スーパーヒーロー
犯人はまず画用紙に色を塗り、それをカッターのようなもので切り裂いた。
そして身近にあった台、音楽室のゴミ箱を踏み台にして美術部の通気窓から自分が切り裂いた画用紙を美術室の中にバラまいた。
誰かが美術室を覗き、絵が切り裂かれていると大騒ぎになったところへ犯人も現れ、何かと理由をつけ美術室の中に入り、梱包された絵を切り裂いた。
イロイロと突っ込みどころ満載だけど、これが私の推理。
でもこの推理だと、カッターを持って立っていた蓮くんを見つけた部長さんと広瀬先輩のどちらかが犯人って事になる。
前日に部長さんの絵が隠されたことを考えると、どうやっても広瀬先輩が犯人って事になっちゃうんだよね。
べつに広瀬先輩の肩をもつとか、特別な感情を抱いているとかじゃないけれど、広瀬先輩が犯人っていうのは、なんかしっくりこない。
じゃあ、部長さんが犯人かって言うと、それはそれで矛盾が生じる。だって、自分の絵を隠す必要性がない。
二人以外の別の人物が犯人だとすると、これまたイロイロ問題が出てくる。
きっと私の推理に問題があるから、ボタンをかけ間違えたような違和感があるんだという結論に達した。もう一度最初から推理し直そうと思った時、ポンと何かが頭にあたった。
見ると、聖来が丸めたプリントで私の頭を叩いた。
「どうしたの?」
「聖来ぁ~、もう私限界」
昼休み、聖来は先生に呼ばれて職員室へ行っている間、私は美術部の事件の事を考えていたけれど、聖来が言う通り推理は行き詰まり、頭から湯気が出そうだ。
机の上に突っ伏した私をみて、聖来がクスッと笑った。
「部長さんに大見栄切ったんだって?」
「それは言わないでぇ~」
ああ、私、なんであんなことを言っちゃったんだろう。今になってすっごい後悔している。
あれから三日も経っているのに、犯人を追い詰めるどころか、逆にこっちが打ちのめされている。
「蓮くんがすごく気にしていたよ。自分のせいで部に迷惑かけちゃったって」
「ううん。蓮くんは被害者だよ。一番悪いのは何て言ったって犯人なんだからっ!」
部長さんが犯人探しはしないって言っても、私は絶対犯人を見つけるんだから。それで、みんなに謝ってもらう。絶対に!
聖来と話したら少し元気が出てきた。
「犯人探しもいいけど、進路の紙提出していないのは莉子だけだから、早く出すようにって」
そう言うと、聖来は丸めていたプリントを私に差し出した。
げげ、忘れてた。
「この前、受験地獄から解放されたばっかりだよ。次の進路なんてまだ考えられないよ」
「まあ、気持ちは分かるけど、先生が早く出すようにって言っていたから、あとでちゃんと提出してね」
「はーい。学級長さん」
「ところで、学級長さん。いつから蓮くんとお付き合いするようになったの? 親友の私に何も教えてくれないって、ちょっと薄情すぎない?」
「ふえ? え? は? あ? うぇ?」
動揺しすぎ。
「ななななななななななんで……知ってるの? べ、別に隠していたわけじゃないけど、美術部の件がひと段落したらちゃんと話そうと思っていたよ」
ふふふ。聖来ってホント可愛いな。クールビューティでドSなイメージだけど、ホントは素直で恥ずかしがり屋なんだよね。そっかそっか。ついにくっついたのね。
「いやぁ~、な~んか幸せオーラが出ていたから、カマかけただけだけど……」
聖来と蓮くん納まるところに納まったのね。
大福に緑茶、マカロンに紅茶、カレーに福神漬け、お寿司にガリ、まさにお似合いのカップル誕生だね。
って、なんか聖来の目が怖い。カマかけたから怒っているのかな……ゴメンよ。
「あ、そうだ。私、進路の紙を提出しなきゃ……ハハハハハ」
慌てて立ち上がり、私は聖来の目から逃れる様に教室を出た。
そっか、そっか、聖来と蓮くんがね……。あ! でも、アケチは聖来の事――。
ズキンと胸が痛む。ったく。呑気に数学の補習を受けている場合じゃないでしょ、アケチくん。ちゃんと課題ぐらい家でやってくればいいのに……。そんなんだから、蓮くんに先を越されちゃうんだよ。
仕方ない。傷心のアケチに、美味しいプリンでもご馳走してあげますか。
それにしても犯人はどうして絵を切り裂いたんだろう。絵を切り刻むことにどんな意味があるのだろう。例えば描いた本人が切り裂いたのなら、一人でこっそり処分すればいいのに……。
そんなことを考えながら、私は進路の紙を持って職員室へと向かう階段を下りていた。
すると、突然背中に強い力を感じた。
その刹那、視界が反転した。
「え……」
誰かの悲鳴が聞こえたきがしたけれど、私の意識は闇に支配されてしまった。
※ ※
探偵というスーパーヒーローの存在を知ったのは、私がまだ小学生になる前の事。
すごく大切にしていた宝物を失くしてしまった。
いつもは大切にしまっておくけど、友だちに見せたくて外へ持ち出した。
気づいた時にはなくなっていて、一生懸命探しても見つからなかった。
「莉子? どうしたの? なんで泣いているの?」
泣いている私に、心配そうにアケチが声をかけてきた。
「アケチからもらった、折り紙で作った指輪を失くしちゃったの」
「そんなのまた僕が作ってあげるよ」
そう言って、ニッコリ笑ったアケチ。
「いらない」
「なんで?」
「アケチのバカッ!」
私はそういって外へ飛び出した。
そして、友だちと遊んだ公園、お母さんと一緒に行ったスーパー、思い出せる限り行った場所を探した。地を這うようにして探し回ったけれど、指輪は見つからなかった。
ずっと下を見て歩いていたから、全然知らない場所にいて、いつの間にか空も暗くなって、お腹もすいて、淋しくなって、私は知らない公園で膝を抱えて泣いていた。
とっても大切にしていた指輪だった。あれはアケチが初めて私の誕生日に作ってくれた、折り紙の指輪。私の好きな色の折り紙で、キラキラ光るシールが貼ってあった。すごく可愛くて、すごくきれいな指輪。
私の大切な宝物。
他のものじゃダメなのに、それなのに……、それなのに……。
アケチからもらった指輪。うれしくて、友だちにアケチから指輪をもらったって言ったら、みんながそんなのウソだっていうから、だから……ウソじゃないってどうしても見せたくなった。でも、こんなことなら見せびらかすんじゃなかった。ちゃんと宝箱の中に大切にしまっておけばよかった。きっとバチが当たったんだ。私は知らない場所にひとりでいることよりも、大切な宝物を失くしたことの方が悲しかった。
一生懸命探しても全然見つからないから、悲しくて哀しくて涙が止まらなかった。
遠くの方から私の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
「莉ぃ~子ぉ~」
アケチの声だった。
アケチは私を見つけると、パッと顔が笑顔になった。
私の元へ走ってきたアケチは、顔中あざだらけで、服も泥だらけだった。
「どうしたの? ケガしてるよ。大丈夫?」
するとアケチは私の質問には答えずに、ギュッと握っていた右手を私の目の前にさしだした。
アケチはゆっくりと手を開いた。すると、その手のひらの中に、私が探していた指輪が入っていた。ギュッと握っていたせいで少しだけ形が崩れていたけれど、それでも私の宝物に違いなかった。
「莉子の宝物、見つけたよ」
そう言うと、アケチはニッコリほほ笑んだ。
どうやっても見つからなかった指輪が、アケチの手の中にあった時はホントに驚いた。
「すごーい、アケチ。私がどんなに探しても見つけられなかったのに」
驚く私に、アケチは人差し指で鼻の下をこすりながら、ヘヘヘッて笑った。
「僕は探偵だから」
ちょっと照れたようにそう言った。
「探偵はね、どんなに難しい事でも手品みたいになんでも解決しちゃうすごい人なんだよ」
得意げにそう言ったアケチは、すごくカッコよく見えた。
「じゃあ、私、探偵のお嫁さんになる!」
今じゃあ、絶対恥ずかしくって言えないセリフだけど、その時は本気でそんな事を思っていたっけ。
「じゃあ、僕は――」
あれ? アケチは目をキラキラさせて、何て言ったんだっけ……。
※ ※
目が覚めたら、私はベッドの上で寝ていた。
カーテンで仕切られていて周りを確認することはできなかったけれど、ここが保健室だってことはすぐにわかった。
なんで、私ここで寝ているんだろ……。
起き上がろうとして足首に痛みを感じた。それと同時に記憶も蘇った。
そっか、私階段で……。
すると、ドタドタと走ってくる足音が聞こえてきた。
「はーい!」
先生に怒鳴られて、威勢のいい返事をしたのはアケチの声。素直に返事はしたけれど、走る勢いは変わらない。そのままドアに激突するんじゃないかってくらいに走ってきた。
ガラッ!
「莉子っ!」
ドアを開ける音と、名前を呼ぶ声が同時だった。
「ここ保健室! 静かに!」
ん? この声は……広瀬先輩? 何故に広瀬先輩がいるの?
そう思ったのは私だけじゃなかった。
「ひ、広瀬先輩? なんで……ここに?」
「そんな顔をするなよ。たまたま居合わせただけだよ。先生がちょうど会議でいなくなるから代わりに居ただけ」
ん? どんな顔? あ~……カーテンが邪魔。でも、なんか出ていきにくい雰囲気。もうちょっと様子を見よと思ったらしばらく沈黙が流れた。
やっぱりそろそろ出ていこうかと思ったその時、広瀬先輩が声を発した。
「ボクの忠告は君に届いていなかった?」
広瀬先輩の怒ったような声が、シンと静まり返った保健室に響いた。
「ボクの甘さが招いた結果です」
自分を責めるアケチの声に、こっちの胸も痛くなる。
どうしたんだろう。アケチのこんな声聞いたことがないかも。
「いや……気づいていながら止められなかったボクにも非がある。責めるべきは君じゃなかったね。ごめん。」
「広瀬先輩が謝ることではありません。僕は探偵失格です。追い詰められた者がどういう行動をとるか、もっと真剣に考えるべきでした」
珍しく自分の非を認めるアケチの声は、とても苦しそうだった。
「そう……だね。犯人は弱点を突くことで君を黙らせようとした」
アケチの弱点? 何だろう……。空気は読まない、人のテリトリーに遠慮なしにズカズカ入っていく、そのうえ人の神経を逆なですることは天下一品のアケチ。何を言ってもへこたれない強靭の精神力をもつアケチの弱点って何? 知っているなら私にも教えてほしい。
「大切なものには変わりありませんが、僕の弱点ではありません。穏便に済ませる方法を模索していましたが、僕はもう容赦しません。徹底的に罪を暴きます」
きっぱりと言い放ったアケチの言葉に、広瀬先輩がフフッと笑った。
「犯人の唯一の失敗は君を怒らせたことだ。だが、ボクも君の意見に同意見だ。ヤツは手を出してはいけない領域に手をだした。ボクもヤツを許せない」
広瀬先輩もすでに犯人を知っているような口ぶりだ。
ちょっとまって、わかっていないのは私だけ? なんだか悔しい。
「ボクに何か手伝えることはある?」
広瀬先輩がアケチに聞いた。
「では、みんなを集めていただけますか?」
「了解」
そう言うと、広瀬先輩は保健室を出て行った。
すると、アケチの足音がこちらに近づいてきた。
ヤバイ! 話に聞き入っていたせいで出るタイミングを完全に逃してしまった!
慌てて布団を被る。
すると、遠慮がちにカーテンを開ける音が聞こえた。
「おい、お前はいつから狸になったんだ? 狸寝入りはよせ。おい、ポン介起きろ」
「そこはせめて、ポン子でしょ」
思わず布団をめくって抗議してしまった。
そこに居たのは、いつものふてぶてしい笑みを浮かべたアケチではなく、少しだけ悲しそうな顔をしたアケチだった。
いつにないアケチの様子に、ドキリと胸が鳴った。
「……ゴメン」
「な、なんでアケチが謝るのよ」
「僕は……約束を守れなかった……」
「約束?」
首をかしげる私に、アケチは少し照れたように鼻の頭をかいた。
「莉子が窮地に陥った時には、僕が一番に助けるって言っただろ。忘れた?」
あ!
アケチが私の宝物を探してくれた、あの時の言葉がよみがえる。
『じゃあ、僕は名探偵になる。莉子が困った時には僕が一番に助けてあげるね』
そう言ってニッコリ笑った少年は、いつの間にか私よりも背が大きくなって、少しだけ逞しくなったけれど、優しい笑顔はあの時と変わらない。
そういえば、あの時もアケチは謝っていたっけ。
『僕がもっと早く気づいていれば……』って、アケチは何も悪くないのに変な責任感を背負っていた。
そして、今も――。
「僕がグズグズしていたから……」
「みんなが傷つかない方法を探していただけでしょ」
そう言うと、一瞬アケチは驚いた顔をした。
「でも、それは間違っていた。罪は罪。罪を犯した者はその罪を償わなきゃな。莉子に手を出した犯人を僕は絶対に許さない」
ドキンと胸が高鳴る。
「アケチはもう全部わかっているんだね」
「僕は名探偵だよ」
そう言って笑った顔は、あの時と同じちょっと生意気な笑顔だった。
「頼りにしているよ。名探偵くん」
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