取り調べ

 じんくんは自分の居住区である理科室に戻ってきていた。


「ねえ、じんくん。私にも声を聞かせてよ。アケチと何を話したの?」


 じんくんは美術室で起きた『絵画バラバラ事件』の目撃者。アケチには重要な秘密を教えたみたいだけど、私には何ひとつ教えてくれない。


 じんくんはいつもと変わらず、ちょっとすました顔をしている。一向に口を開く気配はない。でも、アケチには何かを告げた。その何かを私も知りたい。


 放課後、夕日が差し込む理科室。


 私は周りに誰もいないか確認して、後ろからじんくんをギュウッと抱きしめた。

必殺技のバックハグ。


「……」


 じんくんは無言のまま。残念ながらじんくんは色仕掛けでは口を開かなかった。


 それなら今度はプレゼント作戦。ポケットからピンク色の胃を取り出した。


「ほら、じんくんの胃を治してあげたわよ。少し見た目が悪いけど、穴が開いているよりはいいでしょ」


 じんくんの、すっぽりと開いていた場所にそれを押し込む。


「あれ……ちょっと膨張しちゃったかな」


 すんなり入らず、半ば無理やりに押し込んだ。


「……」


 理科室は相変わらず静寂に包まれている。


「何よ! ちょっとくらい教えてくれたっていいじゃない。ケチ。今度からケチ男くんって呼ぶわよ」


「……」


 むにっとじんくんのほっぺをつまんでみたけれど、口を開く様子は全くない。当然と言えば当然なんだけど、やっぱりじんくんは口が堅い。どんなに誘惑しても脅迫しても屈することはない。


 私はドカッと椅子に座ると、机に頬杖をついた。そして、頭のてっぺんから足の指先まで嘗め回すように、じんくんを睨みつけた。


「あれ? じんくんの内臓……」


「何か聞き出せた?」


 唐突に後ろから声が聞こえてきた。


 振り向くと、広瀬先輩がニッコリ笑顔で戸口のところに立っていた。


「彼は何か話してくれた?」


「……いいえ、私には何も話してくれないんです」


 アケチには聞こえて私には聞こえないって、ちょっと悔しい。


 それが顔に出てしまったのか、広瀬先輩がクスリと笑った。


「莉子ちゃんって、ホント素直だね」


 は? そんな事、誰にも言われたことがないんですけど……。


「何か用ですか?」


「何か用がないと、莉子ちゃんに会いに来ちゃいけないの?」


「……いや……そんなことは……」


 うわぁ、やっぱり広瀬先輩ってちょっと苦手かも。っていうか、普通の女の子なら喜ぶべきところなんだろうけど、いつも女の子扱いされていないせいか、虫唾がはしる。


 それなのに広瀬先輩は遠慮なしに近づいてくる。


「あのさ、ちょっと時間ある? お願いしたいことがあるんだけど……」


「僕ならどんなお願いでも聞きますよ」


 にゅるぅ~っと、どこからともなくアケチが出現したかと思ったら、私と広瀬先輩の間に割って入ってきた。


 あからさまに顔を歪める広瀬先輩。


「……いや、君に用はないんだけど……」


「では、お引き取りください」


 問答無用とばかりに、アケチが広瀬先輩を追い出そうとする。いつでも誰でもウェルカムなアケチが、拒絶間満載なのは珍しい。


 けど、広瀬先輩も負けていない。


「ボクは莉子ちゃんに聞いているんだ。君じゃない」


「申し訳ないのですが、莉子はこれから大事な任務がありますので」


 そう言うと、アケチは広瀬先輩を出口へといざなう。


 に、任務って何? そんなのあったっけ?


 探偵部を設立して以来、事件らしい事件なんてなかったよね。今回のこの事件が、まさにこの探偵部始まって以来の事件らしい事件。任務と言われてもピンとこない。


 さすがに突っ込みどころ満載のワードなだけに、広瀬先輩も黙っていない。


「任務って何? あ、もしかして事件解決のための策が何かあるの? それならボク、莉子ちゃんのお役に立てるかもよ」


「守秘義務があるのでお答えできません」


 守秘義務って……っちょっとアケチ、仮にも広瀬先輩はこの事件の関係者なわけだし、一緒に現場検証までしているのに、守秘義務とか言っちゃうと、思いっきり広瀬先輩のことを疑っていますって言っているようなもんじゃない?


 大丈夫?


 なんだかいつものアケチとちょっと様子が違うけど、どうした? 何か悪いモノでも食べたんじゃないの? そう言えば、今日のお昼に食べてたよね、コロッケパン。もしや、私も食べて胸焼けしたあのコロッケパンが、曲者だったりする? 美味しそうな顔して、あざといヤツだ。


 私が、コロッケパンをブラックリストに入れようか迷っている間に、広瀬先輩とアケチは睨みあっていた。


 すると、フッと広瀬先輩が表情を緩めた。


「莉子ちゃんに絵のモデルをお願いしようと思ったけれど、また今度にするよ」


「そうですね、その手じゃ絵は描けませんよね。どうされたんですか?」


 え?


 見ると広瀬先輩の右の手のひらに、カッターで切ったような切り傷があった。朝はすぐに手袋をしてしまったからなのか、アケチに言われるまで全く気付かなかった。


「さすが探偵だね。目ざとい。……これは荷物をとこうとして切ってしまっただけさ。たいしたことないよ」


 広瀬先輩は苦笑いを浮かべた。


「そうですか。画家にとって手は商売道具。もっと大事にされたほうがいいですね」


「探偵にとって優秀な助手が欠かせないのと一緒?」


「確かに名探偵に助手は欠かせませんね。でも、僕にとって大切なのは『助手』ではありません」


 いつになく真面目な顔して言ったアケチ。


 何? どうした? やっぱりコロッケパンの仕業なの? そうなの? 恐るべしコロッケパン。


「君はもっと大切にしたほうがいい。大切なものほど失って気づくものだから」


 そう言った広瀬先輩の瞳が悲しげに陰った。


「失いたくないと思えば思うほど、すり抜けてしまう。非常に厄介なものですね」


 何なの? 何の話をしているの? アケチの大切なものってなに? 二人は何をけん制しあっているの?


 私は話の方向性が分からず、迷子になりかけた。その時、フッと広瀬先輩が笑った。


「じゃあね、莉子ちゃん。傷が治ったらまた誘いに来るよ。と言っても、僕は左利きだから絵を描くには支障はないけれど、莉子ちゃんを描くなら万全の体制で挑みたいからね」


「僕でよければいつでも言ってください」


 ポーズまで作ってニッコリ笑顔のアケチくん。


「……だから、君じゃないから」


 広瀬先輩はやれやれって感じで理科室から出て行った。


 すると再び理科室が静かになった。


 そこに私と、ちょっとご立腹のアケチ。こんな時、蓮くんが場を和ませてくれてたっけ。


 蓮くんが居ない理科室はやっぱり淋しい。


「なんで僕じゃなくて莉子なんだ? もしかして広瀬先輩は珍獣でも描きたかったのかな」


 ボソリと呟いたひと言、ちょっとそれ、聞き捨てならない。けど、それより気になる事があった。


「アケチ、任務って何?」


 ん? とアケチはとぼけた顔をする。


「そんな事言ったかな」


「言ったよ!」


 それを理由に、広瀬先輩を追い払ったのはアケチでしょ!


「それより、じんくんの言葉は聞けたか?」


 とニンマリするアケチ。なんか嫌な予感がする。


「……アケチ……もしかして見てた?」


「莉子の拷問にも屈しないとは、じんくんの精神力は驚異的だな」


「ご、拷問って……え? いつから見てた?」


 たらりと冷や汗が出てきた。もしかしてめちゃめちゃ恥ずかしい場面を見られていた?


「莉子が、じんくんにバックドロップをしようとしていたところから」


 バ、バックドロップって、あれはキュン死必至のバックハグだから! 拷問だなんて失敬な奴だ。


「黙れ。補習探偵」


 このくらいのお返しは当然。


「そのカッコ悪い呼び名はやめてくれ」


 アケチはじんくんの胸に顔をうずめた。


「国語の課題忘れて、補習受けさせられるなんてマヌケすぎるでしょ」


「フン、あんなもの五分もあればできる問題だ」


 威張って言う事じゃないから。


「だったら課題くらい、ちゃんとやってきなさいよ」


 ったく、大切な仲間の無実の罪を晴らさなきゃならない時に、なにやってんだか。

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