無口だけど、頼れるヤツ

 そんなことより、じんくんの内臓の位置がおかしい。


「アケチがじんくんから聞いた大切なことって、もしかしてこれの事?」


 私はじんくんの内臓を指さした。じんくんの内臓の位置がめちゃくちゃだ。だから、胃がうまく入らなかったんだ。決して、私の補修が下手だったわけじゃない。うん。ない……、絶対に。


「そう。昨日の時点ではじんくんの内臓は正確に入っていた。胃を除いては。でも、今日美術室で見たじんくんの内臓はこの通りめちゃくちゃだ。僕の推理では、犯人が絵を切り刻むために美術室に侵入した際、誤ってじんくんを倒してしまった。その拍子にじんくんの内臓が飛び出てしまったんだ。ほら、それを証拠に、昨日はなかった擦り傷がここに」


 そう言うと、アケチはじんくんのひじを見せてくれた。


 確かにじんくんのひじは擦りむけていた。


「莉子も気付いていただろ?」


 え? 何を?


 記憶をたどると、美術室に居たじんくんと目が合ったことを思い出した。


「あ! だからじんくんがヴィーナスに背を向けていたんだ」


 ヴィーナスと喧嘩をしたわけでも、学校の七不思議でもなかった。


 ああ、だから、あの時アケチが冷蔵庫の話をしたのね。どんな脈絡があるかは未だ不明だけど……。


「ということは、犯人はじんくんの内臓の位置を把握していない奴! なら蓮くんは犯人じゃない!」


 私はアケチの言葉を奪って断言したけど、それにはアケチが首を振った。


「それだけじゃあ、蓮が犯人ではないと言い切れない」


「どうして? 蓮くんはじんくんの内臓を間違って入れたりしないわよ」


「確かに蓮はじんくんの内臓を間違って入れることはない。でも、もし時間がなかったとしたら? 焦っているときは普段間違えないことでもうっかりすることもある。僕の課題のように」


 いや、アケチの課題は焦っていたわけでも、忙しかったわけでもないでしょ。それ、単なるサボりだから、それを引き合いに出さないでよ。まぎらわしくなるから。


「犯人は焦っていたって事? まあ、いつ、人が来るか分からない状況だから焦るのも分かるけど……」


 悪い事をしている時って誰かに見られたらヤバイって思うのは当たり前。だから人の気配に敏感になったり、無駄に慌てたりして焦ってしまう。だからいつも難なくできることでも失敗したりするもの。


 だからじんくんの内臓がぐちゃぐちゃに入っていたからと言って、蓮くんが犯人じゃないって決定づける理由にはならない。


 私はじんくんの内臓を元に戻しながら、蓮くんの無実を証明する術を考えていた。


「うおぉぉぉぉぉぉぉ~」


 アケチが突然奇声を発した。


 心臓が飛び跳ねた。私、いつかアケチの奇声でショック死するかも。


「何!」


 アケチがプルプル震えながらじんくんの胃を掴んでいた。


「じんくんの胃が……胃が……」


「ああ、それなら私が治しておいたから」


 ほら、そこはやっぱり探偵部唯一の女子である私の仕事かと……。


「やっぱりお前の仕業かぁ! どうしてくれるんだ! じんくんの胃がフランケンシュタインみたいになって……ぶふぉ」


 ここは鉄拳制裁でしょ。人が一生懸命治したのに、よりによってフランケンシュタインだなんて……いや、あれ……よく見るとあちこちつぎはぎだらけで丸っこいフランケンシュタインに見えなくもない……かな。


 すると、アケチが私の手を掴んで目の前にかざした。絆創膏だらけの指が露わになる。恥ずかしくて慌てて隠す。


 お裁縫って苦手。私の指はピンクッションかってくらいに、針がいっぱい刺さってくるんだもん。


「莉子の指までフランケンシュタインになっているじゃないか。そんな無理しなくていいのに……」


 ドキンと胸が高鳴った。でもその高鳴りも一気に急降下。


「莉子は針と糸より、釘と金槌のほうが似合って……ぼ、暴力反対!」


 思わず近くにあった椅子を投げつけようとしていた。


 危ない危ない、レディーはそんなことしません。


「ところで、犯人の手がかりを見つけたって言っていたけど、何を見つけたの?」


 アケチは胸をなでおろすようにホッと息をついてから、ビニール袋を差し出した。


 中を覗くと、美術室でかき集めた『絵』の破片が入っていた。入れ物が即席ブレザーの風呂敷から、画期的進歩を遂げたビニール袋に代わっていた。


「それは何だ?」


 アケチではない別の男の声。


 まさか、これこそがじんくんの声? じゃない!


 じんくんの後ろから蓮くんがひょっこり顔を出した。


「蓮!」


「蓮くん!」


 ここは理科室。探偵部の部室兼活動場所。探偵部のメンバーである蓮くんがここに居るのは何の不思議もない。会わない日は無いってくらい、毎日顔を合わせている。昨日だって蓮くんと会って話もしている。


 けれど、今日ほど蓮くんに会いたいと思ったことはなかったし、話をしたいと思ったことはなかった。


 私は思わず蓮くんの手をギュウッと握った。


「蓮くん、釈放されたんだね。良かったぁ~」


「釈放って……、勾留もされてなければ逮捕もされていないけど、俺」


「疑いは晴れたの?」


「……いや、……それはまだ」


 蓮くんは少し悲しげな顔で俯いた。


「証拠不十分ってことで自宅待機。処分を下すには決定的な証拠はない。そうアケチが先生たちに断言したんだってな。ありがとう」


「僕は真実を述べただけだ」


 そう言った時のアケチの表情は、ちょっとだけ凛々しく見えた。


 すると、パタパタと走ってくる足音が近づいてきた。


「蓮くんが釈放されたって――」


 入ってきたのは聖来だった。


 すでに蓮くんがここに居るとは思っていなかったのか、勢いよく入ってきた聖来は、蓮くんの顔を見るなり、言葉を詰まらせた。


 驚いた顔をして見つめる聖来に、蓮くんがちょっぴり恥ずかし気に笑って見せた。


「だから、俺は逮捕もされてなければ勾留もされていないよ」


殊の外、蓮くんの声が優しいから、聖来の瞳がウルッとした。


「あんたの事なんか、ぜんっぜん気にしてなんかいないわよ。犯人に間違われるマヌケな奴を笑いに来たのよ」


 その高飛車感。美人の聖来にドハマりしているけど、こういう時くらい本心言ってもいいんじゃない? 本当はすっごく心配していたくせに、素直じゃないんだから。


 恋に不器用な私の親友は、今来たばかりだというのにすぐさま踵を返して教室を出ていこうとする。


「え? 聖来、帰っちゃうの?」


「わ、私……用事あるの思い出した……、じゃあ」


 そう言うと、聖来は来た時と同じように慌ただしく理科室を出て行った。


 すると、何故だか蓮くんはソワソワとしだしたかと思ったら、いきなり回れ右をして理科室を出ていこうとする。


「へ? 蓮くん、どこ行くの?」


「俺も先生から、今日くらいは大人しくしているようにって言われているから、じゃあ」


 蓮くんはそう言うと、慌てて理科室を出て行った。まるで、聖来を追いかけるように……。


 なるほどね。蓮くんガンバレ! 私も頑張るよ。好きな人が所属している部の事件の容疑者だなんて、それじゃああまりにも蓮くんが可哀そすぎるもん。早く犯人見つけなきゃ。


「アケチ、絶対犯人見つけるよ!」


 気持ちも新たにアケチに向き直ると、妙にアケチは自信たっぷりの顔をしている。

 もしかして……。


「何か手がかりを見つけたの?」


「ふっふっふっふ。僕に解けない謎はない」


「もしかして、犯人も分かったの?」


 胸を張って威張るから、てっきり犯人まで分かったのかと思っけど、風船がしぼむみたいにアケチの勢いが萎んだ。


「う~ん……」


 あ、ごめん。そんなに落ち込まなくても……。私なんてまだ全然見当もついていないし。


「あ~、でも手がかりを見つけたんでしょ? それって何?」


「ふっふっふっふ。それはだな……」


 復活、早っ!


 アケチは言うなり、ビニール袋を机の上に置いた。


「これって、美術室に散らばっていた『絵』の破片でしょ? でも、途中で集めるのを止めちゃったから、全部じゃないよね」


 すると、アケチは得意げに人差し指を顔の前に差し出して左右に振った。


「チッチッチッチ、僕が国語の課題ごときでこんなに時間がかかるわけないだろ」


「もしかして、全部集めてきたの?」


 すると、アケチは得意げに大きく頷いた。補習受けさせられた身分の人が威張って言う事じゃないけれど、あちこち散らばった『絵』の破片を一人で拾うのは大変だったよね。


 少しだけ威張るの許してあげる。


「マジでッ! すごい!」


 すごいけど、これがどんな手がかりなのか私にはさっぱりわからない。


 アケチは『絵』の破片をビニール袋から出して机の上に広げた。ビリビリに容赦なく破られた絵。山積みされた絵の破片を見ていたら、なんだか悲しくなってきた。


「いくら偽物って言っても、せっかく描いた絵をこんな風にされたら辛いね」


「これは『絵』じゃない」


「え?」


 ダジャレのような反応をしてしまった。ちょっと恥ずかしい。ププッと笑うアケチをキッと睨みつけると、コホンと咳ばらいをして話を続けた。


「僕は水町にダミーを頼んだ。でもすぐに絵を用意するのは不可能だ。すぐに用意できるものといえば白紙の画用紙くらいだ。だから『梱包された絵』の中には白紙の画用紙を入れた。中身は何でもよかったからそれで十分だった」


 そう言うと、アケチはビニール袋から拾ってきた絵の破片を机の上に広げた。


「でもこの中に、色のついた画用紙が混ざっている」


「どういうこと?」


「犯人は『絵』を用意したんだ」


「わざわざ自分で絵を用意して、その絵を切り刻んだっていうの?」


 私の言葉に、アケチが頷く。


 何のために? そもそも犯人の目的は何? 確か広瀬先輩は美術部に恨みを持つ者か、コンクールに出展したくない者の仕業かもって言っていたけれど……。


「コンクールって強制なのかな」


「コンクールは自由参加だそうだ。何人かは出展しないと水町が言っていた」


 ボソッと呟いたひと言に、アケチが言葉を返してくれた。


 ということは、コンクールに出展したくない者の仕業っていうのは無し。


 必然的に美術部に恨みを持つ者の仕業って事になるけれど、そうなると、対象人物が多すぎて絞りだすのは無理。


 まあ、広瀬先輩なら女の子の恨みを買っていそうだけれど、前日に部長さんの絵が隠されたってことは、部長さんに恨みを持っている人が濃厚ってところかな。


 でも、わざわざ自分で用意した絵を切り刻む理由が分からない。


 アケチは分かったのかな……。


 チラッと視線を移すと、アケチは拾ってきた絵の破片を白紙のものとそうでないものに分けていた。こういう作業をみるとジグソーパズルを思い出す……ってまさか!


「それ復元するつもりじゃないよね」


「復元するつもりはないけど……、なんかこういうのを見ていると分けたくなっちゃうんだよな」


 あっそ。でも、復元したら描いてある絵がわかるんじゃない? 絵はその人の特徴がでるもの。その絵から犯人像が浮かんだりするんじゃないの?


「絵って言っても、実際にはこれ、『絵』じゃなくて、単に色が塗ってあるだけだから、復元しても意味はないぜ」


 私の頭の中を覗いたみたいに、アケチが私の疑問に答えた。


「そうなの?」


「犯人も僕たちと同じで『絵』は必要じゃなかったんだよ。犯人にとって必要だったのは『切り刻んだ画用紙』だ」


 アケチはすでに、何かをつかんでいるみたい。


 分けていた破片をいくつか机の上に並べる。


「このふたつ、何かが違うと思わないか?」


 五枚ずつ並べて、それぞれを見比べてみる。片方は白紙の画用紙、聖来がダミーで入れたもの。もう片方は色が塗られている画用紙で、犯人が持ち込み自ら切り刻んだもの。


 画用紙自体特徴があるものじゃないから、違いを見つけるのは至難の業。


 でも、アケチがそういうからには何かあるはず。一見しただけじゃよくわからない。でも二つをよく見比べる。色が塗られている以外に違いがあるとすれば……。


同じものに見えていたそれが、スポットライトを照らされた様にハッキリと違いが見えてきた。


 切り口だ。二つの切り口は明らかに違った。白紙の画用紙の方は手で切り裂いたような切り口に対して、犯人が持ち込んだものは刃物で切り裂いたようなまっすぐな切り口。


「確かに切り口が違うけど、それがどうしたの?」


 尋ねる私に、アケチがニヤリと笑った。


 アケチはポケットから一枚の切れ端を取り出すと、犯人が持ち込んだものと一緒に並べて置いた。


「これは音楽室のゴミ箱の裏にくっついていたモノだ」


 なんでそんなところに?


「犯人が踏みつけて美術室を出たところで剥がれ落ちたとか?」


 あり得そうな過程を口にしたけれど、『廊下に落ちていた』なら可能性としてあり得る話。でも『ゴミ箱の裏』となると犯人の行動は限られてくる。


 そこで、ようやく廊下に落ちていた五線譜、アケチがゴミ箱の上にのぼったわけ、ゴミ箱の裏の破片がつながった。


「気付いたみたいだな」


 アケチがそう言った時、ガラリとドアが開かれた。

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