成長した悪役令嬢
「ギル、この資料はこちらでよろしいですか?」
窓から春の日差しが差し込む執務室。
シアが綺麗にまとめた書類一式を持って、僕に確認を求めている。
「うん……うん! さすがはシア、完璧ですよ!」
「ふふ、ギルに褒めていただきました」
両手を合わせながら、シアは嬉しそうにはにかんだ。
彼女がこのブルックスバンク公爵家に来て既に一年半以上が経ち、今ではこのように僕の仕事も手伝ってくれている。
やはりシアはとても優秀で、国立学院に入学するまでに必要となる一般教養については、一年も前に全て身につけており、今ではより高度な勉強と魔法の修練に勤しんでいる。
おかげで、勉強以外の時間については、こうして僕の仕事を手伝ってくれているのだ。
「はあ……シアと一緒に執務室で仕事ができるなんて、これなら全然仕事が苦になりません……」
「あ……ふふ……私もあなたとご一緒できますので、その……仕事は大好きですよ?」
シアとは既に二年弱の付き合いだというのに、僕達は今もこんなに仲良しだ。
というか、彼女のその美しさはさらに磨きがかかり、晩餐会などに僕と一緒に出席した時などは男連中の視線を一身に集めている。うん、連中の目玉を全部くり抜いてやりたい。
たまにあの
「そういえば、時間はまだ大丈夫なのですか? 今日はクラリス殿下とのお茶会の約束をされていたのでは……」
「あ……もうこんな時間ですか……」
時計を見て、シアは少し複雑な表情を浮かべる。
クラリス王女とのお茶会にも行きたいが、僕から離れるのが嫌なんだろう。
「あはは、でしたら
「! は、はい! もちろんです!」
僕がそう提案するとシアの表情は一変し、咲き誇るような笑顔を見せてくれた。
ああもう、本当に可愛いなあ……!
その一方で。
「「「「「…………………………」」」」」
同じく、執務室内にいる他の面々……つまり、僕が雇い上げた者達が、恨めしそうに僕を睨んでいた。
なお、この者達は半分が平民、残り半分が下級貴族の子息令嬢ばかりだったりする。
実は人材不足を解消するため、僕は一年前に平民も含めた試験制度による人材登用に踏み切った。
しかも、優秀な者にはその身分に関係なく、破格の報酬を約束して。
当然、これには他の貴族達からの反発もあった。
なにせ、貴族達は平民をという労働資本を、安価な報酬で搾取しているのだから。
だが、これに関しては第一王妃への根回しなどもあり、反発する貴族達を抑えつけて実行に踏み切った。
おかげで今では僕も余裕が生まれ、仕事に融通がつくようになっていた。
ただ、この人材登用を始めてまだ一年しか経っていないので、効果を検証するのは来年以降だけどね。
とはいえ、普段の業務が円滑に進んでいることを実感しており、間違いなく成功なんだけど。
「それで? まさか君達、僕に『行くな』とでもいうつもり……「「「「「当たり前じゃないですか!」」」」」……うわ!?」
全員に一斉に迫られ、僕は思わずひるんだ。
「もう、私達もいっぱいいっぱいなんですよ!?」
「フェリシア様が手伝ってくださっているから何とか持ちこたえているものの、このままでは仕事が破綻してしまいます!」
「新しい人材はいつ補充されるんですか!」
口々に不平不満を告げる職員達。
う、ううむ……人が増えたからと、調子に乗って事業を手広くし過ぎたか……。
「も、もちろん分かっているとも! ちゃんと次の人材登用試験の準備を進めているから、近いうちに新人が補充される! だからそれまで頑張ってくれ!」
「「「「「約束ですからね!」」」」」
「は、はい……」
全員から念を押され、僕は身体を縮ませて首肯した。
く、くそう……もはや小公爵としての威厳なんて、あったものじゃない……。
「と、ということでシア、早く行きましょう!」
「あっ」
僕はシアの手を引き、逃げるように執務室を飛び出した。
◇
「あー……屋敷に帰りたくないなあ……」
「ギル、いけませんよ? 皆さんも私達の帰りを待っていらっしゃるのですから」
お茶会を終え、帰りの馬車の中でシアが僕をたしなめる。
「ですがシア、僕としてはあなたと二人きりで過ごしたいのです……」
そう言って、僕は思いきり肩を落とした。
「ふふ……でしたら、他の皆さんには今日はお帰りいただき、私とギルの二人だけで仕事をするのはいかがですか?」
「あ……そ、その、それだとシアに負担がかかってしまいます……」
もちろん、シアと二人きりの仕事は非常に魅力的だけど、そんなことよりも彼女に余計な負担をかけたくない。
だから、やっぱり帰ったら真面目に仕事をしようと気持ちを切り替えた、んだけど……。
「そんなことを言わないでください……私はギルの婚約者です、恋人です。でしたら、これは
シアは悲しそうな表情を浮かべ、キュ、と唇を噛んだ。
ああ……僕は、何を勘違いしていたんだろうか。
彼女はこんなにも、僕の妻になろうとしてくれているのに……。
「シア」
「あ……」
「申し訳ありません……僕は、あなたの気持ちをちゃんと考えていませんでした。あなたはこんなにも、僕の隣にいようとしてくれているのに……」
愛おしい彼女を抱きしめ、僕は耳元で謝罪の言葉を告げる。
本当に、僕はなんて独りよがりだったんだ……。
「そ、そんな……ギルは悪くありません。あなたはいつだって、私のことを第一に考えてくださって、気遣ってくださって、それであのようにおっしゃってくださったのですから……」
「ですが……」
「それでしたら、帰ったらギルと二人きりで仕事がしたいという、私の
なおも謝ろうとした僕の言葉を遮るように、シアは僕の顔を
「もちろんです……僕にとって、そんな嬉しいことはありませんから……」
「ふふ……私もです……」
それから僕とシアは、屋敷に到着するまで馬車の中でずっと抱き合っていた。
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