悪役令嬢と聖女

「失礼します」


 モーリスが執務室へやって来ると、手紙を僕に手渡した。


「? これは?」

「プレイステッド侯爵家からの手紙でございます」

「っ!」


 僕は慌てて封を切り、手紙を取り出すと……よし、プレイステッド侯爵はフェリシアをこの家で暮らすことを認めたか。

 手紙の内容に、僕は思わず相好を崩す。


 たとえフェリシアに嫌われているとはいえ、それでも僕が考える最高の女性ひとと一緒に暮らせるのだから、嬉しいしかない。

 何より、これで彼女自身があの家で理不尽な目に遭わなくてすむのだから。


 だけど……本当に、作者・・としての自分に腹が立つ。


「……フェリシア様との婚約、結んで正解でしたな」

「? どういう意味だ?」

「亡きお館様も、今の坊ちゃまを見てご安心なさっていることかと」


 白髭を持ち上げて微笑むモーリスに、僕は首を傾げた。

 まあいい……そんなことよりも、フェリシアがこの屋敷へとやって来るのは三日後。

 急な話ではあるが、彼女を迎え入れるための準備は既に整えてある。


「モーリス、彼女が来た日は歓迎会を盛大に行う。僕の・・婚約者であるフェリシアのお披露目なんだ、である貴族達を含め、すぐに招待状を送ってくれ」

「かしこまりました」


 モーリスは恭しく一礼し、僕の目の前から消えた。


 ◇


 いよいよ迎えた、フェリシアがブルックスバンク公爵家へとやって来る当日。


 僕は今、屋敷の玄関で今か今かと待ち構えている。


「坊ちゃま。そのようにうろうろされては、フェリシア様に見られたら恥ずかしいですぞ?」

「うるさい。落ち着かないものはしょうがないだろう」


 モーリスに揶揄からかうようにそう言われ、僕はジト目で睨んだ。

 今日に備え、モーリス達には準備万端で部屋の用意してもらってあるし、今夜の彼女の歓迎会もばっちりだ。


 それに明日も、必要なもの・・・・・を全て揃えるための段取りもしてある。

 まさに完璧……ではあるんだけど。


「……肝心の、彼女の気持ちが僕から完璧に離れてしまっているからなあ」


 モーリスに聞かれないほどの小さな声で、僕はポツリ、と呟く。

 そう……彼女はこの二度目・・・の人生で、今は家族や僕からの愛情の全てを諦め、その反抗とばかりに実家であるプレイステッド家で使用人達と妹に軽くざまぁをしていたことだろう。


 ……次は、この家で僕がざまぁを受ける番だろうな。


 僕はゆっくりと覚悟を決めながら、彼女が来るのを待ち続ける。


 すると。


「っ! 来た!」


 屋敷の門をくぐり、やって来る一台の馬車。

 間違いない、あれはフェリシアだ。


「モーリス! みんな! 彼女を迎えるぞ!」

「かしこまりました」


 僕の後ろに、モーリス以下使用人達がずらり、と並ぶ。

 さあ、フェリシア……僕にその素敵な姿を見せてくれ。


 そして。


「ははは……いや、まさかここまで盛大に我が娘・・・を出迎えてくださるとは思いませんでした」


 ……プレイステッド侯爵、何でオマエが一緒に来てるんだよ。

 僕は思わず、心の中で悪態を吐く。


 とはいえ、同行しなければフェリシアをないがしろにしていることがバレるから、それこそ当然の行動か。


 そんなことを考えていると。


「あ……」


 侯爵に続き、いよいよ彼女が姿を見せてくれた。

 僕の婚約者である、フェリシアが。


「お待ちしておりました。どうぞ手を」

「は、はい……」


 居並ぶ使用人や騎士達の姿に驚いたのか、一瞬戸惑った様子を見せてから、おずおずと僕の手を取って馬車から降りた。


「……ギルバート様。このように盛大にお迎えいただき、ありがとうございます」


 彼女はそう言って、優雅にカーテシーをする。


「ようこそ、我がブルックスバンク公爵家へ」


 それに応えるように、僕も胸に手を当て、深々とお辞儀をする。

 それこそ、最初に馬車から降りてきたプレイステッド侯爵への態度が、失礼に思えるほど丁寧に。


 その時。


「わああああ……お姉様はここで、これからお住まいになられるのですね……!」


 馬車から姿を現したに、僕は思わず息を詰まらせた。

 銀色の髪にエメラルドの瞳、整った顔立ちに桜色の唇。


 間違いない。フェリシアの妹で、現時点・・・での“聖女”。


 ――ソフィア=プレイステッド。

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