王立学院へ

「では、行ってくるよ」

「ふふ、行ってきます」

「「「「「坊ちゃま、フェリシア様、行ってらっしゃいませ」」」」」


 モーリスをはじめ使用人達に見送られ、僕達は馬車に乗って王立学院へと向かう。


 なお、王立学院は全寮制で、貴族の子息令嬢は卒業するまでの間、学院寮で共に暮らすこととなる。もちろんそれは、王族でさえも。


 これは、成人である十五歳を迎え、今まで周囲に頼ってばかりだった甘えを捨て去り、心身共に成長して王国を支える人材を育てるためという、国立学院の創設者である初代国王陛下の理念によるもの……という設定だ。


 さすがに今日をもって小説の本編開始となるため、このあたりはかなり設定が練り込まれている。

 これまでは、ざまぁ対象でしかない僕の本編前のことだったから何の設定もなかったけど、これからは違う。


 特にシアに至っては、ラスボスとの戦いだけでなく、妹ソフィアとの確執、三人の王子との関係など、それはもうイベントが目白押しだ。

 当然、その中にはシア自身に危害が及んでしまうようなものも。


 だから。


「シア……学院では、絶対に僕のそばから離れてはいけませんからね?」


 こちらを見つめながら微笑むシアに、僕は念のため釘を刺す。

 僕は第一王妃と調整し、王族である三人の王子、それにクラリス王女ですら寮住まいになるというのに、僕とシアは公爵家の屋敷からの通学にしている。


 これは、学院内で発生するトラブルからできる限りシアを遠ざけるということとと、公爵家のほうがシアが安全だからという二点から、このようにした。

 この話を持ちかけた時は、過保護すぎると第一王妃に思いきり笑われてしまったが、シアのためにやりすぎなんてことはない。


「はい、もちろんです。だって、私はいつでもギルのおそばにいたいですから」

「あ、ありがとうございます!」


 シアの答えに、僕は思わず声を上ずらせてお礼を言った。

 そうかー、シアは僕と一緒にいたいのかー……駄目だ、嬉しすぎてどうしても顔が綻んでしまう。


 すると。


「ん? 馬車が渋滞していますね……」

「は、はい……」


 馬車が停まってしまったので、車窓から前を見ると、王立学院からここまで、馬車の行列ができていた。

 まあ、今日は新入生である貴族令嬢が一斉に入学してくるんだ。こうなるのも無理はないか。


「でしたら」


 僕は席を移動し、シアの隣へと座る。


「あ……ギル」

「どうやら僕達が学院に到着するまで、まだ時間がかかりそうです。なのでそれまでの間、あなたを堪能させてください」

「ふあ!? そ、その……はい」


 シアは耳まで真っ赤にしながらも、そんな僕のお願いを嬉しそうに受け入れてくれた。


 ◇


「ふう……お疲れさまでした、シア」

「ふあ……は、はい……」


 頬を赤らめて少しボーっとしているシアの手を取り、僕は馬車から降ろす。

 うん……いくら時間があったからとはいえ、シアをずっと抱きかかえながら髪の匂いを楽しんだりしていたのは、ほんの・・・ちょっと・・・・だけやり過ぎたかもしれない。


 まあ、あくまでもほんの・・・ちょっと・・・・だけど。


「それにしても、他の子息令嬢は大変だなあ」


 大量の荷物の搬入を使用人達に指示している新入生達の姿を見た僕は、そんなことを呟いた。


「そうですね……私達は学院寮には入りませんので、このように荷物はありませんが……」


 既に気持ちを切り替えて普段の様子に戻ったシアが、相槌を打つ。


 すると。


「あれは……」


 そんな荷物の搬入をしている新入生達の中に、第二王子の姿があった。

 第二王妃と第二王子がソフィアと関係を持つようになったことから、僕とシアは接触しないように王室主催のイベントを含め意図的に参加しないようにしていたので、その姿を見るのはかれこれ一年半振りだ。


 だけど……ハア、やっぱり小説ではシアを支える王子の一人だけあって、高身長イケメンに育ったなー。チクショウ。


「ふふ、あんな男・・・・よりも、やはりギルのほうが比べものにならないほど素敵ですね」


 第二王子を眺めながら、シアがクスリ、と微笑みながらそんなことを言ってくれた。


「あはは、ありがとうございます。もっともっとシアにそう言ってもらえるように、僕も頑張ります」

「ふあ……今でもギルは、世界一素敵ですよ?」


 そう言って上目遣いで僕の顔をのぞき込むシア。

 はあ……僕の婚約者・・・・・は可愛すぎる。


「さあ、ここにいても仕方ありませんし、僕達は入学式の行われる講堂へと向かいましょう」


 シアの手を取り、講堂へと向かおうとした、その時、


 ――ドン。


「「っ!?」」


 一人の生徒が、シアにぶつかって来た!?


「シア!?」

「だ、大丈夫です」


 慌ててシアを抱きしめると、彼女は驚いた様子ではあったものに、すぐに心配ないと微笑み返してくれた。


「誰だ!」


 安堵すると同時に怒りを覚えた僕は、ぶつかった生徒へと視線を向け怒鳴った……っ!?

 こ、こいつは!?


「ん? ああ、悪い悪い。見えなかったもんでな」


 悪びれもなくそんなことを言い放った、この男。

 間違いない……コイツは、小説に登場する三人の王子のうちの、最後の一人。


 ――ベネルクス皇国の第二皇子、“パスカル=ヴァン=ベネルクス”だった。

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