王宮からの招待

「シア、こちらの鴨のローストはさっぱりしていて美味しいですよ」


 王太子達を追い返した次の日の朝食。

 僕はフォークで鴨のローストを刺すと、シアの口元へと運んだ。


「ふふ……はむ……美味しいです!」

「それはよかった」


 美味しそうに頬張るシアを見て、僕も顔を綻ばせる。

 なお、こうやって彼女に食べさせるようになったのは、あの告白した夜の次の日……つまり昨日からだ。


 それまではシア自身が、どこか僕に遠慮しているところがあったため、彼女が心を開いてくれるまでと僕も我慢していたけど、今ではシアも僕のことをこんなにも求めてくれるようになったので、当然僕も遠慮しない。


 これからは、もっともっとシアを甘やかせるのだから……って。


「シア?」

「ふふ……お返しです」


 ……まさか、僕がシアにこうやって食べさせてもらうことになるなんて。


「はむ! もぐ……うん、やっぱりシアに食べさせていただくと、格段に美味しいですね」

「あう……もう、同じ味ですよ?」

「いいえ、違います。こちらのほうが美味しいです」


 などと、そばにいるアンが苦笑するのも無視してそんなやり取りをしていると。


「坊ちゃま、王宮より書状が届いております」

「来たか」


 説得に二、三日かかるかと思っていたが、さすがに日を空けるわけにはいかないと判断したか。

 やはり、第一王妃はまだ信用・・はできないものの、信頼・・はできるな。


「ギル……ひょっとして……」

「ええ、王宮からの招待状・・・です。国王陛下が、是非とも僕とシアの二人に会って話がしたいそうです」


 そう言って、僕は手紙をヒラヒラさせた。


 だけど……なるほど、上手いこと考えたな。

 単純に王宮への参上を指示するのでは馬鹿な王太子と同じだし、かといって国王陛下自ら一臣下である公爵家に足を運ぶなんてこともあり得ない。

 だったら、あくまでも招待というていを取ることで、互いの面子めんつを立てたか。


「となると、シアの最高に綺麗な姿を国王陛下に見せる必要がありますね」

「ふあ!? わ、私ですか!?」

「ええ」


 そう……馬鹿な王太子や第二王子が侮辱したシアが、どれほど素敵で優しくて、慈愛にあふれた最高の女性ひとだということを知らしめてやらないと。


 ……本音は、ただ可愛い僕の婚約者・・・・・を自慢したいだけなんだけど、ね。


「そうと決まったらアン、シアのことを頼んだよ!」

「お任せくださいませ!」


 ビシッ! と敬礼したアンは、困惑するシアを連れて早速準備へと向かった。


 ◇


「ギ、ギル……おかしなところはないでしょうか……?」


 今、僕の目の前にはエイヴリル夫人が仕立てた最高のドレスを身にまとい、胸には『女神の涙』を、耳には同じくサファイアのイヤリングをつけた、まさに女神様・・・がいる。


 僕はそんな彼女の美しさに、ただただ言葉を失っていた。


「ギル……?」

「え? あ、は、はい……あまりにもシアが素敵なので、もはや言葉すら失ってしまいました……」

「ふああああ!? も、もう……ですが、ギルに気に入っていただけたのなら、その……嬉しいです……」


 ……僕のシアの計り知れない尊さに、思わず胸を押さえる。

 いや、こんなの反則だろう。どれだけ胸を高鳴らせれば気が済むんだ……。


「……坊ちゃま、そろそろ出立いたしませんと」

「ハッ……! そ、そうだな……」


 モーリスの声で我に返った僕は、そんな素敵なシアの前で膝をついた。


「シア……どうぞ手を」

「は、はい……」


 シアは頬を赤らめながら、僕の右手にそっと手を添えた。


 そして。


「では、行ってくる」

「「「行ってらっしゃいませ」」」


 モーリス達に見送られ、僕とシアは馬車に乗って王宮へと向かった。


 その途中。


「あ、あの……ギル?」

「何でしょうか?」

「その……あまりそのように見つめられると……は、恥ずかしいです……」


 そう言って、シアは顔を伏せてしまった。

 だけど、目の前に女神よりも美しい婚約者がいれば、どうしたって見つめてしまうのは自然の摂理だ。僕には抗いすべがない。


「なので、シアには申し訳ありませんが、慣れていただくほかありません」

「あう……も、もう……わ、私だって世界一素敵なギルに見つめられているのです……一生かけても、慣れる自信がありません……」

「ぐは!」


 シアの言葉が嬉しすぎて、僕は思わず悶えてしまった。

 くうう……シアは僕の弱点(又はご褒美)を、的確についてくるぞ……っ。


「で、ですがそれは僕も同じです……僕はきっと、いつまでも素敵なシアに、ただ心を奪われ続けるのですから……」

「ふあ!?」


 今度はシアが、僕の言葉に身悶える。

 そうして互いに賞賛の応酬を繰り広げていると。


「ハア……ハア……ど、どうやら王宮に到着したようです……」

「ハア……ふう……そ、そうですね……」


 僕とシアは顔を上気させながら、王宮の玄関に横付けされた馬車から降りた。


 すると。


「お待ちしていましたよ、小公爵殿、そして、フェリシアさん・・


 第一王妃が、にこやかな笑顔を浮かべながら出迎えてくれた。

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