に並び、的へ向かって魔法を放つ。

 それを繰り返し、いくつかの組が魔法の実技を終えた。


 そして。


「うふふ、次は私の番ですね」

「「「「「ワアアアアアア……!」」」」」


 次は、ソフィアの番だ。

 一応は女神教会が認定した聖女であることと、パスカル皇子への回復魔法による治療を目の当たりにしたこともあり、見守る生徒達は声援を送る。


 ……正直気に入らないが、一応は聖女認定を受けるだけあって、他の連中に比べればまし・・な魔法を使える。

 もちろん、シアの足元にも及ばないが。


「行きます! 【ライトニング】!」


 仰々しい構えを見せたソフィアが雷系魔法を放つと、一本の稲妻が的へ向かって突き進む。

 稲妻が命中すると、大理石でできた的は砕け、地面に崩れ落ちた。


 他の四人が的に命中させるのみの中でこの結果だから、余計に目立つこととなり、観客席からは歓声が沸き起こった。


 そんな観客達に向け、微笑みながら優雅にお辞儀をするソフィア。

 あの女は、さぞや得意満面だろう。


 だけど。


「ふふ……ギル、この私だけを・・・・・・見ていてくださいね?」


 歓声が止まぬ中、次に並んだシアが、僕に向かってそう呟いた。

 あはは。もちろん僕は、あなただけ・・・・・を見ていますよ。


 ――あなたが、誰よりも輝く瞬間を。

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