背中の傷、二人の繋がり

「シア、魔法の授業は楽しいですか?」


 シアの呪いが解け、初めての魔法が発動してから一週間。

 僕は夜の庭園で肩を寄せ合いながら隣に座るシアに、そう尋ねると。


「はい! すごく楽しいです!」


 シアはサファイアの瞳をキラキラされて、嬉しそうに答えてくれた。


「あはは、マリガン卿もおっしゃっていましたが、シアはものすごく魔法の才能があるそうですから、すぐにでも色んな魔法を覚えそうですね」


 そんなことを言ってみたけど、小説でのシアは魔法を覚えるどころか、今すぐにでも最高位の回復魔法を使うことができる。


「ふふ……実は、回復魔法に関してはほとんど使えるんです」

「そうなんですか! すごいじゃないですか!」

「ふあ!?」


 彼女の手を取って身を乗り出しながら褒め称えると、シアは驚いて可愛い声を漏らした。


「でしたら、シアなら背中の傷跡も治せてしまいそうですね」

「あ……」


 うん……シアは小説で、自身の回復魔法によって背中の傷を治すんだ。

 そして、背中の傷と共に心の傷も消えた彼女は、支えてくれた三人の王子達と向き合うこととなる。


 だから、シアが救われるためにも背中の傷跡を消すことは、とても大事なこと、なんだけど……。


「…………………………」


 何故かシアは、あまり表情がすぐれない。

 一体、どうしたというのだろうか……。


「シア?」

「ギル……背中の傷跡については、このままにしておこうと考えています……」


 シアはジッと僕の顔を見つめ、おずおずとそう告げた。

 その言葉に僕は驚きつつも、平静を装う。


「それは、どうしてですか?」

「はい……確かに私は今まで、この傷跡が憎くて仕方ありませんでした……ソフィアや使用人達がした仕打ちもそうですし、ギルに堂々と向き合えなくなってしまった原因でもありますので……」

「…………………………」

「……ですが、ギルだけはこの傷跡を含めて、私のことを愛してくださったんです。この傷跡を埋めて、心の傷跡を埋めて、温もりを与えてくださって……」


 訥々とつとつと話すシア。

 そんな彼女に、僕は目が離せないでいる。


 小説の中でも、あれほどコンプレックスとして抱えていた背中の傷跡を、今は僕との大切な繋がりとして受け入れてくれているなんて。


「ですから、もしギルがそれでもいいとおっしゃってくださるなら、私は背中の傷跡をこのままに……っ!?」


 僕はあまりの嬉しさに、シアを強く抱きしめた。


「シア……もちろん、あなたの好きなようになさってください。ですが、これだけは言わせてください。僕はあなたの背中の傷跡を含め、誰よりも……女神ディアナよりも綺麗だと思っていますし、あなたのその想いが……僕への想いが、幸せでたまりません」

「あ……ふふ……私もです。あなたでなければ、私はこの傷跡のことを誰にも話すことなく、一人隠れて回復魔法で消していたかもしれません。ですが、私にはあなたがいます、ギルがいます。この傷跡も含めて愛してくださる、あなたがいますから……」


 そう言ってシアも、僕を優しく抱きしめ返してくれた。

 ああ……僕は小説の内容を無視して、背中の傷跡についてシアと向き合って、本当によかった。


 そのおかげでシアは、小説よりも、さらに強い心を手に入れることができたのだから……。


「ギル……これからも、ずっとおそばにいてくださいね?」

「もちろんです。僕は絶対に、あなたを離しませんから。だからシアも、ずっと僕のそばにいてください……」

「はい……」


 僕とシアはお互いクスリ、と微笑むと、温もりを求めて抱き合った。


 ◇


「ウーン……本当にこれで問題ないだろうか……」


 僕は全身鏡の前に立ち、眉根を寄せながら唸る。

 今日は王宮の晩餐会だし、僕がのせいでシアに恥ずかしい思いをさせるわけにはいかないからね。


「坊ちゃま、お気になさるのは分かりますが、そろそろフェリシア様をお迎えに上がりませんと」

「あ……もうこんな時間か……」


 仕方ない……まだ不安ではあるけど、あとはシアに評価してもらうことにしよう。


 僕は部屋を出て、支度を終えているであろうシアの部屋へと向かう。


 ――コン、コン。


「シア、入ってもよろしいですか?」

「ギル! もちろんです!」


 シアの了承を得たので、僕は彼女の部屋に入ると……っ!


「……っ!」


 彼女のあまりの美しさに、僕は思わず息が止まる。

 だけど……シアもどうして、口元を両手で覆いながら目を見開いているんだろう……。


「シ、シア……どうかしましたか……?」

「い、いえ……ギルがあまりにも素敵ですので、息が止まってしまいました……」


 頬を赤らめ、はにかみながらそう答えるシア。

 彼女に褒められ、僕は心の中で狂喜乱舞していた。


「あ、ありがとうございます……少しでも美しいシアの足を引っ張らないよう、頑張った甲斐がありました」

「と、とんでもない! ギルは誰よりも素敵です! そ、その、私こそギルの隣に相応しいのかと、不安で仕方ありません……」


 僕の言葉に詰め寄るシアだったけど、後半の自己評価の部分は何一つ受け入れられない。


 なので。


「シア、それは間違っています。シアは王国を……いえ、世界を代表するほど美しく素晴らしいのです。むしろ、僕はあなたの隣に立てることを心から誇りに思っております」

「ふああああ!?」


 僕が全力でそう告げると、シアは可愛い声を漏らした。

 本当に、シアは可愛くて愛おしくて……はあ、尊い。


「「コホン。坊ちゃま、フェリシア様、そろそろ……」」

「「あ……」」


 モーリスとアンに咳払いで催促され、僕とシアは思わず顔を見合わせる。


 そして。


「シア」

「ギル……はい」


 僕は蕩けるような微笑みを見せるシアの手を取り、馬車が待つ玄関へと向かった。

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