暗殺者な執事長と最強の騎士団長

「さて……“モーリス”」

「何でしょうか、坊ちゃま」


 僕は傍に控える初老の男性……執事長のモーリスに声をかけると、彼は恭しく一礼した。


「今回のフェリシア殿との婚約を機に、彼女とより仲を深めるためにも公爵家にお連れし、王立学院に入学するまでの間一緒に暮らしてはどうかと考えている」

「ほう……それは……」


 モーリスは僕の顔を見ながら、ニヤリ、と白髭を持ち上げた。

 ひょっとしたら、僕がフェリシアのことをかなり気に入って、そばに置きたいと考えていると受け取ったのかもしれないな。


 もちろんそういった思いがなくはない……いや、できれば毎日いつでもどこでもフェリシアを愛でたいと思うけど、目的はそこじゃない。


 実は彼女、悪役令嬢モノの異世界恋愛の小説にはありがちな話なんだが、実家でないがしろにされている関係で、妹のソフィアや使用人達から、執拗な嫌がらせを受けている。


 彼女も今は二度目・・・の人生だから、過去の人生の記憶を活かし、嫌がらせをする使用人達に見事にやり返す展開にはなるんだけど、だからといってつらい思いをすることには変わりない。


 だから、そんな思いをする前にこの公爵家で保護してしまおうと考えたわけだ。


 それに、ブルックスバンク家との関係を強固にしたい……いや、乗っ取りたいと考えているプレイステッド侯爵とすれば、この縁談を是が非でもまとめたいと考えているだろうし、妹のソフィアとは違い僕との縁談くらいしか価値のない彼女の意見は無視して公爵家に送り出すはず。


 ……まあ、彼女からすればこんな迷惑な話はないかもしれないけどな。


「そういうことだから、すぐにプレイステッド侯爵家に手紙を出して、そのように調整してくれ」

「かしこまりました」


 モーリスは恭しく一礼して執務室を出た。


「さて……忙しくなるぞ」


 そう呟きながら、僕は一人ほくそ笑んでいると。


「坊ちゃま。相変わらず笑顔が苦手ですな」

「……モーリス、なんで戻ってきているんだ?」

「いえ、フェリシア様がお住まいになられるということですので、お部屋はいかがいたしましょう?」

「決まっている。彼女のために最高の部屋を用意してくれ」

「さようでございますか。これは、坊ちゃまも相当な惚れこみようですな」

「うるさい。とにかく頼んだぞ」

「かしこまりました」


 モーリスはそう告げると、今度こそ僕の前から姿を消した・・・・・


「本当に、モブですらないのに何でこんなキャラが濃いんだよ……」


 そう……モーリスは物語に一切登場しない、モブですらないキャラなのだが、実は凄腕の暗殺者だったりする。

 いや、むしろメインキャラとして物語に登場していてもおかしくないと思うが、それでもモブですらないのも事実。


 今から思えば、ギルバートの不遇な人生といい、前世でもっと設定を練り込んでこけばよかったと後悔している。


「おっと、こうしてはいられない。僕も今日のノルマ・・・をこなさないと」


 そう言うと、いつものように訓練場へと向かった。


 ◇


「お待ちしていました、坊ちゃま」

「すまない、遅れてしまった」


 騎士の敬礼をする壮年のこの男は“ゲイブリエル=イーガン”、通称“ゲイブ”。


 ブルックスバンク公爵家が誇る騎士団の団長で、 “破城槌”の二つ名を持ち王国最強とうたわれている。ちなみに、僕の武術の師匠でもある。

 というか、モーリスといいゲイブといい、モブ以下なのに何でこの公爵家にはメインキャラよりも濃い連中がいるんだよ。


「? いかがなさいましたか?」

「……いや、何でもない。それよりも、今日の稽古を始めよう」

「はっ」


 ということで、僕はゲイブの指導の下、ランス(馬上槍)による訓練を始める。


 とはいっても、ゲイブ曰くランスを扱うために必要なのは敵陣に突入するための勇気と、重量のあるランスを十全に扱うための基礎体力こそが全てということで、ひたすら基礎訓練ばかりではあるんだけど。


 どうしてランスかって? 僕は前世ではランス使い・・・・・だったんだよ。


「ふむ……坊ちゃま、かなり体幹がしっかりしてきましたな」

「そうか?」

「はい。これならば、そこそこ・・・・の強さは身に着けておりましょう」

「はは……手厳しいな」


 どうやら、一応はゲイブに褒められたようではあるが、あの言いぶりでは僕もまだまだらしい。


「……早く、ゲイブよりも強くならないとな」

「その意気です。坊ちゃまなら必ずや、この私よりも強くなります」

「そうか」


 とりあえず、その言葉を信じることにしよう。

 ……まあ、ゲイブの域にたどり着くまでにどれくらいの年月がかかるのか、とても想像できないが。


「では、今日の稽古はここまでにしましょう」

「ゲイブ、いつもこんな時間にすまないな」

「いえいえ、私も坊ちゃまがみるみる上達する姿を見れて、毎日楽しいですぞ」


 そう言うと、ゲイブは破顔した。

 本当は昼間に稽古をしてもらえればいいんだが、僕は小公爵としての執務がある上、ゲイブも公爵家の騎士団長。日常業務に加え、部下達の管理などもこなさなければならない。

 なので、お互いの唯一時間ができる夜に、こうやって師事しているというわけだ。


「それにしても坊ちゃま。私としては嬉しい限りですが、小公爵というお立場なのにどうしてそこまで個人の強さを求められるのですか?」

「ん? あー……はは、そうだな……」


 不思議そうに尋ねるゲイブに、僕は苦笑しながら曖昧に返事した。

 とてもじゃないけど、フェリシアを陰で支え、ラスボスを倒すためだとは言えないからな。


「まあ、いずれ亡き父上の後を継いで公爵となるなら、強いに越したことはないだろう」


 このブルックスバンク公爵家はこの国における最大の貴族家であり、広大な領地と最強の軍隊を持つ家系だ。

 なので、もし国や領地を脅かすような有事が起きた際には、当主が先陣を切って戦わなければならない。


 この設定は僕の書いた小説には一切出てこないけど、僕もいずれは公爵位を継承する小公爵。なら、それくらいの心構えは持っていないと。


「ハハハ……これは、ブルックスバンク家の未来は安泰ですな」

「そうなるよう、僕も努力するよ」


 そう言って、僕とゲイブは笑い合った。

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