一度目の人生の告白

「このような素晴らしい歓迎会を、本当にありがとうございました……」


 熱気のこもる会場を抜け出し、僕とフェリシアは庭園に来ていた。

 初めて面会し、婚約解消について話し合った、あの・・庭園へと。


「あはは、フェリシア殿に楽しんでいただけたようで何よりでした」

「はい、本当に楽しかったです。それこそ私には、まるで夢のようで……」


 そう言うと、彼女のサファイアの瞳から涙が一滴ひとしずくこぼれ落ちる。


「……ギルバート様、お尋ねしてもよろしいでしょうか……?」

「? 何でしょうか?」

「どうして今の・・あなたは、こんなにも優しくしてくださるのでしょうか……」

「…………………………」


 彼女の質問に、僕は言葉を詰まらせる。

 だって彼女は、明確に『今の』と尋ねたから。


 それこそが、前の人生・・・・でのギルバートとの違いを指摘しているのだから。

 彼女が……タイムループを経てここにいることを示しているのだから。


「……ふふ、こんなことを尋ねられても困りますよね……」

「フェリシア殿……」

「その……私の話を聞いていただけますか? 私の、滑稽であり得ない、そんな夢みたいな話を……」


 そう言うと、彼女は訥々とつとつと話してくれた。


 ◇


 私は、実家であるプレイステッド家で、幼い頃から虐げられていました。


 というのも、私を生んでくれたお母様は他界し、お父様はすぐに後妻を迎え入れたそうです。

 それも、その後妻のお腹の中には妹のソフィアが既にいて……。


 ふふ……お父様、お母様に内緒で浮気をしていたんでしょうね。


 そしてお父様は、妹のソフィアばかりを溺愛して、先妻の子どもである私は邪魔だったんだと思います。

 だから、私は屋根裏部屋に押し込まれて、硬いパンと野菜くずのスープが毎日の食事でした。


 妹のソフィアが十歳の誕生日を迎えた日のことです。

 突然、教会から大司教様がやって来て、神のお告げとのことでソフィアを“聖女”として認定されたんです。


 確かにソフィアは、ほとんどの人が使うことのできない回復魔法を、幼い頃から使えました。

 だから教会としても、そんなソフィアを“聖女”にしたかったのでしょう。


 ですが……それから私は、ますます家族や使用人達からいじめられるようになりました。

 今までは一日に一回は食べられた食事も、二日も三日も食べられない日もありましたし、顔を見るだけで理不尽に叩かれたりすることもありました。


 そんな毎日を送っていた十三歳の時、私はギルバート様と婚約することを、お父様から突然聞かされました。


 そして、普段は絶対に着ることが許されないドレス……といっても、ソフィアのおさがりなんですが、それを着てギルバート様にお会いしたんです。


 その時……私はギルバート様から告げられました。


『自分の婚約者にはこんなみすぼらしい女ではなく、“聖女”である妹のソフィアであるべきだ』


 ふふ……まさか、ギルバート様からもこんなことを言われてしまうなんて、思いもよりませんでした。

 でも、ギルバート様の本当の心根は優しい御方なのだと、その後もそう信じていました。


 婚約を結び、家に帰ってからも引き続きいじめを受け、ようやくそんな毎日から解放されると思った王立学院への入学……そこでも、待っていたのは地獄のような日々でした。


 あろうことか、妹のソフィアはギルバート様に懸想し、ギルバート様との仲睦まじい姿を私に見せつけました。


 悔しかった。

 私の婚約者であらせられるギルバート様を、ソフィアに奪われてしまって。


 ふふ……最低限の生活も、家族の愛情も、そして婚約者も……私のものは、全て妹に奪われてしまうんです。


 それからも、私はみじめな学院生活を送り続け、迎えた卒業式。


 私は……あなたに婚約破棄を突きつけられ、さらには妹のソフィア……つまりは“聖女”に危害を加えた罪で、投獄されました。


 そして。


「……私は地下牢で口の端を吊り上げるあなたとソフィアから毒杯を手渡され、それをあおって死にました」

「…………………………」


 自嘲気味にわらう彼女を見つめながら、僕は声を失い、自分の胸倉を握りしめていた。

 ああ……自分で考えた設定とはいえ、本当に僕はなんてことを……っ!


「するとどうでしょう? 私は、何故かあなたと婚約をするその日の朝、わらぶきのベッドで目が覚めたんです」

「そう、ですか……」

「ふふ……信じられませんよね? 私だって信じられません。ですが……その後のギルバート様と婚約をすることも事実で、馬車に乗って窓から眺める景色も、全て同じで……」


 思わず耳を塞ぎたくなる彼女の言葉を、僕はただ黙って聞き続ける。


「公爵邸に到着し、いよいよギルバート様と面会の時……私はまた、心無い同じ言葉を告げられるのだろうと、そう身構えておりました。そして、こう考えたんです……二度目・・・も裏切られたその時は、もう諦めよう・・・・、と」


 涙であふれたフェリシアのサファイアの瞳が、僕の瞳を捉えて離さない。

 それだけ……僕のことを見限っていたということ、なんだろうな……。


「でも……二度目・・・のあなたは違った」

「…………………………」

「あなたは私のような者に礼儀を尽くし、心を尽くしてくださいました。そしておっしゃいましたね……? 『今回の婚約、あなたさえよければなかったことにしようと思います』、と」

「……はい」


 言葉に僅かに怒りをにじませ告げる彼女の言葉に、僕は絞り出すような声で肯定した。


「ようやく本当の・・・あなたにお逢いできたと思ったのに、その言葉は闇に突き落とされた気分でした。あなたの優しさが分かったからこそ、余計に」

「…………………………」

「ですが、引き続き婚約のままでいられるとのことでしたので、私は受け入れることにしました。これなら、私が申し出なければ、婚約を解消されることはないのですから」

「あ……」


 僕は……前の人生でギルバートがやらかしたことへの復讐から、絶対に僕なんて拒否されて当然だと思っていた。

 だけどあなたは……それでも、たった・・・それだけの・・・・・ことで・・・僕と共にいることを選んでくれるなんて……っ。


「婚約が決まってあの家に戻ると、私は前の人生では耐えるだけだった自分をやめて、あなた以外・・・・・の全てに復讐をしようと心に決めた時、ブルックスバンク家から王立学院に通うことになるまでの間、ここで暮らすようにとお父様……いえ、父だと思っていた者から言い渡されました」

「……はい」

「そして……私は今日、こんなにも温かい歓迎を受けました。分かりますか? 私がどれほど嬉しかったか……私がどれほど……幸せだと、思、ったか……っ!」


 とうとう耐え切れなくなったフェリシアが、僕の胸へと飛び込んできた。

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