本当のギルバート

「婚約が決まってあの家に戻ると、私は前の人生では耐えるだけだった自分をやめて、あなた以外・・・・・の全てに復讐をしようと心に決めた時、ブルックスバンク家から王立学院に通うことになるまでの間、ここで暮らすようにとお父様……いえ、父だと思っていた者から言い渡されました」

「……はい」

「そして……私は今日、こんなにも温かい歓迎を受けました。分かりますか? 私がどれほど嬉しかったか……私がどれほど……幸せだと、思、ったか……っ!」


 とうとう耐え切れなくなったフェリシアが、僕の胸へと飛び込んできた。


「グス……だから、私は知りたいのです……あなたは……二度目・・・の優しいあなたは、別人・・なのですか……? いえ……本当の・・・ギルバート様なのですか……?」


 そうか……僕は、既に前の人生で彼女に見限られたのだと考えていた。

 でも、優しい彼女は、それでも僕に……いや、ギルバートに最後のチャンスをくれたんだ。


 そして、僕はそれに応えることができた。

 だから……。


「……フェリシア殿。一度目・・・の僕が何者なのか、それは分かりません」


 嘘だ。僕は知っている。

 一度目のギルバートは、最低最悪のクズ野郎だということを。


 でも。


「ただ、これだけは自信を持って言えます。僕は、そんな最低最悪のクズ野郎ではない、別の・・ギルバートです」


 この言葉は、本当のことだ。

 一度目のソイツとは、絶対に違う。


 僕は……ただあなたが誰よりも大切な、もう一人の・・・・・ギルバート=オブ=ブルックスバンクだ。


「だから……僕は絶対に、あなたを裏切ったりなんかしません。あなたが幸せになれるよう、この命の限り支えてみせます」

「あ……ああ……!」


 フェリシアは顔をくしゃくしゃにし、胸の中から僕を見つめる。


「本当に? 本当に……?」

「はい……本当です。僕には、あなたを幸せにする義務・・がある」


 そうだ……僕は絶対に、彼女を幸せにしないといけない。

 それこそが、彼女を不幸な目に遭わせてしまった、僕の贖罪なのだから。


「うああああああ……っ! ギルバート様! ギルバート様あ……!」

「フェリシア殿……!」


 泣きじゃくるフェリシアを、僕はただ、抱きしめ続けた。


 彼女が今度こそ幸せになれるように……いや、今度こそ彼女を幸せにしてみせると、誓いながら。


 ――たとえ彼女のその相手が、僕でなかったとしても。


 ◇


「グス……ふふ、実家でいじめられている時でもこんなに泣いたことがないのに、今日はギルバート様に泣かされてばかりです……」


 ようやく落ち着いたフェリシアは、僕の隣に座りながらポツリ、と呟く。


「そうですか? でしたら、これからはもっと泣くことになるかもしれませんね」

「あう……ほ、ほどほどにお願いします……」

「残念ですが、それは受け入れられません」


 僕はおどけながらそう言うと、彼女は困ったような、だけど嬉しそうな、そんな表情を浮かべていた。

 そうとも……フェリシアがこの公爵家で暮らす間は、毎日喜ばせてみせる。


 王立学院に入学した後も、もし彼女が一緒にいてくれるのなら、その後もずっと……。


 すると。


「? フェリシア殿……?」


 泣きそうな表情で見つめる彼女に、僕は思わずドキリ、とした。

 涙をたたえたその綺麗なサファイアの瞳もさることながら、どうして彼女はこんな顔をするのだろう……。


「ギルバート様……どうしてそのような顔をなさるのですか……?」

「あ……」


 はは……そうか……。

 僕が、彼女が離れていってしまうことを考えたから……。


「あはは、大丈夫ですよ。ちょっと考え事をしていただけです」

「本当、ですか……?」

「はい」


 これ以上心配させまいと、僕はニコリ、と微笑んでみせた。

 そうだ、僕が彼女に負担をかけてどうするんだよ。


 フェリシアには、この公爵家で楽しい思い出だけを作ってもらうんだから。


 すると。


 ――ひゅう。


 庭園に吹いた風が、フェリシアのプラチナブロンドの髪を揺らした。


「……風邪を引いてしまうといけませんから、そろそろ中に入りましょうか」


 僕はサーコートを脱ぎ、彼女の身体にかけてあげる。

 明日も、一緒に出掛けないといけないからね。ここは大事を取っておかないと。


「はい……ふふ、ギルバート様の匂いがします……」


 彼女がサーコートのえりを立て、嬉しそうに微笑む。

 でも、変な臭いとかしないよね……?


「さあ、まいりましょう」

「はい……」


 僕はフェリシアの手を取り、屋敷の中へと入っていった。

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