傍にいたいと言ってくれたあなた

「グス……そ、それで、今度はどちらに向かっているのでしょう……?」


 ブティックを出て馬車に乗って移動する中、ハンカチを握りしめながらフェリシアは不安そうに尋ねる。


「あはは、ドレスとくれば次は宝石です。あなたに相応しいものを揃えましょう」

「そ、そんな! ドレスだけでも申し訳ないのに、この上そこまで……っ!?」


 断ろうとするフェリシアの紅い唇を、僕は人差し指でそっと塞いだ。


「フェリシア殿、先程の僕の言葉をお忘れですか? こうすることが僕の望みであり、幸せなんです。だから、あなたはどうか受け入れてください」

「あ……」


 さすがにここまで言われれば、フェリシアも観念したようだ。

 ものすごく申し訳なさそうな表情を浮かべながら、彼女はうつむいてしまった。


 ……もう少し、意識改革をするとしようか。


「フェリシア殿」

「っ!?」

「もし、僕に申し訳ないと考えているのであれば、それは間違いです。僕は、そんなことは一切望んではいません。それよりも、僕はあなたの喜ぶ姿が……あなたの笑顔が見たいんです。だから……」


 その細い手を握りながら、うつむく彼女の顔をのぞき込み、僕はニコリ、と微笑んだ。

 そうだ……僕はただ、あなたという女性ひとを幸せにしたいだけなんだ。


 だから、僕にあなたの最高の笑顔を見せてほしい。


 そう、願っていると。


 ――ニコリ。


 フェリシアはぎこちないながらも、精一杯の笑顔を見せてくれた。

 うん……今は、ここまででいい。


 でも……いつか、その笑顔が本物になることを信じている。


「……到着したようです」

「はい……」


 僕は今もぎこちない笑顔の彼女の手を取り、馬車を降りる。

 あはは、本当にこの女性ひとは、不器用だなあ……。


「さあ、ここにあなたの瞳と同じサファイアがあるといいんですが」


 なんて言ってみたけど、実は今日のために最高のサファイアを用意してある。


 その名も、『女神の涙』。


 普通のサファイアの十倍の大きさがあり、透明度からも王国……いや、世界一のサファイアだろう。

 だけど、それ以上にこのサファイアには意味がある。


 というのも、フェリシアが本物の聖女・・・・・として覚醒するために、絶対に必要なものだからだ。


 まあ、王立学院に入学すれば、王太子達とのイベントによって入手することになるんだけど、別にいつ聖女に目覚めても問題ないからね。


 それに……フェリシアには、『女神の涙』こそがよく似合う。


「いらっしゃいませ」


 店に入るなり、宝石商がお辞儀をして出迎えてくれた。


「既に伝えているとおり、僕の・・婚約者に相応しい宝石を」

「かしこまりました」


 うやうやしく一礼すると、宝石商は別室へと入って行った。


 そして。


「お待たせいたしました。こちらはいかがでしょうか」

「おお……」


 これが、『女神の涙』か……確かに、ただの宝石とはわけが違う。

 そのサイズといい、輝きといい、素晴らしいの一言に尽きる。


「フェリシア、つけてみてはいかがですか?」

「え……!? そ、その……よろしいのでしょうか……?」

「もちろんです。この宝石は、あなたを待っていた・・・・・のですから」


 そう言って、僕はおずおずと尋ねるフェリシアに勧めた。


「もしよければ、僕がお手伝いしてもいいですか?」

「は、はい……」


 遠慮がちに頷く彼女の胸に、僕は『女神の涙』をつけた。


 ああ……! 本当に、なんて素敵なんだろうか!

 やっぱりフェリシアはこの物語の主人公なのだと、僕はしみじみと思う。


 そんな彼女と、あと二年・・・・とはいえ、独り占めにできるのだからなんて幸せなんだろうか……。


「お嬢様、とてもよくお似合いです」


 宝石商が、フェリシアを見て手放しで褒める。

 まあ、そんなことは当然なんだけど。


「あ、ありがとうございます……そ、それで……」


 フェリシアは宝石商にお礼を述べると、上目遣いで僕の顔をのぞき込む。

 どうやら僕の答えを待っているみたいだ。


「……僕は、あなたほど素敵な女性を見たことがありません。その宝石も、本当の主に出逢えて喜んでいるようですよ?」

「あ……は、はい……」


 フェリシアは顔を真っ赤にして、うつむいてしまう。

 でも、口元が緩んでいるところを見ると、喜んでくれているみたいだ。よかった。


「さて、他にもフェリシア殿に相応しい宝石を買いましょう。これから僕と一緒に色々と舞踏会などに出席してもらわないといけませんからね。あるだけあったほうがいい」

「あう……そ、そんな……」

「フェリシア殿? 僕が言ったこと、もう忘れたのですか?」

「そ、そういうわけでは……」


 申し訳なさそうにするフェリシアにそうたしなめると、彼女は困った顔をしてしまった。

 あはは……まあ、おいおい慣れてくれるよね。


 仮に国立学院に入ってから三人の王子と出会うことになれば、同じように宝石をプレゼントしてもらうことになるんだし。


 すると。


「フェリシア殿……?」

「……あなたは、時々そのような顔をされます」


 フェリシアは僕の顔をのぞき込みながら、今にも泣き出しそうな表情をしていた。

 僕は……また……。


「あ、あはは……気のせいですよ。僕は今、あなたと一緒に買い物をしているから最高に楽しいんですからね?」


 僕は頭を掻きながら、誤魔化すように笑ってみせた。

 この言葉に、嘘はない。


 でも……。


「ギルバート様」


 すると、フェリシアは真剣な表情で僕を見つめていた。

 先程までの泣きそうな顔は、既にない。


「あなたが何を思って、何に心を痛めているのかは分かりません……ですが、これだけは忘れないでください」

「フェリシア殿……」

「私は、あなたの婚約者です。あなたの妻になる者です。ですから……私はいつまでもあなたのおそばに」

「あ……」


 あ、あはは……どうしてあなたは、そんなに簡単に僕の悩みを見抜いてしまうのでしょうか……。

 僕がずっとあなたの隣にいたいと願っても、あなたの隣にいられなくなるのだと……そんな未来を迎えたくないと願っているこの僕の悩みを……。


「フェリシア、殿……っ」


 気づけば、僕は彼女の細く小さな手を握りしめていた。


 本当は、フェリシアと離れたくなくて。

 本当は、フェリシアとずっと一緒にいたくて。


「本当、ですか……? 本当にあなたは、この僕のそばにいてくれるというのですか……?」


 僕はフェリシアに、縋るように問いかける。

 たとえ未来が筋書きどおりだったのだとしても、あなたがそう言ってくれるのなら、僕は抗えると思うから。


 僕は……あなたを手放さないように、そんな未来と戦えると思うから。


 フェリシアの握る手の力が強くなる。


 そして。


「はい……私はあなたのおそばにいます。いえ、おそばにいたいのです……私は、あなたで・・・・ないと・・・駄目なのです……っ」


 こんなにも、嬉しい言葉があるだろうか。

 こんなにも、幸せな言葉があるだろうか。


 僕は……この世界に転生して、本当によかった……。


「……ギルバート様、失礼します」

「え……? あ……」


 どうやら彼女の言葉に感極まって、知らず知らずのうちに涙をこぼしてしまっていたようだ。

 フェリシアは、ハンカチで僕の涙を綺麗に拭き取ってくれた。


「ふふ……いつもは私が泣かされてばかりでしたので、お返しができて少し嬉しいです」


 そう言うと、彼女は、ちろ、と悪戯っぽく微笑んだ。

 その笑顔が、どうしようもなく僕の心を震わせる。


 ああ……僕はもう、あなたを手放せはしない。

 たとえ、物語どおりの未来が待っていようとも。


 僕は……抗ってみせよう。


 そう、心に誓った。

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