国王の怒り ※フレデリカ第一王妃視点

■フレデリカ=オブ=マージアングル視点


「これはどういうことなの?」


 ブルックスバンク公爵家からおめおめと帰って来た騎士団長のモーガン伯爵を捕まえ、私は冷たく言い放つ。

 聞けば、ニコラスはわざわざ出向いたにもかかわらず、小公爵殿に一切謝罪を行わなかった。

 それどころか、不用意な発言までして彼を怒らせる始末。


 小公爵殿がたもとを分かつと言い放つのは当然だ。

 これではマージアングル王家が、最大貴族であるブルックスバンク家をないがしろにしたも同然なのだから。


「それで……あなた達はこの結果について、どう申し開きをするつもりなのかしら?」

「は、母上、私はそんなつもりではなかったのです……聖女であるソフィアを酷い目に遭わせた、あの悪女のことで、まさかここまで小公爵が怒りを見せるなんて……」


 ニコラスは憔悴した顔でそんなことをのたまう。

 この期に及んでもそんな言葉が出てくる時点で、いかに自分のしでかしたことを理解していないかということがうかがえる。


「……ショーン、あなたも王太子殿下と同じ考えなのですか?」


 私の隣に座る第二王妃のセシリーも、冷たい視線を向けながら問いただす。

 普段は王宮内で私と権力争いを繰り広げているとはいえ、今回の事態は互いの足を引っ張っているほどの余裕はない。


 なにせ、相手はあの・・ブルックスバンク公爵家なのだから。


「い、いえ……僕は……」


 ショーン王子は視線を逸らしながら言い淀む。

 ハア……つまり、同じ考えということね。


「フレデリカ妃殿下、いかがいたしましょうか……」

「……こうなっては、国王陛下に事の仔細を全てお話しして、判断を仰ぐほかありません。両王子の廃嫡程度で済めばよいのですが……」

「っ!? そ、そんな!」

「ぼ、僕が廃嫡……?」


 ニコラスが目を見開きながら驚きの声を上げ、ショーン王子は意味が分からないのか、呆けた声を漏らす。

 ……本当に、どうして私はこんな当たり前のことを教えてこなかったのかと、今さらながら後悔した。


「とにかく、急ぎ陛下に面会を」

「はい」


 私とセシリーは席を立ち、国王陛下の元へと向かった。


 ◇


「そうか……」


 私達からの説明を受けた国王陛下は、目をつむりながら静かにそう呟いた。


 そして。


「この馬鹿者共が!」

「「っ!? も、申し訳ございません!」」


 私とセシリーは膝をつき、慌てて謝罪した。

 その声色からも、ここまでお怒りの陛下は本当に久しぶりのことだった。


「お前達、ブルックスバンク公爵家が……小公爵が、この国に対しどれだけ寄与しておるか、知らぬわけではあるまいな」

「「も、もちろんでございます!」」

「ならば、何故このようなことになったのだ」

「「そ、それは……」」


 陛下の言葉に、私とセシリーは言い淀む。

 これに関しては、ニコラスとショーン王子が愚かだったと言うほかない。


 だが、それをこの場で認めてしまえば、ショーン王子はともかくニコラスの廃嫡は確実。

 今はせめて、王位継承権の再考に留めることができれば最良、そうでなくても、王位継承権の剥奪が次善だ。


 それならば、まだニコラスが王となる可能性はゼロではないのだから。


「……とにかく、小公爵については余が自ら詫びるほかあるまい。その上で、ニコラスとショーンの処遇については小公爵に委ねることとする」

「「っ!?」」


 これは……困ったことになった。

 ただでさえ私は、先日の狩猟大会でニコラスに花を持たせるため、ドラゴン討伐の栄誉を譲ってもらった。

 それを考えれば、小公爵殿はニコラスよりもショーンのほうが、印象が良いに決まっている。


 どうする……? どうすれば、ニコラスは小公爵殿に許しを請うことが……。


 私はニコラスを救うため、思考を巡らせていると。


「で、であれば! 聖女であるソフィアを通じて、“女神教会”から小公爵との間を取り持ってもらえばいかがでしょうか!」

「そ、そうです! 聖女ならば、あの小公爵殿も無碍むげにはできないはずです!」


 この……大馬鹿二人は……っ!


「いい加減にしなさい! あなた達はまだ分からないのですか!」

「は、母上……?」

「フレデリカ妃殿下……?」


 国王陛下の前であるにもかかわらず、私は思わず声を荒げてしまった。


「いいですか! 小公爵殿は、そのソフィアが婚約者のフェリシアをしいたげて、あなた達をそそのかしているからこそ、ここまでお怒りなのですよ! そんなことも分からないのですか!」


 そう……先日の小公爵との会談の後、私はソフィア=プレイステッドについてに調査をさせた。

 その結果分かったのは、ソフィアという女は聖女とは名ばかりの最低の女・・・・だということ。


 女神教会との関係があるため、表立って排除することはできないものの、それでも、この王室の一員に加えることなど言語道断。

 そんなことは少し調べれば分かることなのに、私の息子とショーン王子がここまで目が曇っているなんて……。


「……落ち着けフレデリカ。お主が小公爵を怒らせたことが本意ではないことは、今の発言でも充分に分かった。いずれにせよ、明日の余の予定は全て中止し、小公爵と面会することとする。今度こそ、小公爵に失礼のないようにするのだ」

「「「「は、はい!」」」」


 私達は一斉にひざまずき、国王陛下の寛大な御心に感謝した。


 次こそは、このようなことがないようにと、心に誓いながら。

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