成長した小公爵

「いくぞ!」


 シアとの楽しい夕食を終え、僕はいつものように訓練場に来ると、同じく今日の業務を全て終えたゲイブとのランスの訓練に勤しんでいる。


 今では僕の身体強化魔法も最上級魔法である【身体強化・極】まで上がり、重く巨大な鋼鉄製のランスを小枝のように振り回している。


 とはいえ。


「ハハハ! なかなかやりますな!」


 そんな僕のランスの一撃を、目の前のゲイブは彼の代名詞となっている鋼鉄製の巨大なウォーハンマーでいなした。

 はは……二つ名が“破城槌”だなんて、上手く名付けたものだな……。


「では! 次はこちらの番ですぞ!」


 ゲイブはウォーハンマーを振り上げ、僕へと襲い掛かる。

 それを僕は左手に持つ盾で防ぎ、それを同時にゲイブの首元にランスの切っ先を突きつけた。


「あはは、この勝負は僕の勝ちだな」

「いやはや……このゲイブ、感服いたしましたぞ!」


 互いに武器を引くと、ゲイブは嬉しそうに破顔した。

 シアがこの屋敷に来た十三歳の頃は歯が立たなかったけど、あれから二年を経て僕も成長した僕は、今ではゲイブと五分に戦えるようになった。


 身体も見違えるように大きく……とまではいかないまでも、それでも一七〇センチあるし、決してシアの隣に並んでもおかしくはないはず。


 ……まあ、あの二人の王子は一八五センチも身長があるけど。


 まあでも。


「ふふ……ギル、お疲れさまでした」

「ありがとうございます、シア」


 ゲイブとの試合が終わるなり、そばに駆け寄って来て労いの言葉をかけながら、シアがこうやってハンカチで汗を拭ってくれる。

 これ以上の幸せが、この世界のどこにあるというのだろうか。いや、ないだろ。


「ハハハ、では今日の訓練はここまでにしましょう。明日はいよいよ王立学院の入学式ですからな」

「ああ、そうだな。夜更かししてシアに大事があってはいけないし」

「もう……それはギルもですよ?」

「あはは、そうですね」


 そう……いよいよ明日、僕とシアは王立学院に入学する。

 つまり、いよいよ前世の僕が書いた小説の……物語の本編が始まるんだ。


 僕もこれだけの強さを手に入れ、少なくとも小説の中で聖女のシアがラスボスと戦う時にいる三人の王子よりも現時点でも強くなっていることは間違いない。

 それに、ラスボスとの決戦の時には僕のほかにもゲイブとモーリスに加え、シアの魔法の家庭教師……いや、師匠であるマリガン卿も一緒に戦ってもらうつもりだ。


 つまり、もはや三人の王子は物語の上でもお払い箱というわけだ。


「それにしても、シアの制服姿が楽しみで仕方がありません」

「ふふ、私もギルのお姿を拝見するのを心待ちにしています」


 実はシア、制服を着た姿を僕にまだ見せてくれないでいる。

 というのも、それについては当日までのお楽しみらしい。


 ただ、制服を仕立てたエイヴリル夫人曰く、女神も裸足で逃げ出すほどの美しさとのこと。

 あはは、シアだからそれも当然なんだけどね。


 なので僕も、シアにならって制服姿はまだ披露していない。

 シア、気に入ってくれるといいんだけど。


「さあさあお二人共、早く屋敷の中に戻って休んでくだされ」

「あはは、じゃあシア、行きましょう」

「はい」


 僕はシアの手を取り、口元を緩めるゲイブに見守られながら僕達は屋敷の中へ入った。


 ◇


「くあ……」


 朝を迎え、僕は上半身を起こして欠伸をする。

 チラリ、と窓へと視線を向けると、カーテンの隙間からまばゆい陽の光が差し込んでいた。どうやら快晴のようだ。


「さて」


 僕はベッドから降り、既に用意されている制服に着替える。

 うん……おかしなところはないな。


 ということで。


 ――コン、コン。


「おはようございます、シア」


 シアの部屋の扉をノックし、そう言って返事を待つ。


 すると。


「ど、どうぞ!」


 シアが少し上ずった声で了承してくれたので、僕は扉を開けて中に入った。

 すると……おおおおお……!


「お、おはようございます……ギル……」


 既に制服に着替え終えていたシアが、顔を真っ赤にしながら上目遣いで僕の顔をのぞき見る。

 その仕草もさることながら……はあ、制服姿のシア……いい……。


「坊ちゃま、坊ちゃま」

「……って、な、なんだ!? ……ああ、アン、どうかしたか?」

「フェリシア様がお待ちですよ?」

「え? ……あ」

「…………………………」


 意識が飛んでいた僕に声をかけたアンに促されて見ると、シアがサファイアの瞳に涙を溜めて肩を震わせていた。

 い、いけない!? シアを放ったらかしにしていたぞ!?


「す、すいません! その、シアがあまりにも素敵すぎたので、つい見惚れてしまいました……」

「あう! いいい、いえ……その、私も……ギルの素敵なお姿に、声を失ってしまっていましたので……」


 あ……あの反応は、僕の答えを待っていたというより、僕に見惚れてくれていた、ということなのか……。

 うわあ……めちゃくちゃ嬉しい……。


「ありがとうございます……僕もシアと同じようにエイヴリル夫人に制服を仕立ててもらって正解でした……」


 感極まった僕は、思わずシアを抱き寄せ、そう耳元でささやいた。


「ふふ……私も、あなたとお揃いで嬉しいです……」


 シアが口元を緩め、僕の胸に頬ずりをしていると。


「コホン」

「「あ……」」


 咳払いをしたアンが、ジト目で僕達を眺めていた。

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