探偵部、ピンチです?

 昨日、寝つきは悪かったけれど、朝の目覚めは良かった。


 部長さんの絵も見つかったし、胸のモヤモヤも前日に比べれば少しは晴れていたからだろうか。


 とはいえ、睡眠不足には変わりない。


 重い瞼をこすりつつ、教室の前まで来たとき、教室にも入らず入り口で立ち尽くしている聖来の姿を見つけた。


「おはよう」


 どうしたんだろう、と思いながらも挨拶をした。

 すると、振り向いた聖来の目からポロポロと涙が零れ落ちた。


「どどどどど、どうしたの? 何があった?」


 聖来はめったなことじゃ泣かない。


見た目は可憐でかわいらしい女の子だけれど、意外と勝ち気でメソメソするような女の子じゃない。


 そんな聖来が泣いているとなれば、これはただ事じゃない。聖来をこんな風に泣かすヤツは誰であろうと、私が許さない。鉄拳制裁、鉄槌を下してやる。


「絵が……、蓮くんが……、どうしよう……莉子……」


 聖来は嗚咽交じりに教えてくれたけれど、まったく何を言っているのか分からなかった。


 すると、後ろから声がした。


「莉子、事件だ」


 見ると、いつにもなく真面目な顔をしたアケチがそこにいた。


 何なの? 朝から何の冗談? 今はそれどころじゃない。


「何よ。今はアケチにかまっていられないわよ。聖来が――」


 アケチが私の言葉を遮った。


「昨日梱包した絵がすべてボロボロにされたんだ」


 あまりに唐突すぎて、アケチの言葉が理解できない。


「は?」


 アケチ、あんた何言ってんの? 昨日カギまでかけたじゃない。誰がそんな事するっていうのよ。


 睨みつける私に、アケチは無表情で告げる。


「レンガ、レンコウサレタ」


 私の耳、おかしいのかな。いや、耳じゃなくて頭がおかしくなったのかも……。アケチの言っている事がまったく理解できない。


 レンガ、レンコウサレタ……レンガ? 蓮が? 蓮根? 連行???????? ん? ダジャレ?


 混乱している私を見かねてか、アケチがもう一度同じ言葉を口にした。


「蓮が、連行された」


 今度はちゃんと聞き取れた。聞き取れたけど、理解できない。


「 はぁ~?」


 アケチはいったい何を言っているのか。


 ウソでしょ。マジであり得ない。そんなことあるわけないじゃない。


「冗談……やめて……よ」


 冗談を言っている顔じゃない。っていうか、アケチはこんな冗談は言わない。


 聖来が泣いているのは、このせいなの?


「連くんが連行? って、蓮くんがいったい何をしたっていうの? ……まさか蓮くんが絵をボロボロにしたってこと? バッカじゃない! 蓮くんがそんな事するわけないじゃない」


「当たり前だ」


「じゃあ、なんで蓮くんが連行されるのよッ!」


 思わず声が大きくなっていた。


 その場にいた人たちが一斉にこちらを見た。


「違う場所で話そう」


 私は泣きじゃくる聖来を連れて、アケチの後について行った。


 どういう事? 全然意味がわからない。どうして絵がボロボロにされるの? しかも、なんでそれが蓮くんの仕業なの? 頭の中で同じ疑問がグルグルと回っている。

 何週目かしたところで目的地についた。


 アケチに連れてこられたのは保健室だった。


 保健室の井上先生が、聖来の顔を見ると少し驚いた顔をしたけれど、何やらアケチと話をすると、何も聞かずにベッドを貸してくれた。 来をベッドに座らせ、その隣に私も座った。


 アケチがベッドの周りをカーテンで仕切ると、井上先生が「一時間だけよ」と言って部屋を出て行った。


 さて、じっくり話を聞こうじゃないの。


「いったいどういう事?」


「今日、宅配業者に渡すはずだった絵が、すべて切り刻まれた」


 いつになく真剣な顔でアケチが言った。


「いつ?」


「部長さんが朝、登校してきた時にはすでにボロボロにされていたそうだ」


「それでどうして蓮くんが犯人になるのよ」


「その時、ちょうど蓮が美術室の前に居たらしい」


 何それ。横暴すぎない? 


「美術室の前に居たからって、なんで蓮くんが犯人になるのよ。美術室にはカギがかかっていたでしょ?」


「カギは盗まれ、そのカギを蓮が持っていたらしい」


 聞けば聞くほど分からなくなってくるし、腹も立ってくる。


「ちょっと待って、蓮くんが美術室のカギを盗んで、絵を切り刻んだっていうの? 目撃者でもいるわけ?」


「悪い事に目撃者がいるんだよ。実際に絵を切り刻んでいるところを見たわけじゃないが、美術室の前でカッターを持って立っていたらしい」


「誰なのよ、そいつ。適当なこと言っているだけじゃないの? だったらホント許せない」


 鼻息荒く問い詰める私に、アケチが若干引いている。けど、落ち着いてなんていられないわよ。だって、蓮くんは絶対に絵をキズつけるなんて事、するわけがない。


 誓ってもいい。蓮くんは聖来を泣かすような事はしないもの。万が一にもありえない。


「目の前に切り刻まれた絵があって、カッターを持っているやつがいれば犯人だと疑われるのは仕方のない事だ」


「でも、蓮くんが犯人のわけないじゃない」


「それは、俺も同感だ。たまたま美術室に行って、たまたま落ちていたカッターを拾っただけ。ただそれだけだ。蓮が犯人であるはずない。でも、犯人でなくても蓮は第一発見者と言う事になる。第一発見者を疑えっていうのは、捜査の鉄則だ。探偵部ならそれぐらいわかるだろ」


「でも……、そもそもなんで蓮くんは美術室になんか行ったのよ」


 って自分で聞いておきながら、答えはすぐに出た。


「まさか……じんくんをおむかえに行った?」


「多分な」


「多分て何よ!」


 そう言えば、さっきからアケチのの語尾が気持ち悪い。


「ちょっと、アケチ。さっきから『らしい、らしい』ばっかりじゃない。いったい何? 何がどうなってんのよッ!


話は全部『らしい』ばっかり。


「ま、まあ落ち着け。俺もさっき野村先生から話を聞いたばかりで、当事者の蓮からも部長さんからも何も聞きいていないし、実際に現場も見ていないんだ」


 私は内心頭を抱えた。


 いったいなんだってこんな事になっちゃうのよ。もう~、なんでこんな時に限って蓮くんは変に気が回るのよ。いや、蓮くんはいつだって気が利く男なのよ。アケチと違ってね。


 いやいや、ちょっと待って。そもそもの原因はアケチ? だよね。アケチがじんくんを美術室に忘れてきたから、いや、アケチがじんくんを美術室に連れてきた時点でアウトだったって事よね。


「ア~ケ~チ~。全部あんたのせいじゃない」


 怨念を込めてアケチを睨みつけると、先ほどまでの落ち着いたアケチはどこかへぶっ飛んだ。


「なななななな、なんで俺を睨んでんだよ。聖来まで俺を睨むのか?」


「当然。全部アケチが悪い! 聖来、安心して。私が犯人を見つけるからね。絵をめちゃめちゃにして蓮くんを犯人にした奴を必ず見つけてやる!」


 私は握りこぶしを突き上げて、聖来に誓った。


「莉子ぉ~」


 聖来が私にしがみついてきた。


 よしよし。


「莉ぃ~子ぉ~」


「甘えるなッ! 気色悪い!」


 アケチまで私にしがみついてきそうだったから、それは全力で拒否。


 私は聖来の頭を撫でつつ、アケチを睨みつけた。


 ばつが悪いのか、アケチは吹けない口笛を吹く。


「さて、じゃあまずは現場を見に行くか」


 吹けない口笛では場が持たなくなったアケチは、さっそく動き出す。


 でも、今は授業中。さすがに動き回るのはまずいんじゃない?


 聖来も同じことを思ったらしい。


「今は授業中よ」


「だから、いいんじゃないか。とりあえず野村先生と部長さんには現場保持をお願いしておいたけれど、時間が経てばそれも難しくなってくる」


 確かに……。なら、善は急げだ。


「じゃあ、現場に急行!」


 そう言って立ち上がると、聖来まで一緒に行こうとしたので、それは止める。


「聖来はいいよ。ここで休んでてよ」


 すると、不思議そうに首をかしげた。


「なんで?」


「なんでって、大切な絵が切り刻まれているところなんて見たくないでしょ」


「……コンクールに出す絵は無事、なんだよね?」


 そう言って聖来はアケチの顔を見ると、得意げにアケチが頷いた。


 ん? なんで? みんなの絵がボロボロになったって言っていなかった?だから、聖来は泣いていたんだよね? まあ、それだけじゃないことはわかっていたけれど。


「ごめん……意味が分からない」


「アケチ、莉子に言っていないの?」


 驚いた様子で尋ねた聖来に、アケチは得意げに言ってのける。


「敵をだますには、まず味方からって言うだろ?」


「何なの?」


 じれったくなってちょっとキレ気味にきくと、アケチが慌てて説明しだす。


「部長さんの絵が無くなった事件。僕はこのままじゃ終わらないと思った。だから、コンクールに出す絵を、誰にも気づかれないように隠してくれって頼んでおいたんだ」


 そういえば、アケチと聖来が何かコソコソと話をしていたっけ。あれは、この話だったんだ。


 な~んだ……そうか、そうだったんだ。


「誰にも気づかれないようにって……それ、聖来がひとりでやったの? え? いつ? うそでしょ」


 だって、昨日はみんなで絵を梱包していたよね。私もアケチも蓮くんも、おまけに顧問の野村先生まで呼んで、目の前で梱包したてじゃん。あれは何だったの?


「方法は簡単だ。梱包したのは当然本物の絵だけど、前もって『偽物の絵』を梱包しておいて『梱包用の段ボール』と混ぜて用意しておく。あとはこっそりすり替えるだけ。題して『砂粒を隠すにはハワイのビーチに隠せ作戦』」


 って、だーかーらー、それを言うなら『木は森に隠せ』だから! 簡単に言うけど、言うほど簡単じゃないよ、それ。


 一人くらい不審に思いそうなものだけれど、そんなんでよくバレなかったと感心する。


「梱包用の段ボールはもともと教室の隅に置いてあったから、誰も気に留めることはないさ。そもそも『偽物の絵』が梱包してあるなんて、誰も思わないからな」


「びっくりするくらい単純なトリックよね。私もアケチに言われたときは半信半疑だったんだけど、莉子にも気づかれなかったってことは、運が良かったのかな」


「運が良かったって……、もしバレていたらどうするつもりだったのよ。しかもアケチの案なんて、私は恐ろしくて試す気にもなれないよ」


 聖来って案外度胸があるのね。


「バレたらアケチがなんとかしてくれるって言っていたから」


 ゲゲゲ、アケチそんなことまで言っていたの? あいつ、絶対なんも考えていなかったと思うよ。


 疑いの眼差しを向けると、案の定、アケチは吹けない口笛を吹きだした。


 ほら、やっぱり何も考えていない。


「ほら、行くぞ。一時限目が終わる前にはひと通り見ておきたいからな」


 私の視線に耐えられなくなったのか、アケチは足早に保健室を出ていく。私と聖来もそれに続いた。


 美術室に来てみたけれど、当然美術室にはカギがかかっていて中には入れない。でも、ドアのガラス窓から中が見えた。


 中を覗くと、梱包された絵が段ボールごとメッタメッタに切り刻まれ、破片があちこちに散乱していた。


 美術室のドアは二か所。前方と後方にあり、両方ともカギがかかっていた。それと、教室の上の部分に通気窓があるけれど、どれも閉まっている。


 もし開いていたとしても、通気窓は高すぎて台がないと届かないし、仮に台があったとしても、窓は小さすぎて小学生くらいの小柄な人しか入り込めない。


 この学校にそんなに小さな人がいるとは思えないけれど、仮にいたとしても犯人を特定されやすい侵入経路は選ばないはず。


 だったら部外者の犯行か……。


 でも、部外者が学校内に入り込むのは難しい。夜中に入りこもうとすれば、セキュリティに引っかかるだろうし、外から入ろうとしても美術室は二階だから窓からの侵入は無理。


 ここから見る限りでは、窓にはちゃんとカギがかかっているし、割られた形跡もない。


 となると、侵入経路はこの前後のドアしかない。カギが壊されていないところをみると、やっぱりカギを開けて中に入ったことになる。


 確かアケチの話だと、カギは蓮くんが盗んだことになっている。でも、蓮くんは美術室のカギがどこにあるのか知っていたんだろうか。もし、知っていたとして、蓮くんはいつそのカギを盗んだんだろうか。


 それよりも、さっきから誰かの視線が気になる……と思ったらじんくんがこちらを見ていた。


 うわっ! 


 美術室にいるじんくんってちょっと……いや、かなり異質。


 あれ? でも何でじんくんこっち向いてんのかな。確か、みんなで楽しく話ができるようにヴィーナスと向かい合わせにしておいたはず。


 ヴィーナスに背を向けるなんて喧嘩でもしたのかな、ってたとえ喧嘩したとしても体の向きを変えることは不可能だよ。やっぱりこれって学校の七不思議? 夜中になると、人体模型が動き出すっていう、あれ。やめてよ、じんくんを不気味だと思ったことはないけれど、私ホラーは苦手なんだから。


 ブルッと背筋に冷たいものを感じて、自分の体をギュッと抱きしめる。


 そしたら、アケチの手がポンと頭の上に置かれた。


「うちの冷蔵庫にも七不思議があるって知っているか?」


「え?」


 見上げると、アケチはあまり見ない真剣な顔をしていた。


「うちの冷蔵庫に入っているプリンが、夜中になると勝手にどっかへ行っちゃうんだよ」


 どっかへ行っちゃうって……、それおばさんが私んちにおすそ分けしてくれているだけでしょ。


 ジロリとアケチを睨みつけると、アケチは私の頭をクシャッと撫でた。


「わぁ~、アケチ何すんのよ。前髪がクシャクシャになったじゃない。JKはね、命の次に前髪が大事なんだからね!」


「ふんっ。莉子がガラにもなく辛気臭い顔してんのが悪いんだよっ」


 もうぉ~、何してくれてんさ。


 ブツブツ言う私を、聖来がクスッと笑った。


「何?」


「何でもない。莉子ってかわいいなと思ってさ」


「何それ。嫌味?」


 超絶美人の聖来に言われても、からかわれているとしか思えないんだけど。


「そんなことより――」


 アケチが咳払いをして話題を変える。


 ちょっと待って。私の前髪は『そんなこと』じゃなないから、って抗議しても相手にしてもらえないようだから、この反撃は後にとっておく。


 アケチは聖来に向き直る。


「聖来、いくつか聞きたいことがある」


「何?」


「美術室のカギはいつもどこにある?」


「職員室。教頭先生の机の隣にキーボックスがあるんだけど、その中よ」


「なるほど、僕たちが活動している理科室と同じか」


 ということは、蓮くんが美術室のカギがそこにあることを知っていても不思議じゃないし、盗もうと思えばいつでも盗める。


 だってカギを借りるときは、記録簿に日時と氏名を記入するだけだもん。


「合鍵なんてものは存在するか?」


 家のカギじゃあるまいし、合鍵なんて作ろうなんて思ったこともないけど、犯罪を企んでいたなら合鍵を作っておくのは必須かも。


 でも、カギは簡単に手に入る状況だから、あえて合鍵を作る意味はなさそう。


「学校のカギって少し特殊らしくて、そう簡単に合鍵が作れないようになっているみたい」


 なるほど、となるとカギは職員室にあったものを盗ってきたことになる。


 じゃあ、カギはいつ盗まれたのかってことになるんだけど、私たちが使っている理科室のガキも同じところだし、セキュリティー的にも万全とは言い難い。盗む気になればいつでも誰でも盗める。もちろん蓮くんにも盗む機会はいくらでもあった。蓮くんのポケットにカギがあったことは、変えられない事実。それを覆すのは相当難しい。


 蓮くんが盗んでいない証明をするのは、限りなく不可能に近い。


 いわゆる『悪魔の証明』ってやつ。


「~していない」「~が存在していない」ことを証明するのはむちゃくちゃ難しいっていうより、無理。プロでも難しいことだもん。


 だってサンタクロースがいないって証明は誰にもできない。プレゼントがクリスマスに届かなくても、それはサンタクロースがいない証明にはならない。だって、サンタさんも風邪をひいてこれなかっただけかもしれないし、欲しかったプレゼントが用意できなかったのかもしれない。


 だから、サンタクロースは存在するのよ。サンタさんを信じていたっていいじゃない。


 ……じゃなかった。


 蓮くんがカギを盗んでいない事を証明することは難しい。


 絵が切り刻まれた事実は存在しているから、真犯人を見つける意外、蓮くんの無実は証明できないのよね。


 う~ん……ん?


 廊下の隅に紙切れを見つけた。拾い上げてみると、それは五線譜だった。


 何でこんなところに? って思ったけれど、そういえば美術室の隣は音楽室だから落ちていても不思議じゃない。だけど、少しだけ違和感を覚えた。


「どうした? 莉子」


 紙切れを見つめていた私に、アケチが声をかけてきた。私は持っていた紙切れをアケチに見せた。


「五線譜か……」


 そう呟いたアケチは、私の手から五線譜の紙切れを奪うと、音楽室へと入っていった。


 すぐに出てきたアケチはゴミ箱を抱えていて、いきなり廊下へゴミをまき散らした。


「ちょっと何やってんのよ、アケチ。ゴミを散らかさないでよ」


 って言う私の言葉なんかまったく聞き耳を持たず、アケチはゴミ箱をひっくり返した。そのゴミ箱の裏にも紙切れがついていた。白い紙かと思ったそれは、少し厚めの紙で裏を見ると絵の具のようなもので青く塗られていた。


 アケチはその紙をポケットにしまうと、ひっくり返したゴミ箱の上にのぼった。


 すると、ちょうど通気窓に手が届いた。そして、その窓をガタガタと揺らし始めたかと思えば、数秒もしないうちに窓を揺する音が止んだ。


「なるほど」


 それだけ言うと、ようやくアケチがゴミ箱から降りた。


「なるほどって……何がなるほどなのよ」


「カギが開いた」


「「え?」」


 私と聖来が同時に声を発した。


 そんなことでカギが開くわけないじゃない。


 そう思ってゴミ箱の上にのってみた。そしたら、下からだとよく分からなかったけれど、ガラス窓によくある形のカギで、アケチがガタガタ揺らした窓だけ、カギが開いていた。


 開くには開いたけれど、でも、それだけの事。ここから中に入れるわけじゃない。私は背が低いから、ようやく窓に手が届く程度だ。アケチならなんとか登れなくもないが、登れたところで窓が小さすぎて、やっぱり中に入ることは不可能だ。


「お前ら、そんなところで何をやっているんだ!」


 突然怒鳴られたせいで、私は驚きのあまりゴミ箱の上でバランスを崩してしまった。


「うわっ」


 このまま廊下に落下してお尻を強打することが確定、と思ったけれど、さほど激痛はなかった。


「うううううう……」


 下からうめき声……って私がアケチを下敷きにしていた。


「あ? アケチ……ごめん」


「いいから、早くどいてくれ……朝飯が口から出そうだ」


 そりゃ大変だ。助けてもらっておいて申し訳ないけれど、ここでリバースされても私は助けてあげられない。慌ててアケチの上からどいて、手を差し出した。


「大丈夫? まさかアケチの上に落ちるとは思わなかったよ」


「まさか莉子が降ってくるとは思わなかった。どうせ降ってくるならもっと可愛い子が良かったな」


 ……。


「アケチくん。一発……いや二発ほど、朝食のデザートにパンチはいかが?」


 握ったこぶしがプルプルと震える。それを見たアケチの顔は一瞬にして青ざめる。


「け、結構です」


 ふん。どうせ、私はかわいくないもん。本当はありがとうって言いたかったのにな……。


「小林、すまん。急に怒鳴って悪かったな。大丈夫か?」


 声をかけてきたのは、美術部の顧問、野村先生だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る