ゾンビVSゴブリン ~ 第二ラウンド ~

「勝手なことをするなっ!」


 怒声とともに入ってきたのは美術部の部長さん。


 な、何ごとですか? 何で部長さんがここに乗り込んでくるの? アーケーチー、またなんかやらかしたんでしょ。目で訴えると、アケチはプルプルと首を振る。


「どうかしましたか?」


 アケチがとぼけたような声で聞く。


「どうかしましたか? じゃない! 捜査と称して勝手に美術室のものを持ち出すなっ!」


「え? もしかしてじんくんを連れ帰ってきたのがマズかったですか? まさかとは思いますど、蓮の次にじんくんが疑われているとか?」


 そんなわけあるかっ!


 思わず突っ込みたくなるけれど、私よりも先に部長さんが突っ込みを入れる。


「じ、じんくんとは誰だ?」


 え? そっから説明が必要なの? 昨日、さんざん胃に穴が開いているだとか騒いでいましたけど……とはさすがに言えない。というか……、アケチは相も変わらずシレっとした顔をしている。


「彼です」


 アケチがじんくんを部長さんに改めて紹介した。


「あ?」


 部長さんの眉間に青筋が立ったのは言うまでもない。


「人体模型のじんくんです」


「お、お前は……俺をおちょくっているのか?」


「まさか! 僕は真面目に答えていますよ。彼は探偵部の大事なメンバーです。なぁ、莉子。そうだろ?」


 確かにそうだけどさ、今、それを私に振らないでよ。


 部長さんに思いっきり睨まれたじゃん。


「そ、その人体模型には何か特殊な機能が装備されていたりするのか?」


 一瞬耳を疑った。


 部長さん、そんなことを聞いてどうするの? もしや特殊任務についていたなんて思っていないよね。


「特殊な能力とは?」


 アケチの質問に、部長さんは少し言いにくそうに答える。


「……そ、その……録音機能とか、盗撮機能とか……?」


 探偵部のメンバーであればそういった機能があれば、とっても重宝するんだけど、残念ながらじんくんは私たちと同じ、特別な機能は備えていない。いたって普通の人体模型です。


「僕にも発明好きの博士がご近所さんに居ればいいのですが、あいにく僕の家の隣にはきれいなピンク色の胃をフランケンシュタインにする特殊な能力をふがふがふがふが――」


 慌ててアケチの口を押さえると、アケチは力任せに私の手をほどいてプハーッと大きく息をした。


「莉子、僕を殺す気か?」


「めっそうもございません」


 少し力が入りすぎただけで、ちょっとした口封じを……。


「単なる人体模型ですよ。胃がすこぉ~しだけ荒れてはいますが、ごくフツーの人体模型のじんくんです」


 そうです、ちょっぴり胃が荒れているだけの人体模型ですよ。特に変わったことはございません。ニコニコニッコリ笑顔で言った私になど眼中にもなく、部長さんの視線はじんくんの胃に釘付け……。そんなに見ないでぇ~。口封じはしたものの、やっぱりフランケンシュタイン化したのは一目瞭然……。


 部長さんの視線を遮るように、私はじんくんの前に立った。


「じんくんは決して美術部の絵を切り裂いたりはしませんよ」


 アケチは真剣な顔で答えた。


「……りまえだ」


 ボソリと呟いた部長さんの声は小さすぎて、よく聞こえなかった。


「え? 何て言いました?」


 アケチが聞き返すと、部長さんの顔は真っ赤になっていた。


「当たり前だと言ったんだ! 人体模型が動くわけないだろッ! 学校の七不思議じゃあるまいし」


 部長さんの顔が赤いのは怒りのせいだった。


 でも、アケチは平然と的外れなことを口にする。


「あれ? 部長さんも学校の七不思議とかって信じるタイプなんですか?」


 え~、今はそんな事を言っている場合じゃないと思うよ、アケチくん。


「ふ、ふざけるなっ!」


 ほら、部長さんめっちゃ怒っちゃったじゃん。どうすんのよ。


 部長さんの怒りはマックスだけど、アケチが気にする気配はゼロ。


 ちょっとは空気読もうね。アケチくん。


「ふざけているつもりは一切ないんだけどなぁ~」


 と言いつつ鼻の頭をポリポリ。


「え~と……、学校の七不思議……じゃなくて、じんくんじゃないとすると、何のことだか――」


「とぼけるな! これだよこれっ!」


 部長さんは怒りの相乗効果か、絵の破片が並べられている机をバンバンと叩いた。


「誰が持ち出していいなんて言った?」


 言うなり部長さんは、絵の破片をクシャリと握りつぶした。


「あ!」


 思わず声を漏らした私を、部長さんがジロリと睨みつけた。


 ひ、ひぇ~。半端なく怖い。


 犯人の手がかりになる唯一のモノだったのにと思う私とはうってかわって、何故かアケチの表情は全く変わらない。


「広瀬先輩にちゃんと許可を得ましたよ」


「何だと? ったく、あいつ余計なことを」


「あ~でも、これならもう必要ないので持って帰ってもいいですよ」


「え?」


 部長さんは拍子抜けしたみたいに、キョトンとしている。


 部長さんだけじゃない。私も驚いている。


 必要……ないの? まぁ、確かに、これを持っていても、何の役にも立たなそう。でも、もしかしたら犯人を追い詰めることが出来るかもしれないじゃない。それなのに、アケチったら惜しみなく部長さんに返しちゃうんだもん。


 もっと駄々をこねられると思っていたのか、以外にもアケチがすんなり手渡したものだから、部長さんは少し戸惑っているみたい。


「持って帰っていいのか?」


 ん? 部長さんがアケチに許可を得ている不思議な構図になっちゃった。


「ええ、気兼ねなくどうぞ」


 なぜか大仰な態度で部長さんに『切り刻まれた画用紙』を渡すアケチ。


 それにつられて恐縮して受け取る部長さん。


 突っ込みたいところだけれど、面倒くさそうだから黙っていることにした。


「ところで部長さん。ひとつ質問があります」


「なんだ?」


「その手はどうしたんですか?」


 アケチに言われるまで全然気にしていなかったけれど、改めて部長さんの手を見ると、両手が真っ赤に腫れていた。


 部長さんは慌てて手を引っ込めた。


 妙に落ち着きがなくなった部長さん。


「別に……何でもない」


「そうですか」


 思いっきり気になるけれど、アケチはそれ以上しつこく聞くことはしなかった。


「……これ以上余計なことをするな」


 そう言って出ていこうとする部長さんに、アケチはもう一つ質問を投げかけた。


「犯人は何故、絵を切り刻んだと思いますか?」


「そ、そんなこと……」


 部長さんは言いかけて言葉を詰まらせると、アケチが急かすように答えを促す。


「そんなこと?」


「俺が……知るわけないだろっ!」


 思い出したように怒りだした部長さんに、アケチが揺さぶりをかける。


「広瀬先輩は――」


 いったん口を閉ざすと、アケチはニヤリとほほ笑んだ。


「気になります?」


 そりゃあ、そこまで言えば誰だって気になるでしょ。


 アケチって意外と意地が悪い。


「バ、バカにしているのか?」


「バカになんかしていませんよ」


 いやいやいやいや、絶対部長さんの反応見て楽しんでるよ。


「……広瀬は何て言ったんだ?」


 相当気になるみたいで、怒りながらも聞いてくる部長さんが、少しだけ可哀そうに思えてきた。


「いや、まず部長さんの意見を聞いてからにします。広瀬先輩と同じことを言われても参考にならないので」


 上手くかわしたアケチ。


「……絵が気に入らなかったんじゃないか?」


 沈黙が流れた。


 え? そこでだんまりって……。ちょっと意地悪が過ぎませんか?


 やっぱり、というべきか、耐えられず口を開いたのは、部長さん。


「……ほ、ほら、俺は言ったぞ。広瀬は何て言ったんだ?」


「……」


 まだ沈黙を貫くアケチ。


「お、おい! 教えろよ!」


 アケチは頭をガシガシとかきむしる。


「それがですね~、いやぁ~、ホントに申し訳ないんですが……広瀬先輩が何て言ったのか忘れてしまって……」


 うわぁ、最悪。そりゃあ、部長さん怒るでしょ。


 みるみる部長さんの顔が赤くなっていく。


「バカにするのもいい加減にしろっ!」


 ほら、怒られた。


「いやぁ~、バカにするつもりはこれっぽっちもないんですよ。ホントに。はい」


 哀しい事に、反省の色がね、見えないのよ。


 部長さんは呆れたのか、相手にするのもバカらしいとあきらめたのか、大きく深呼吸した。


「いいか、もう一度言うが、これ以上余計なことはするなよ」


「余計なこととは?」


 尋ねるアケチに、部長さんが一瞬だけ口ごもる。


「犯人もわかったし、これ以上何もすることはないだろ?」


「蓮が犯人と決まったわけではありません」


 きっぱりと言い放ったアケチ。ちょっとだけカッコよく見える。


「俺は見たんだ! 彼が美術室の前でカッターを持っていたところを!」


「持っているのを見ただけですよね」


「美術部のカギだって持っていたんだぞッ!」


「持っていただけです。美術室の中に居たわけでもなければ、そのカギで美術室のカギを開けているのを見たわけでもありませんよね」


 部長さんの声が次第に大きくなっていくけど、アケチの声は反比例するかのように落ち着いた声だ。


「カッターを持っていて、美術室のカギを持っているだけで十分だろ」


「いいえ、それでは蓮を犯人とするには弱すぎます」


「仲間だから庇いたいだけだろッ!」


「いいえ、蓮を犯人だと決定づける証拠がないだけです」


「……でも、犯人が誰だろうと絵はバラバラにされてしまった……。もうどうにもならない」


そう言った部長さんは、なぜかあまり悲しそうに見えないのはどういうわけか……。


「ああ、絵なら無事に送りましたよ」


 サラッと言ったアケチの言葉を聞いて、部長さんは信じられないとでも言うように目を見開いた。


「今何て言った?」


 部長さんはものすごい形相でアケチを睨みつけた。


「あれ? 広瀬先輩から何も聞いていませんか? 野村先生もその場に居たから問題はないと思いますよ」


 もう広瀬先輩ったら、ちゃんと部長さんに報告してくれなきゃ……と、ひとりブツブツ呟くアケチの襟首を部長さんが掴んだ。


「今何て言ったと聞いたんだっ! 真面目に答えろっ!」


 これまでも十分怖かったけれど、今の部長さんはこれまで以上に怒り狂っている。


 これまで噴火と思っていたのは実は噴火じゃなくて、たんなる噴煙。小噴火で火山灰を噴出していた程度だったみたい。 


 で、今の状態が大噴火。噴石吐き出して溶岩ドロドロって感じ。


 でも……そ、そんなに怒る事ですか?


 絵は無事だったんだっし、無事にコンクールに出展できたんだから、バンザーイって感じじゃないの? これで真犯人が分かれば万々歳なんだけどね。


「絵……も……無事に送れまじだ……ぐ、ぐるじいぃ~」


「ちょ、ちょっと部長さん、アケチを殺したくなるのも分かるけど、今はマズイです」


 すると、すこし冷静になったのか、部長さんはアケチを開放する。


「……ゴホ……ゴホゴホゴホゴホ……、莉子……制止の仕方が間違っている」


 アケチは首をさすりながら、私をジロリと睨んだ。


「そう?」


 ごめん。どこが間違っているのか分からない。その説明は後で聞くことにしよう。


 今は、部長さんをなんとか鎮めなきゃ。


「……絵は、確かに切り刻まれていただろ?」


「あれはダミーです」


「ダ……ミーだと?」


「はい」


 アケチが部長さんに、事の成り行きを話して聞かせる。


「……なるほど。絵は送られてしまったということか。それなら、なおさらもう犯人捜しはしなくていいだろ」


 部長さんに先ほどまでの勢いはない。


「よくありません」


 きっぱりと断言したアケチ。


「探偵部の一員である蓮に容疑がかかっている以上、部長として許容できるものではありません」


 よく言ったアケチ。


 私の心の中では、アケチに拍手喝さいの嵐だよ。スタンディングオベーションだよ。


「疑わしきは罰せずだろ。俺から美術部員にきちんと話をする。彼の事も犯人扱いはしない。それならいいだろ」


 え? いいの? いや、良くない。全然良くないよ!


「これは探偵部への挑戦状です。探偵部の名にかけてこの事件は絶対解決して見せます」


 私の中で、アケチへの評価がうなぎのぼりだよ。


 さすがアケチ! よ、日本一!


 でも、相手もさすがゴブリンってだけはある。すんなり納得してくれない。


「君は彼の濡れ衣を晴らしたいんじゃなくて、単に、これまで事件らしい事件がなかったから面白半分で事件を解決したいだけなんじゃないのか?」


「ぐ……」


 ぐ? ぐって何? え? 違うよね、アケチ? ん? アケチくん?

 アケチぃ――!


 形勢逆転。アケチが言葉に詰まっている。


 アケチの株は急降下。日本一の高低差を誇るジェットコースターよりも激しいよ。


 黙り込むアケチを退け一歩前に出た。


「違いますよ! 無事だったとはいえ、絵が切り刻まれたと聞いて心を痛めた人がいます。その現場をみて、哀しい思いをした人もいるんです。だから、こんなむごいことをした犯人を見つけて、反省してもらいたいんです」


 ズバッと言ってやったぜぃ!


「莉子ぉ~」


 え~い、しがみつくな! この薄情者! いや、裏切り者のアケチめっ! やっぱりお前は最後には裏切るんだ。信長の恨みは私が晴らす。


ん? これは違うアケチだった。


「とにかく、これ以上首を突っ込むな」


「でも――」


 言い募ろうとするアケチの言葉を部長さんが遮る。


「事件のひとつもろくに解決したこともない、お遊びでやっているようなヤツらに何ができる」


 むっ! これにはカチンときた。遊びでやっているつもりは一切ない!


 立ち去ろうとする部長さんの背中に、思わず啖呵をきる。


「犯人の目星はついていますから!」


 部長さんは一瞬だけ驚いた顔を見せたけれど、何も言わずに理科室を出ていった。


「……バカ……だな……」


 ぼそりとこぼしたアケチ。


 え? ダメだった? ぜんぜん目星ついていないけど、大見栄切ったのバレバレ?


 すると、アケチは私の頭に手を置いた。


「ホント、莉子は短気だな」


 そう言うと、クシャッと頭を撫でた。


「あ――ッ! また前髪がぁ~」


「……前髪だけですめばいいけどな……」


 ボソリと呟いたアケチの言葉の意味を、私は理解することが出来なかった。

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