温もりと幸せの享受

「ギ、ギル……も、もう大丈夫……です……」


 シアが、遠慮がちにそう告げる。

 でも、彼女の小さな身体はまだ震えていて……その心の傷が、まだ塞がっていなくて……。


「あ……」

「駄目です。僕はまだ、あなたの傷を全て埋め終えていません。それまでは、このままです」

「ギル……ギル……ッ!」


 シアはこちらへ向き直り、僕を強く抱きしめた。

 まるで、自分の傷を僕にさらけ出すかのように。


「どうして……どうしてあなたは、そうやって私を温かく包んでくれるのですか……どうして、私の欲しい言葉を、温もりをたくさんくださるのですか……!」

「決まっています……あなたが僕の婚約者で、誰よりも素敵な女性ひとで、誰よりも……」


 僕は最後の言葉を紡ぐため、大きく息を吸った。

 そうだ……今言わなくて、いつ言うというんだ。


 僕は……今こそ想いを伝えるんだ。


「誰よりも……愛しい女性ひとだから……愛しているから……」

「あ……ああ……あああああ……っ」


 彼女の涙が、僕の胸を濡らす。

 その熱が、僕の心にまで沁み渡ってくる。


「ギル……ギル……私も……あなたを愛しています……! ずっと……初めて逢ったあの時・・・から、今もこれから先もずっと……!」


 シアはあふれ出る涙をたたえたサファイアの瞳で僕を見つめ、その白く細い手で僕の頬をそっと撫でた。


「シア……これからも、僕はあなたの受けた傷を全て埋めてみせます。だから、僕のそばにいつまでもいてくださいますか……? 僕はもう、あなたなしの人生なんて想像しただけで耐えられません……」


 そう……僕は、あなたがそばにいてくれると言ってくれたあの時から、もうあなたを手放したくはないんだ。絶対に、手放せないんだ。


「そ、それは私も同じです……あなた以外に、どうして私の心を満たしてくれる人がおりましょうか……私はもう、あなたなしの人生なんて想像しただけで耐えられません……」

「シア……シア……!」

「ギル……ギル……!」


 僕とシアは、窓から差し込む上弦の月の明かりに照らされながら、いつまでも抱き合っていた。


 互いの温もりと幸せを、享受しながら。


 ◇


「んう……」


 閉じるまぶたに感じる明るさで、僕はゆっくりと覚醒する。

 どうやら朝を迎えたようだ。


 そして。


「すう……すう……」


 僕の腕の中には、幸せそうに眠るシアがいた。

 あの後、僕達はお互いに離れたくなくて、一夜を共に過ごすことにした。


 もちろん、僕とシアはまだ十三歳。

 そういうこと・・・・・・はまだ早いので、ただ抱き合って同衾どうきんしただけだ。口づけすら交わしていない。


 でも……そ、その、昨夜は上半身裸のままで抱き合ったため、彼女の胸が直接僕の身体に触れているわけで……。


 そんな彼女の柔らかい感触に、必死に耐えていると。


「ん……あ……」


 ……どうやら彼女が目を覚ましたみたいだ。


「シア……おはようございます」

「ギル……ふふ、おはようございます」


 シアは昨夜とは打って変わり、蕩けるような微笑みを見せてくれた。

 それこそ、全ての枷が外れ、長年の苦しみから解き放たれたような……何のしがらみも苦しみもなく、ただ純粋に僕だけに向けてくれる、そんな微笑みを。


「……やはり、最愛の女性ひとの目覚めの瞬間を見届けるのは、最高の幸せですね」

「ふふ……それでしたら、目覚めた先に最愛の殿方の笑顔があるなんて、最上の幸せです……」


 そう言うと、シアは僕の胸に頬を寄せた。


「シア、今日はもうこのまま怠惰な一日を過ごしませんか? 僕はたった一晩の触れ合いだけでは物足りません」

「あう……ですが、ギルには小公爵としてのお仕事があるではありませんか。その……名残惜しいですが、そろそろ起きませんと……」


 むう……僕の可愛い婚約者は、少ししっかり者すぎるんじゃないだろうか……。

 でも、シアの尻に敷かれるというのも、それはそれで幸せかも。


「仕方ありません……でしたら、執務時間以外は、あなたをずっと堪能していてもいいですか?」

「ふあ……は、はい……私もその、あなたの温もりがもっと欲しいです……」


 …………………………ぐはっ。


「よし、今日の仕事は速攻で片づけるとしよう。そうと決まれば、支度をしないと」

「ふふ、はい!」


 シアは咲き誇るような笑みを浮かべ、一緒にベッドから出る。

 その時……僕の視界には、彼女の傷跡だらけの背中が入った。


 だから。


「あ……」

「うん……やっぱり、こうすれば全て埋め尽くしてしまいますね」


 まるで確認するかのように、僕は自分の胸をシアの背中に重ね、傷の全てを埋めた。


「ギ、ル……あなたの温もりが、わた、し……の、傷跡から、沁み渡っ……て……っ!」

「はい……僕も、あなたの温もりが……優しさが、慈しみが、僕の心を包んでくれています……」


 結局、僕とシアはまたしばらくの間、互いの温もりを感じ合っていた。

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