名ばかりの聖女

「わああああ……お姉様はここで、これからお住まいになられるのですね……!」


 馬車から姿を現したに、僕は思わず息を詰まらせた。

 銀色の髪にエメラルドの瞳、整った顔立ちに桜色の唇。


 間違いない。フェリシアの妹で、現時点・・・での“聖女”。


 ――ソフィア=プレイステッド。


 確か小説では、ギルバートと会うのは狩猟大会の時だったはず。

 なのに、どうしてコイツが一緒に来ているんだ?


「うふふ……私にもお手をお借りしてもよろしいですか?」

「え? あ、ああ……これは失礼しました」


 クスクスと笑うソフィアに、仕方なく僕は手を差し出した。


「ありがとうございます」


 ニコリ、と微笑みながら、まるで真打のヒロインの登場とばかりに最後に馬車から降りるソフィア。

 その態度、その表情、全てが気に入らない。


「プレイステッド侯爵家の次女、ソフィア=プレイステッドです」


 そう言って、まるで自分こそが主役でありヒロインであるかと誇示するかのように、カーテシーをした。


 本当に、何を勘違いしているんだろうか、この女は。

 何より、今日この場において本来の主役であるフェリシアより、どうしてオマエが着飾っているんだよ。


 ……まあいい。一番大事なフェリシアはもう受け取ったんだ。この連中には早々にお帰りいただこう。


「はは、わざわざお二人で僕の・・フェリシア殿をお見送りいただくなんて、侯爵家では彼女を大切にされているのですね」

「お分かりになりますか。そうなんです、フェリシアは目に入れても痛くないほど、可愛い娘でして」


 僕は盛大な皮肉を込めて言い放ったのに、目の前の侯爵は恥ずかしげもなくそんなことをのたまう。

 ああもう、今すぐその口を縫いつけてやりたい。


「ですが……うふふ、お姉様と“王国の麒麟児”と呼ばれる小公爵様が婚約なさるなんて、本当に驚きましたわ。ただ……」

「……ただ?」

「ほら、お姉様は生まれて初めて自宅である侯爵家を離れますので、心配で……もしよろしければ、お姉様が不安にならないよう、これからは定期的にこちらにお伺いしてもよろしいですか?」


 エメラルドの瞳を潤ませ、僕の顔を上目遣いでのぞき込みながらそう提案するソフィア。

 フン、そんな姉思いの妹を演じたところで、どうせその本心は僕に近づく機会を増やして、フェリシアから僕を奪い取ろうと画策しているんだろう?


 大体、オマエは僕だけでなくヒーローである三人の王子に対しても、そうやって色目を遣うんだったな。

 本当に、“聖女”とは名ばかりだ。


 だが。


「はは、面白いことをおっしゃる。つまりそれは、我が公爵家がフェリシア殿にとって居心地の悪い場所、ということですか?」

「え……? い、いえ、そういう意味では……」

「そうですか……まあ、ご心配なく。これからはここがフェリシア殿の自宅となるのですから、ギルバート=オブ=ブルックスバンクの名に懸けて、あなたの姉君であるフェリシア殿には、王国でも最高の生活をお約束いたします」


 僕は最大限の嫌味を込め、ソフィアにうやうやしく一礼した。

 ここまで言えば、これ以上はさすがに余計なことに口を出したりはしないだろう。


 その上で、チラリ、とフェリシアのほうを見ながら、ニコリ、と微笑んでみせた。


「あ……」


 フェリシアが、そんな僕を見てサファイアの瞳を見開く。

 そうだよフェリシア……ここはあなたのいた侯爵家じゃない。


 ここではあなたがつらい思いをすることなんて一切ないし、もしほんの少しでもあなたを不快にさせる輩がいれば、僕がそれを絶対に許さない。


 だから、安心してほしい。


「さて……お越しいただいたばかりのフェリシア殿には、そんな公爵家でゆっくり休んでいただこうと思いますので……」


 僕はプレイステッド侯爵とソフィアをジロリ、と見やり、もう用はないとばかりに暗に帰るように促す。


「コホン……そ、そうですな。では小公爵殿、フェリシアをよろしく頼みます」

「お、お姉様、どうかお元気で」


 そう言うと、二人は馬車に乗ってこの場から去った。


「フェリシア殿、大変お待たせして申し訳ありません」

「と、とんでもございません……その、妹が失礼をしてしまい、こちらこそ申し訳ありません……」

「失礼? ああ……本当にそうですね」


 僕の言葉に、フェリシアが申し訳なさそうにうつむいてしまった。


「い、いえ、そういう意味ではありません。僕が言いたいのは、婚約者として一番の主役であるはずのあなたを差し置いての振る舞いに、思うところがあったという意味ですので……」


 そんな彼女を見て、僕は慌てて補足した。

 こ、こんなことでフェリシアに嫌われでもしたら、たまったものじゃない。


「そ、それより、そろそろまいりましょう」

「あ……は、はい……」


 話を無理やり終わらせようと、僕は彼女の手を取って屋敷の中、そして用意した彼女の部屋へとお連れする。

 彼女もそれを察してか、静かに頷いてくれた。


 でも。


「……どうして」


 途中、ポツリ、と放った彼女の呟きが、気になって仕方なかった。

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