聖女の片鱗

「うう……まだ仕事が終わらない……」


 女神教会の神殿でシアの呪いを解いた次の日、僕は変わらず激務に追われていた。

 くそう、モーリスめ……相変わらず一切僕に手心を加えないな。


 とはいえ、仕事を片づけないことには、ゆっくりシアを堪能することができない。

 僕のやるべきことは、一刻も早く仕事を片づけ、愛する婚約者の下へと馳せ参じるのみだ。


「ええい! こんな仕事なんて、一気に片づけてやる!」


 そう考えたら妙に気合いが入った僕は、次々と仕事をこなしていく。

 よし! あと少しで……って。


「坊ちゃま! 大変です!」


 いつも飄々ひょうひょうとしているモーリスが、珍しく慌てて執務室へと入って来た。


「一体どうした?」

「は、はい! フェ、フェリシア様が!」

「シア!? シアがどうかしたのか!?」


 シアの名前を聞いた瞬間、僕は血の気が引き、狼狽うろたえる。

 い、いや、シアに何か起こるようなイベントなんて、前世の僕は用意した覚えはないぞ!?


「と、とにかくシアのところに急ぐぞ!」

「はい! フェリシア様は勉強部屋でございます!」


 僕はモーリスを引きつれ、シアのいる部屋へと向かう。


「シア!」

「ハア……ハア……あ……ギ、ギル……」


 部屋に飛び込むと、家庭教師の一人の“リンジー=マリガン”子爵に身体を支えられなければ立っていられないほど憔悴しょうすいしきっていた。


「こ、これは一体どういうことなのだ!? どうしてシアが、こんなにも……!?」

「小公爵閣下、落ち着いてください。フェリシア様について、ご心配には及びません」


 慌ててシアに駆け寄った僕に、マリガン卿は冷静にそう告げた。


「フェリシア様が疲労困憊こんぱいの状態となったのは、初めて魔法を使ったために魔力を操作することができず、一気に魔力を放出してしまったからです」

「っ!? そ、それって……」


 その言葉に、僕はシアの顔をのぞき込む。


 すると。


「ギ、ギル……私、魔法が使えたんです……っ! 何もできない、役立たず・・・・と……無能・・と言われた、この私が……!」


 疲労から息が荒く、涙をこぼしながらも、シアは満面の笑みを見せながら嬉しそうに話す。

 そうか……シアは、とうとう本当の聖女・・・・・としての能力を開花させたのか……!


「シア……まずはおめでとうございます。ですが、このようになってしまうのであれば、すぐにでも魔法の使い方を習得していただかなければなりませんね……」


 自分のことのように嬉しく思いつつも、疲労で苦しむシアを見ていられず、僕はマリガン卿に代わってシアを思いきり抱きしめた。


「グス……ふふ、私ったら嬉しすぎて、逆にギルにご心配をおかけしてしまいました……」

「いいんです……僕が心配するのは……それよりも、あなたに大事がなければ、それだけで全ていいんです……」


 そう言って、僕はシアの綺麗なプラチナブロンドの髪に鼻をうずめる。


「小公爵閣下……私はフェリシア様の魔法が発動する瞬間に立ち会いましたが、ものすごい魔法の才能の片鱗を見せていただきました! ついては、私が持つ魔法の全てをフェリシア様へお教えしたいのです! どうかお願いします!」


 マリガン卿が興奮で顔を上気させながら、深々と頭を下げた。

 もちろん、僕もシアが聖女に目覚めることを想定して、彼女を家庭教師にしたんだから、否やはない。


 何より、彼女こそがマージアングル王国史上、最年少で宮廷魔法師団の副師団長へと登りつめ、魔法の申し子とまで呼ばれた王国最高の魔法使いなのだから。


 なお、そんな彼女も小説には一切登場しないモブ以下の存在だったりする。

 というか、モーリスやゲイブといい、本当にすごいキャラに限ってそんな扱いになっているのはどういうことだ?


 ま、まあ、シアや三人の王子達を際立たせるためには、それ以上に目立つ存在がいたら影が薄くなるから、仕方ないといえば仕方ないんだけど。


「はい……これから是非、シアに魔法を教えてあげてください。シアは誰よりも、魔法を求めていたのですから」

「そ、そんな! 小公爵閣下、顔をお上げください!」


 マリガンに頭を下げると、彼女は慌ててそれを止めた。

 だが、シアの師となる者に、無碍むげな扱いはできないからな。


「では、今までは歴史・・の教師としてシアに教えてもらっておりましたが、これからは正式に魔法・・の教師としてお願いできますでしょうか」

「お任せください! この私の全てをかけて、フェリシア様を史上最高の魔法使いにしてみせます!」


 マリガン卿は、鼻息荒く自分の胸をドン、と叩いた。

 少し興奮しすぎのような気がするけど、やる気の表れということで、ま、まあいいだろう……。


「シアもそれでいいですか?」

「はい! マリガン先生の授業は本当に楽しいですし、是非ともお願いします!」


 シアは、僕の胸の中から、最高に素敵な……それこそ聖女の笑顔・・・・・を見せてくれた。

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