聖女の誕生

「ようこそお越しくださいました」


 王都にある女神教会の神殿に到着すると、神殿を預かる枢機卿すうききょうの“ジェイコブ=コール”が、僕達を出迎えた。


 なお、この枢機卿こそがソフィアを聖女に認定し、広告塔にすることで甘い汁を吸っていた張本人である。

 まあ、そんなことは聖職者であるにもかかわらず、どうしようもないほど肥え太っている姿を見れば、誰でも分かるか。


「枢機卿、今日はわざわざ神殿をお貸しいただき、ありがとうございます」

「いえいえ……女神ディアナは、小公爵様の敬虔けいけんな行いを見ておいでです」


 はは、その敬虔けいけんな行いとやらは、お布施の金額によって決まるがな。

 おかげで今回の件でも、かなりの金をつぎ込むことになった。


 まあ、いずれ利子をつけて返してもらうつもりだ。


「さあ、行きましょう」

「は、はい」


 シアからすれば、ソフィアを聖女に仕立て、背中に大きな傷を負うきっかけとなった女神教会なんて、見たくもないだろう。

 だけど……彼女が呪いを解き、本当の聖女となるためにはどうしても必要なことなんだ。


 だから。


「シア……僕があなたの隣にいます。だから、もし視界に入れることもはばかられるのであれば、目を閉じていてください。僕が、あなたを導きます」

「あ……ふふ、大丈夫です。だって私はもう、既に世界一素敵なギルに、救われていますから……」


 そう言って、シアがニコリ、と微笑む。

 本当は、つらいはずなのに……。


「シア……ここに来るのは最初で最後にします……」

「ありがとうございます……本当に、ギルだけが私のことを理解してくださいますね」


 僕達は、枢機卿の後に続き、神殿の中へと入った。


「枢機卿。申し訳ありませんが、しばらくの間、僕とシアの二人だけにしていただけませんでしょうか」

「さ、さすがにそれを認めるわけにはいきません。この場所は、とても神聖な場所ですので……」


 僕の申し出に、枢機卿は大量の脂汗を流しながら嫌そうな表情を見せる。

 ふむ……仕方ない。


 枢機卿のそばへと、僕は近づくと。


「……これまでのお布施と同額を、改めて寄付いたしますので」


 そう、耳打ちした。


 だけど……うん、香水の匂いが酷い。

 いくら体臭を隠すためとはいえ、この香水の量はやり過ぎだ。


「それはそれは……女神ディアナも、敬虔けいけんな小公爵様のためならばと、お喜びになることでしょう」

「では……」

「私は、別の用事があることを思い出しました。しばらく席を外しますことをお許しください」


 そう言うと、枢機卿は神殿の間から出て行った。


「シア……これで、ここには僕とシアの二人だけです」

「は、はい……それで、ここに来た理由を……わざわざ二人だけとなった理由を、教えてくださいませんか……?」


 シアは上目遣いで僕の顔をのぞき込みながら、おずおずと尋ねる。

 そうだね……ちゃんと話してあげないと、彼女も不安になるか……。


「……実は、シアがブルックスバンク家に来た日の夜、夢を見たんです」

「夢、ですか……?」

「はい……」


 さすがに小説の内容がそうだからとはとても言えないので、僕はあらかじめ用意しておいたシナリオを説明する。


 僕が夢の中で女神ディアナに出会ったこと。

 女神ディアナは、シアが呪われていること、王都にある神殿で祈りを捧げればその呪いは解かれ、シアは本当の力を取り戻すことができることを僕に告げたこと。


「……さすがに僕も信じられませんでしたが、あの夢の女神ディアナの言葉が忘れられず、本当にシアが呪われていたらと思うと怖くなり、それで……」

「そう、だったんですね……」


 うん、女神ディアナの像の前で盛大に嘘を吐いたけど、どうか許してほしい。

 とはいえ、そのおかげでシアが聖女に目覚めるのだから、仕方ないよね。


 それに、シアも僕の言葉を信じてくれたみたいだ。

 女神に嘘を吐くよりも、シアに嘘を吐いたという事実のほうが、本当に心苦しい。


「それで……私はどうすればよろしいですか?」

「簡単です。あなたはただ、女神ディアナの像に向かって祈りを捧げるだけです。あなたの、大切なもの・・・・・のために」


 小説では、ここでシアは二度目・・・の人生で支えてくれた人達……つまり、三人の王子や王立学院で得た友人達のことを思い、祈りを捧げた。


 ……今の彼女は、誰のために・・・・・祈るんだろうか。


「わ、分かりました。では……」


 意を決し、シアが女神ディアナ像の前でひざまずき、両手を組んだ。

 もちろんその胸には、呪いを解くための鍵となる、『女神の涙』が輝いている。


 そして。


「っ!?」


 祈りを捧げているシアの『女神の涙』が青い光を放ち、彼女の身体を包み込む。

 シアは瞳を閉じたまま祈り続けているため、その光に気づいていない。


 光は、やがてシアの身体に溶け込むかのように小さくなっていき、ようやく収まった。


「シア……もう、いいですよ」

「あ……ギル」


 僕は彼女の小さな肩をポン、と叩くと、シアは祈りを止め、振り返った。


「ふふ……これで、私の呪いは解けたのでしょうか」

「もちろん」


 クスリ、と微笑むシアに、僕は胸を張って頷いた。

 ちゃんと『女神の涙』も発動したし、これで間違いなく呪いは解け、シアは魔法を使うことができるようになったはず。


 でも、僕はそれ以上に気になっていることがあって。


「そ、その……シアは、何を願っていたのですか……?」


 もちろんその答えなんて、分かり切っている。

 でも……もし万に一つでも、それが僕の答えと違っていたらと、余計な不安を抱いてしまうんだ。


 だけど。


「ふふ! もちろんギルのことを想い願ったに決まっています!」


 彼女はそんな僕の不安なんて、あっという間に吹き飛ばしてくれた。


 その、女神のような最高の笑顔で。

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