僕の、私の、婚約者様

「ふむ……こんな感じでいいかな」


 王宮での晩餐会が行われてから既に二週間が経ち、僕は執務室で現状……つまり、この人手が足らない状況を打破するための提案書をまとめていた。

 とりあえず形になったし、あとはこれを王国に認めてもらうだけだ。


 なお、それについても事前に第一王妃とは水面下で交渉をしており、おかげでこの提案書を提出するだけで承認を得る手筈となっている。

 まあ、王室に対しあれだけ僕は貸しを作ったんだ。これくらいしてもらって、当然なんだけどね。


「クク……この提案書が通れば、いよいよ僕の自由時間が増えて、シアと二人きりで過ごす時間が増えるというもの」


 そう呟きながら、僕は一人ほくそ笑んでいると。


 ――コン、コン。


「失礼します……ギル、少し休憩いたしませんか?」

「シア! もちろんです!」


 お茶とお菓子が乗ったワゴンを押して、シアが休憩に誘ってくれた。

 当然僕はこんな提案書なんか放り投げ、満面の笑みを浮かべながらシアに駆け寄る。


 なのに。


「坊ちゃま、仕事は終わられたのですか?」

「仕事? そんなものは休憩の後だ」


 相変わらず釘を刺してくるモーリスに、僕は顔を明後日の方向へ逸らしながらそう答えた。

 もちろん、まともに目を合わせられるはずもない。


「ふふ……ギル? あまりモーリス様を困らせてはいけませんよ?」

「うぐ!?」


 シアに苦笑しながら指摘され、僕は思わず喉を詰まらせてしまった。


「……フェリシア様がいらっしゃれば、この公爵家は間違いなく安泰ですな」


 僕とシアを見つめながら、モーリスがポツリ、と呟く。

 いや、その言葉には完全同意するけど、モーリスの場合、僕を馬車馬のように働かせること前提だろ……。


「ギル……もう少し……もう少しだけ待っていてください。たくさん学んで、私も必ずあなたを支えてみせますから」


 僕の手をそっと握りしめ、サファイアの瞳で見つめながら宣言するシア。

 そんな彼女の心遣いを受け、僕は今、幸せを噛みしめている。


「ありがとうございます……でも、シアはシアのペースで勉強すればいいんですからね? 仕事なら大丈夫、ちゃんと対策も練っていますから」


 そう言って、僕はシアに微笑みかけた。

 もちろんシアと一緒に仕事ができるようになったら、どんな嫌な仕事でもできるけど、だからといってそのためにシアを無理させたくはないからね。


 だけど。


「…………………………」

「え、ええと……シア?」


 どうやら僕の言葉が気に入らなかったらしく、シアは口を尖らせながら僕をジト目で睨んでいる。

 ハア……本当に、僕の婚約者は……。


「……分かりました。シアには是非、僕の仕事を手伝っていただきます」

「! は、はい!」


 肩をすくめながらそう告げた瞬間、シアはパアア、と満面の笑顔を見せた。

 あはは……シアにとっては、仕事のつらさよりも、僕を手伝えないことのつらさのほうが嫌なんですね。


「コホン……ところで坊ちゃま、フェリシア様。仕事のこともさることながら、例の王位継承の件についてどうなさるおつもりですか?」


 モーリスが咳払いをし、そんなことを尋ねてきた。


「というと?」

「はい。二週間後、フェリシア様はフレデリカ妃殿下のお茶会に参加されますが、おそらく妃殿下はその時に支援を求めるのではないかと思います。となると、フェリシア様が困らないよう、あらかじめ方針などについてすり合わせをしておいたほうがよろしいかと」

「ふむ……」


 なるほど、モーリスの言い分にも一理ある。

 これまでの貸しもあるし、僕がシアを溺愛していることを第一王妃も知っているから、さすがに露骨に支援を求めるような真似はしないとは思うが、だからこそシアにすり寄るということも考えられる。


 なにせ僕は、シアのお願いなら何でも聞くと思うし。


「僕としては、あの三人の王子達について、今は静観、といったところかな」


 そう……今の段階で早々に支援を表明しても、それによって増長されても困るし、他の貴族や選ばれなかった王子達からブルックスバンク公爵家……いや、シアに危害を加えられたりしたら困るからね。


 何より、僕の一番の弱点・・はシアなのだから。


 そして、第一王妃や第二王妃なら、そこを的確についてくるだろう。

 仲間にならないのなら排除する、そんなことは当然の摂理だ。


「……だから、王家としても治外法権である王立学院に入学すれば、少なくとも学院にいる間は二人の王妃も易々とは手を出してこないと思っている」

「なるほど……確かに王立学院は、数少ない国王陛下の直轄施設ですからな。下手な真似をすれば、それこそ国王陛下の逆鱗に触れることになりましょう」


 僕の説明を聞き、モーリスは納得の表情を見せて頷く。


 まあ、説明したとおりではあるけど、そんなことよりももっと大事な問題が後に控えている。

 そんなくだらないことに、王立学院に入学するまでの二年間を無駄になんてしていられない。


 だって。


 王立学院に入学したら、いよいよ小説の本編が始まる。

 そうなったら、否応なしにシアは聖女として様々な事件やトラブル……そして、ラスボスとの戦いに巻き込まれていくのだから。


 それまでにできる限りの準備を整えつつ、僕はシアとの幸せな日々を堪能しないといけないのだから。


「そういうことですので、シア……学院に入学するまでの間、僕達は色々なことをして楽しんで、毎日を幸せに過ごしましょう」

「ふふ……私はギルがおそばにいるだけで、いつだって幸せですよ?」

「僕もです。あなたこそが、僕を世界一に幸せにしてくれるんです」

「「だから」」


 僕とシアは居住まいを正し、互いの手を握り合う。


 そして。


「「これからもよろしくお願いします! 僕の(私の)婚約者様!」」

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