王室からの二通の手紙

「おはようございます、坊ちゃま、フェリシア様」


 僕とシアが部屋から出ると、何故かモーリスとアンが待ち構えていた。

 ひょっとして、二人は一晩中待っていてくれたのだろうか。


「おはよう。朝食を済ませたら、アンはシアの世話を頼めるか」

「かしこまりました! お任せくださいまし!」


 そう言うと、アンは力強く胸を叩く。

 か、かなり気合いが入っているな……。


「坊ちゃまはどうされるのですか?」

「もちろん僕は仕事だよ。なにせ、シアに釘を刺されてしまったしね」

「ふあ!? そ、それは……」

「あはは!」

「も、もう! ギル!」


 揶揄からかいながらそんなことを言ったら、シアが怒って僕の肩をポカポカと叩く。

 あはは、僕とシアは想いが通じ合ったから、昨日まであった遠慮などがなくなって、その……うん、いいなあ……。


「では、すぐに朝食をご用意いたします」


 そう言って恭しく一礼すると、モーリスはきびすを返す。

 僕とすれ違う、その時。


「坊ちゃま……ようございましたな……」


 白髭の端を持ち上げ、モーリスは食堂へと足早に向かって消えた・・・

 ……普通に行けばいいだろうに。


 だが……あはは、モーリスには感謝しないとな。

 背中を押してくれたおかげで、僕はこうして本当の意味でシアと結ばれたのだから。


「さあ、僕達も食堂に向かいましょう」

「はい!」


 僕は澄み切ったサファイアの瞳で見つめるシアの手を取り、微笑み合いながら食堂へと向かった。


 ◇


「うう……意外と仕事が溜まっていたな……」


 執務室の机に乗っている書類の束を上から順に処理しながら、僕は思わずうめいた。

 狩猟大会の会場は王都近郊ということもあり、空けた日数も三日間だけだというのに、既にこの量だ……。


「ウーン……やっぱり手広く事業展開しすぎだよなあ……」


 腕組みしながら、僕は唸る。


 要は、転生前の知識を活かし、僕は八歳の頃から様々な事業を行ってきたのだ。

 貴族や大衆向けの石鹸の開発と販売、農作物栽培用の肥料の開発、農業用水路の整備、その他この世界の技術でも可能なものについて、かなり行ってきた。


 その結果、ブルックスバンク公爵家は隆盛を極め、向こう五代は安泰と言えるほどの財を成した。

 加えて、領民達の生活も豊かになり、領内では農業、商業、工業いずれも大いに発展し、僕が奨励したこともあって自由な文化が根付くようになった。


 とはいえ、現代知識をフル活用しているため、それぞれの事業について僕が目を通さないわけにもいかず、こうやって多忙を極める結果となってしまっている。


「ハア……いい加減、僕の補佐をしてくれる優秀な人材を多く入れないとだな」


 一応、人材登用に関しても案がないわけでもないが、僕の知っているやり方だと、貴族による世襲制が主となっているこの世界では、かなりの誹謗中傷を受ける覚悟をしないといけない。


 何故なら、僕がやろうとしていることは、既得権益にしがみついている貴族からすれば、それは自分達の首を絞めることになりかねないから。


「……ちゃんと役割・・を明確にして、しかるべき対応をすれば、むしろ互いにとってメリットが大きいんだけどなあ……」


 独り言ちりながら、僕は天井を眺める。

 まあ、この件に関してはあの御方・・・・を通じて別途相談するとしよう。今回の件で、貸しも作れたし。


 そう考えていると。


 ――コン、コン。


「坊ちゃま、王宮より手紙が二通届いております」

「王宮から?」


 モーリスから手紙を受け取り、しげしげと眺める。

 だけど、二通も同時に送ってくるなんて、一体何の用件なんだ……?


 僕は封を開け、中から手紙を取り出す。


「……へえ」


 一通は、来月に王宮で開催される晩餐会への招待状。

 もう一通は……僕とシアに王宮へ参上せよとの指示だった。


「そうか……あの王子共、ここまで馬鹿だったか」


 僕は二通とも手紙を握り潰し、吐き捨てるようにそう言った。

 そして、すぐに書状をしたため、封蝋で封をすると。


「モーリス、この手紙をフレデリカ王妃殿下へ至急届けてくれ。このブルックスバンク家を……僕とシアを馬鹿にしたらどうなるか、身をもって教えてやる」

「かしこまりました」


 モーリスは手紙を受け取って一礼すると、僕の目の前から消えた・・・

 いつもなら部屋を出てから消える・・・のに、ここまで素早く動いたのは、モーリス自身も腹に据えかねたのだろう。


 当然だ。

 あの二人の王子は、あろうことか王宮へと僕達を呼びつけて、上から目線で僕達に謝罪をする……いや、ひょっとしたら謝罪ですらないのかもしれない。


 つまり、彼等自身は何故シアに謝罪しなければならないのか、それすらも理解していないということなのだから。


「ああもう……確かに僕は、二人の王子を常にヒロイン第一で溺愛する設定にはしたけど、まさかエセ聖女に懸想するばかりか、それ以外のことをここまでないがしろにする馬鹿に成り下がるなんて……」


 本当に、こんなことならもっとキャラ設定を練り込んでおけばよかったと、心の底から後悔している。


 そうして頭を抱えていると。


 ――コン、コン。


「あ、あの……お茶をお持ちしました……」

「シア!」


 おずおずと執務室に入って来たのは、お茶とお菓子を乗せたワゴンを押すシアだった。

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