袂を分かつ
「ふふ! そうなのですね!」
その後も、僕はシアが淹れてくれたお茶を飲みながら、楽しく談笑している。
仕事? もちろんシアが優先に決まっているから、放ってあるとも。
なのに。
「坊ちゃま、ただ今戻りました」
「そ、そうか……」
せっかくのシアとの楽しいひと時は、これで終わりのようだ。
おのれモーリス、相変わらず仕事が早いな。
「ふふ……では、名残り惜しいですが、ギルのお仕事の邪魔をしてはいけませんので、私はこれで失礼いたします」
「あ、ああー……」
ペコリ、と可愛くお辞儀するシアに、僕は情けない声を出しながら手を伸ばす。
も、もう少し
「フェリシア様。坊ちゃまのご用件はフェリシア様にも関係ございますので、そのままいてくださったほうがよろしいかと存じます」
「そうなのですか?」
僕の意を汲み取ったモーリスの言葉を受け、シアはまたソファーへと腰かけた。
モーリス、よくやった。
「それでモーリス、向こうは何と?」
「はい。やはりあの手紙は王太子殿下の独断であったとのことで、改めて謝罪すると共に王太子殿下と第二王子、それに見届け人として騎士団長であるモーガン伯爵が同行して早ければ明日にでもこちらへとお越しになるとのことです」
「そうか」
「そ、その、ギル……今のお話はひょっとして……」
察しがよく頭の回転が速いシアは、今のモーリスの報告で全てを悟ったようだ。
うん、さすがは主人公でヒロインで悪役令嬢のシア、本当に素晴らしい。
「お見込みのとおり、先日の狩猟大会でシアに働いた無礼の数々について、王太子殿下とショーン殿下が正式に謝罪に来ることになりました」
「あ……」
もちろん今回やらかした僕達への手紙についても、キッチリと謝罪させるつもりだ。
それでもし、少しでも気に食わない態度を取ろうものなら、ブルックスバンク公爵家は今後一切、王室を支持することはない。
第一王妃もそうなることを危惧しているからこそ、先日の会談でも僕に配慮して譲歩したし、この謝罪の件についてもモーリスに素早く対応したんだ。
これが、権謀術数が渦巻く王宮内で生き抜いてきた第一王妃と、そんな王妃に守られてぬくぬくと過ごしてきた王太子達との差、か……。
まあ、第二王子をぬくぬくと育てたのは第二王妃である“セシリー”王妃殿下なので、また意味合いが違うのかもしれないけど。
「……私を侮辱するのは構いませんが、ギルに対する無礼だけは許せません。本当は、謝罪すら受け入れたくないのですが……」
そう言うと、シアが眉根を寄せながらキュ、と唇を噛んだ。
「ありがとうございます。ですが、僕のことよりも大切なシアを傷つけたあの暴言の数々、それが絶対に許せません。謝罪に訪れた際には、自分がしでかした行いを心の底から後悔させてやりますよ」
「も、もう……私ではなくギルへの謝罪が最優先です」
「いいえ、シアへの謝罪が大事なんです。これだけは譲れません」
「ギルへの謝罪です」
「シアへの謝罪です……って、あはは! 僕達はお互いのこととなると、つい我を忘れてしまうみたいですね!」
「ふふ! 本当ですね!」
僕とシアは、肩を
◇
「……どうしてこの私が、謝罪をしなければならないのだ」
次の日、王太子と第二王子は謝罪のためにブルックスバンク公爵家を訪れた。
だが、王太子のこの無礼な態度は何なのだ。
これは僕と第一王妃との間で取り交わした、いわば王室と公爵家との正式な
なのにこの馬鹿は、自分のくだらないプライドとあんなエセ聖女のために全てを台無しにするつもりなのか。
「ハア……モーガン卿、騎士団長であるあなたがついていながら、これはどういうことですか?」
「そ、それは……」
射殺すような視線を向けながら詰問すると、モーガン伯爵は額から大量の汗を流しながら口ごもる。
僕及び第一王妃と、この馬鹿な王太子との間で板挟みになっている彼には可哀想と思わなくもないが、見届け人として引き受けた以上、最低限の仕事はこなしてもらわないと話にならない。
「……分かりました」
「「「っ!?」」」
王太子と第二王子、それにモーガン伯爵に殺気を向けながら、僕はポツリ、と呟く。
そして。
「本日をもってブルックスバンク公爵家はマージアングル王家と
僕は敬語をやめ、そう冷たく言い放った。
ここまでやらかしたんだ。僕としても折れる気はない。
「しょ、小公爵閣下……ど、どうかお考え直しを……」
「断る。無礼を働いた上に謝罪の一つも寄越さない。一体この馬鹿な王子共は、何をしにここへとやって来たのだ。これ以上は目障りだ、今すぐここから立ち去れ」
「貴様! たかが小公爵の分際で、王太子である私に無礼な口をききおって!」
未だに勘違いしたままの王太子が吠えているが、知ったことではない。
もう、対話による解決の可能性はなくなったんだよ。
オマエ達が、全てを台無しにしたせいで。
「フン、気に入らないならかかってこい。このブルックスバンク家が誇る精兵一万、いつでも相手になってやる」
「「っ!?」」
ん? ひょっとしてこの馬鹿共、ここにきてようやく気づいたのか?
この僕が、
そして、自分達がとんでもない過ちを犯したということに。
「ま、待て、小公爵よ……私は別に戦をするつもりは……」
「知らん。いいからさっさと消えろ! これ以上は時間の無駄だ! モーリス! ゲイブ! 王太子達のお帰りだ!」
「かしこまりました」
「はっ! お任せを!」
僕の指示を受けた二人は、使用人や騎士達に指示をして王太子達を追い出す。
王太子と第二王子は何かわめいていたようだが、もはや興味がないのでどうでもいい。
すると。
「ギ、ギル……よ、よろしいのですか……?」
「もちろんです。むしろここで甘い顔をすることこそ、ブルックスバンク家の沽券にかかわります」
心配そうにおずおずと尋ねるシアに、僕はそう告げる。
そう……連中は、ここまで侮辱したんだ。もはや引き下がることなんてできない。
「それで坊ちゃま、こうなった後の落としどころとしては、どうなさいますか?」
「当然、とことんやるんでしょうな?」
王太子達を追い出して戻って来たモーリスとゲイブが、愉快そうに尋ねる。
この二人も、あの態度に相当腹を据えかねているようだ。
「もちろん、こうなったら国王陛下自らが謝罪をしない限り、マージアングル王家を叩き潰すのみだ」
そもそも、この国の軍部は全てこのブルックスバンク家が握っているんだ。
戦になれば、王室には万に一つの勝ち目はない。
そんなこと、国王陛下や第一王妃なら、充分に理解しているはず。
「まあ、
「「はっ!」」
僕達が軍を整えるために必要な一週間でどう出るか、見ものだな。
僕は不安そうにするシアを抱き寄せながら、口の端を吊り上げた。
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