胸やけは不治の病
「いったいこれは何の騒ぎ?」
突然、さわやかな声が響き渡った。一斉に声がした方を見た。
すると、長身の男子生徒が教室の戸を背もたれにして立っていた。
誰? なかなかのイケメンくんだけど、はじめましてです。
「美術部にしてはずいぶん騒がしいけど、これから何か催しでもあるの?」
部長さんの絵がなくなったばかりでみんな殺伐としている中、妙にのんきなことを言うその人は、飄々とした様子でこちらに近づいてきた。
すると、アケチが一歩前に出た。
「昨日、部長さんの絵が隠されまして、これ以上イタズラされないようにとっとと梱包して送ってしまおう、ってことになったんですよ。えっと……」
向こうにしてみればこちらの方が部外者なんだけど、アケチは、お前は誰だ? って表情を思いっきり顔に出している。
「ああ、ボク? ボクは三年の広瀬圭吾(ひろせけいご)、一応美術部の副部長。よろしく」
気分を害した様子もなく、むしろ好意的な態度ですんなり自己紹介してくれた。
見た目もそこそこだけど、対応もなかなかスマートだ。うちの部長も少しは見習ってほしいものだ。
「僕は探偵部の立花智明です。よろしくお願いします」
と負けじとスマートに挨拶したアケチ。
やればできるじゃん! さっきまで、半泣きでじんくんの胃の穴を気にしていた人とはまるで別人だ。できれば、いつもこうであってほしい。
「もしかして、そこに居る可愛い子と、イケメンくんも探偵部のメンバー?」
広瀬先輩の言葉に、突然キョロキョロしだしたアケチ。
「なぁ、莉子……可愛い子なんて、うちの部に居たか?」
もしもし、アケチくん? それを私に聞くかな。思わず私まで『可愛い子』を探してしまったよ。戸惑う私をよそに、蓮くんが一歩前に出た。
「一年の神津蓮です」
あれ? 蓮くん、広瀬先輩の事睨んでる? な、なんか、蓮くんのオーラが『聖来には絶対手を出すな』って言っている気がする。まあ、恋敵になりそうな人物ではあるもんね。けん制しておいて損はないけれど、聖来は蓮くんしか見ていないから、そのけん制は無意味なんだけどね。だからなのか、広瀬先輩は全くガードされていない私に、ニッコリ笑顔を向けてきた。
「で、君が莉子ちゃんね。よろしく」
瞬時に人の間合いに入ってくる素早さは、アケチの図々しさと負けず劣らずの速さだ。
「よ、よろしくです」
警戒する私をよそに、にっこり笑顔の広瀬先輩。
「それで、これから何をするの?」
思いっきり広瀬先輩のペースに飲まれた私たちは、一瞬何故ここに居るのかという大事な事を忘れかけた。
さすがのアケチも広瀬先輩のペースについていけていなかったみたい。
「え~と……」
口ごもるアケチに代わって口を開いたのは、谷口先輩だった。
「絵を梱包している間、信用のおける人物を立会人として見届けてもらおうって話になって、その立会人は誰が適任かって話をしていたの」
あ、そうだった。
「ふ~ん。ボクは莉子ちゃんだけでも十分だけれど、そうだな、顧問の野村先生が適任なんじゃない?」
話の前半は軽すぎてちょっと引くけれど、確かに顧問の野村先生なら文句はないはず。
これには谷口先輩も文句の言いようがないのか反対意見を口にする様子はない。あとは部長さんが了承すればいいだけなんだけれど、何か引っかかっているのか、乗り気じゃないみたい。
部長さんはさっきからずっと黙って、渋い顔をしている。
「いつ送っても入賞には関係ないんだし、無事に送れるならそれでいいでしょ? それとも、送りたくない理由でもあるわけ?」
広瀬先輩の口調が変わった。先ほどまで軽い口調で話していたのに、何故か剣のある言い方をした広瀬先輩に、部長さんがジロッと睨んだ。
「送りたくない理由なんか……ない」
部長さんはたっぷり不機嫌さを声に含ませて放ったけれど、広瀬先輩は気にする様子もなくニッコリとほほ笑んだ。
「じゃ、作業に取り掛かろうか」
「私、野村先生を呼んできます」
広瀬先輩の号令がかかると、私たちを呼びに来たショートカットの女の子が慌てて美術室を出て行った。
残ったみんなで梱包用のシートや段ボールを用意した。
その時、アケチと聖来が何かコソコソと話をしていた。
聖来は少し戸惑っているようだけれど、アケチが肩をポンポンと叩くと、小さく頷いて笑顔を見せた。
アケチがこっちに来たので聞いてみた。
「聖来と何を話していたの?」
「たいしたことじゃないよ」
そう言ったきり何も教えてはくれなかった。たいしたことじゃないなら教えてくれてもいいのにと思わず唇が尖ってしまう。
すると私の胸がまたもやモヤモヤと……。また胸やけ? 今日のお昼に食べたコロッケパンのせいかな。最近どういうわけだか胸やけがする。ちょっと食べすぎかな。気をつけよ。
そんなことを考えていたら、野村先生がきた。
美術室に入った瞬間、野村先生は顔を歪めた。
「ずいぶん物々しい雰囲気だな」
「大切な絵を守るためです」
アケチが頭を下げた。
「まあ、みんなが一生懸命描いた絵だ。無事に相手に届けばそれでいい」
そう言うと、野村先生は美術室の端に置いてあった椅子に腰かけた。
私とアケチと蓮くん、それにじんくんは野村先生の隣でみんなの作業を立ち会うことにした。
まず、聖来がみんなに梱包用の段ボールを配った。部長さんは相変わらず渋い顔をしたまま黙々と作業をしている。谷口先輩はまだ聖来の事を疑っているのか、時折厳しい視線を聖来に向けていた。
広瀬先輩は手早く自分の絵を梱包し終えると、手間取っている部員を手伝っていた。
聖来は、谷口先輩の視線が気になるのか、少し哀し気な表情を見せたが、他の部員たちと仲良く話をしながら作業をしていた。
時折、アケチがじんくんに話し掛けていたみたいだったけれど、それはあえて無視。
最後に台車にひとまとめにして、宅配業者が運びやすいように準備をした。 みんなが梱包作業を終えた時、外はうっすらと暗くなりかけていて、時計を見たら七時を過ぎていた。
野村先生が宅配業社に電話をした。
「え? ……そうですか。わかりました。では、明日の十時にお願いします」
そう言うと、スマホを胸ポケットにしまった。電話の様子から、今すぐには集荷に来てもらえないようだと分かる。それを察して真っ先に不服を唱えたのは谷口先輩だ。
「明日の朝までここに置いておくんですか?」
「受け付けは十八時三十分までだそうだ。でも明日の十時には取りに来てくれるし、コンクールには十分間に合うし大丈夫だろ」
事の発端はこれ以上イタズラされないうちに絵を送るという事だったんだけど、野村先生の中では、コンクールに間に合うか否かが重要事項になってしまっていた。
「そんな……」
「今日はカギもかけるし、そんなに心配することもないだろ」
落胆する谷口先輩に、野村先生は明るい口調で宥めたけれど、納得できない様子だ。
「部長はそれでいいんですか?」
窺うように尋ねた谷口先輩の言葉に、部長は小さくうなずいた。
絵の梱包を終えた安堵感か、カギをかけるという安心感からなのか、部長の表情が少し和らいだ気がした。
「よし、じゃあ、みんな教室を出て。カギをかけるぞ」
野村先生はひと際大きな声を出すと、みんなを急き立てた。私たちも慌てて教室を出る。
野村先生がしっかりとカギをかけたのを見届け、今日は解散となった。
「探偵部のみなさ~ん。今日はありがとう」
陽気な声で手を振る広瀬先輩。会釈を返すと、一層明るい声が返ってきた。
「じゃあね~。莉子ちゃん」
名指しして呼ばれて、つい手を振り返してしまう。
「なんで手を振り返してんだよ……」
アケチがぼそりと言った。
だって、あんな笑顔で手を振られたら、誰だって手を振り返したくなるでしょ。
「じゃあね~、アケチく~ん」
ニッコリ笑顔で手を振る私に、アケチも笑顔で手を振り返した。
「ほら、手を振り返したくなるでしょ」
「確かに……って、莉子。広瀬先輩には気をつけろ。あの人、なんかひと癖ありそうだ」
う~ん、確かに何か隠し持っていそうだけれど、癖だらけのアケチに言われても、説得力がないなぁ~。
「優しそうだけれど、広瀬先輩っていつもあんな感じの人?」
ここはやっぱり同じ部の聖来に聞くのが一番でしょ。
「広瀬先輩って、一見気さくな人に見えるけど、アケチの言うとり、ちょっとクセがあって、気さくな人だと思っていくと、突然突き放されるところがあるんだよね。悪い人ではないんだけど。でも、あんなにグイグイ来ることはないかも」
なるほど。人は色んな顔を持っているってことなのね。まあ、何はともあれ、これで一件落着かな。アケチが大きく伸びをした。
「ふぅ~。なんだか今日は疲れたな。帰りにお好み焼きでも食べて帰るか」
アケチは、さも大仕事を終えたような口ぶりで言った。
「アケチはただ見ていただけでしょ」
「ただ見ていただけではない! 万事抜かりがないか、僕はしっかり監視していたんだ」
はいはい。そんな事より、聖来が気になる。なんだか元気がない。仕方ないか。犯人扱いされれば誰だって傷つくよ。こんな時は蓮くん。出番ですよ。って、おーい蓮くん。蓮くんまで暗くなってどうすんのよ。こんな時はそっと傍に行って元気づけてあげなきゃ。
私は恋のキューピッドみたいに、蓮くんにこそっと声をかけた。
「蓮くん、聖来を励ましてあげてよ」
「え? 俺? でも……。俺……なんか、ほら出しゃばりすぎただだろ? あいつ怒っているみたいで、口きいてくれないんだ」
そういえば、蓮くんものすごい勢いで走っていったもんね。それに谷口先輩にもめっちゃかみついていたし。女の子なら普通喜ぶけどな。自分のために一生懸命庇ってくれたら、私だったら嬉しい。聖来だって嬉しいはず。だって聖来は……。
私には聖来が怒っているようには見えないけど。
今度は、こそっと聖来に声をかける。
「ねえねえ、聖来さぁ~、蓮くんの事怒ってんの?」
直球をぶつけた私に、聖来は驚いたように目を見開いた。
大きな目がさらに大きくなり、目玉が落ちそうだ。
「私の事疑いもせずに一生懸命庇ってくれたんだよ。怒るわけないじゃない」
ほらやっぱり。聖来だって喜んでいる。
「じゃあ、何で蓮くんと話さないの?」
すると、聖来の顔が真っ赤になった。こんな聖来を見るのは初めてだ。
「……なんか、恥ずかしくて……」
はいはい。気を揉む私はお邪魔虫。さっさと退散します……って、ん? なんかさっきから誰かに見られているような……。視線を感じて周りを見渡してみたけれど辺りは暗いし人の気配すらない。
夜の学校ってやっぱり不気味よね。
「あ―――――――――――――――ッ!」
突然アケチが叫んだ。
いきなりそんなでっかい声出したら、びっくりして心臓止まるじゃん。今さっき、学校は不気味だな、なんて思っていただけに、恐怖倍増だよ。アケチ、私を殺す気か?
「何?」
「じんくん美術室に忘れてきた!」
「もう、何やってんのよ」
すぐさま戻ろうとするアケチを、私は慌ててひき止めた。
じんくんを連れ戻しに行って万が一にも絵に何かあったら、アケチが疑われるのは目に見えている。
ったく、探偵名乗るんだったら、そのくらいの機転は利かせてよ、アケチくん。
「もうカギかけちゃったし、たまにはじんくんだって美術室にお泊りしてもいいんじゃない? ほら、ヴィーナスもブルータスもいるし、淋しくないわよ。明日、お迎えに行けば大丈夫よ」
「そうだな」
気を取り直して前を向いたアケチだったけれど……。
「あッ!」
再び叫んだアケチ。免疫あったからそんなに驚かないけれど、今度は何?
睨みつける私に、アケチはポケットからピンク色の丸っこいものを出した。
「じんくんの胃を持ってきちゃった」
「ヴィーナスもブルータスも胸から下はないから、じんくんの胃がなくてもきっと驚かないわよ」
と言う私の言葉に、蓮くんと聖来が首を振った。
「そういう事じゃないと思うよ」
「うん。違うな」
「え? 違う? 何が?」
アケチも目が疑問符になっているから、きっと頭の中は私と一緒だ。
すると、蓮くんがアケチの手から胃を取り上げた。
「俺が理科室に置いてくるよ」
「え? 胃くらい一日持って帰っても大丈夫だろ」
「いや、アケチが持って帰ったら、胃が荒れそうだ。ピロリ菌を探す気だろ」
「……」
黙るアケチ。ま、まさか本気でピロリ菌探そうとしていた?
蓮くんさすがだわ。私はそこまで考えもしなかった。
「じゃ、私が持って帰るよ。穴も直しておくよ」
さすが女の子。気が利くでしょ。なんてちょっと得意げに言ってみたけれど、手を差し出したら、蓮くんにパチンとはたかれた。
「莉子。無理はするな。じんくんの胃がフランケンシュタインになる」
「……」
グググググ……何も言い返せません。
早くも、蓮くんの足は理科室に向いている。
「日誌も途中だったし……」
聖来の名前を聞いただけで、ふっ飛んでったもんね。
「日誌なんて明日でも大丈夫でしょ」
たいした活動なんてしていないんだから、そんなに急ぐことはないと思うけれど、なぜか、今日に限って日誌にこだわる蓮くん。
「そんなに時間かからないし、お前ら先帰っていいから」
そう言うと、蓮くんはそそくさと行ってしまった。
もしかして蓮くん、逃げたな。聖来と話すのが気まずくて逃げたよね。
でも、聖来も気まずかったのは同じみたいで、少しホッとしている。二人の距離が近くなるのはもう少し先みたい。なんて考えていたら、聖来の事をじっと見つめるアケチの姿が目に入った。ズキン、とまた胸が痛む。ああ、私やっぱり変な病気かも。最近胸が痛くなるし、ギュウと苦しくなるのよね。なんでだろ。
「水町……」
いきなりアケチが真面目な顔して聖来を呼び止める。なんか余計に胸が苦しくなってきたんだけど……。
「部長さんの絵をどう思う?」
「へ?」
「え?」
間抜けな返事をしたのは私。シャレみたいな返事をしたのは聖来。
いつになく真剣な表情で聞いてきたから、何かと思えば部長さんの絵の事だった。
なんだ。……なんだ、ってなんだ? なんか胸の痛みもなくなったかも。
「部長さんの絵だよ。風景画が得意な部長さんが、今回に限って人物を描いたのはどうしてだと思う?」
「え? 部長は人物画を描いたの?」
聖来が少し驚いたように聞いた。意外や意外。この期に及んで聖来は部長さんの絵をまだ見ていないみたい。
「やっぱり見てないのか?」
確認するアケチに、聖来が小さくうなずいた。
「と言う事は、部長さんの絵を見たのは谷口先輩と莉子だけか」
アケチに言われるまでは何とも思っていなかったけれど、改めてそう言われるとなんか得した気分。
「なんていうか……私には芸術的なことはよくわからないけれど、とっても儚げな絵だったよ」
「莉子に芸術的センスは求めてないから、安心しろ」
はいはい。どうせ私は何を描いても案山子です。
「で、どうなんだ? 風景画を得意とする部長さんが、あえて人物画で挑戦するのはどうしてだと思う?」
「どうしてそんなこと聞くの?」
聖来が不思議そうに尋ねた。
「部長さんにとっては、今回のコンクールは言わば正念場だろ? 普通はそうゆう時、自分の得意なもので勝負するだろ? 部長さんは風景画で優秀賞をとった。それに部員の子たちも部長さんの人物画は見たことがないともいっていた。なのに、今回に限って人物画とはどういうことだろうと疑問に思っただけさ。これまであまり描かなかった人物画であえてチャレンジする意味が僕にはわからない」
アケチが言うことはもっともで、普通ならあり得ないことのように思う。絵の事を知らないからそう思うだけなのかも。
「う~ん……なんとなくだけど、チャレンジっていう捕らえ方もあるけれど、入賞者の常連になると、趣向が似てくるから『いつも同じような絵』っていう印象を持たれてしまう事があるみたい。でも、たいていは絵に特徴が出るから、絵を見ただけで誰の絵かわかるんだけどね。だから、あえて目先を変えて、これまでとはまったく違う絵を描く人もいるって聞いたことはある」
「なるほど、レオナルド・ダ・ヴィンチがピカソみたいな原色で幾何学的なモナ・リザを描いたらぶっ飛ぶもんね」
「……」
あれ、そういう事じゃないの? 聖来の視線が少し痛い気がするけど気のせいかな……。アケチの視線までなんか冷たい。
「私は部長の幻想的な風景画、好きだけどな」
聖来がぼそりと呟いた。私の言葉は無視しましたね。
「芸術的なことはよくわからんけど、確かにあの優秀賞をとった絵は、素人ながらいい絵だと僕も思う」
あ、アケチも私の言葉を無視ですか。じゃあ、あえて私もそこに触れるのはやめておきましょう。
「でもさ、同じコンクールに応募するって、プレッシャー感じない? しかも前回賞をもらっているだけにさ」
「それはある! 前よりもっといい絵を描かなきゃって思うと、筆が動かなくなる時あるもん。そうか、だからあえて人物を描いたのかも」
「なるほど……」
なるほどと言っているわりには、アケチは納得できていない感じ。
「何か、他に気になることでもあるの?」
私の質問に、アケチは少し考えた末に口を開いた。
「う~ん……絵が見つかった時、部長さんの反応はどうだった?」
部長さんの反応ね……どうだったかな。大騒ぎして探していたわりにはたいして喜んでいなかった気がする。
「ひと言でいうなら拍子抜けしたって感じかな」
「拍子抜け?」
「うん、谷口先輩のほうが、無事に絵が見つかってよかったって喜んでいた気がする。対して部長さんは自分の絵のことなのに飄々としていたかな」
「なるほどね」
今度の『なるほど』はちゃんと納得しているみたい。一人で納得していないで、ちょっとは教えてほしい。でも、聞く前にアケチは次なる質問を聖来にぶつけた。
「ところで谷口先輩は、どうしてあんなに水町に対して攻撃的なんだ?」
部長さんの絵を隠したのも、根拠も証拠もないのに聖来のせいにしていたし、絵の梱包をしているときも、聖来に時々厳しい視線を向けていたのよね。それは、私も気になる。
「心当たりがないんだよね……。私気に障るようなことをしたかな」
「いつからだ?」
「う~ん、気付いたらそうだったから何とも言えないけど、つい最近だと思う」
「そうか」
アケチ、また考えこんじゃった。何でだろう。
聖来の事は友だちだし大好きだから、アケチも聖来の事を心配してくれるのはすごくうれしいんだけど、……けど、アケチがそこまで聖来の事を気にしているのが、なんか気になる。アケチ、聖来の事が好きなのかな……。もしそうなら応援したいけれど、でも、聖来は蓮くんの事が好きだし、蓮くんも聖来の事が好きで、二人とも両想いで万事オッケーてな感じだから、アケチが入る隙なんてないよ。
これじゃあアケチがどんなに好きでも報われないじゃない。傷つくアケチはちょっと見たくないかも……。って、そっか、胸の痛みの原因が分かった気がする。アケチの恋が報われないのが辛いんだ。な~るほど。だから、胸が痛くなるのね。変な病気じゃなくてよかった。
これで、今日はよく眠れる……はず、よね。
「どうした?」
アケチが私の顔を覗いてきた。
思いの外アケチの顔が近くにあってびっくりした。
「え! 何? べ、別に……」
「莉子、顔が赤いぞ。熱でもあるんじゃないか?」
そう言うと、アケチは私のおでこに手を当てた。
「ひゃっ」
「な、なんだよ。変な声出して」
「だ、だって、アケチの手が冷たかったから」
そうは言ったけれど、何故だか心臓がバクバクしている。顔も火照ってきた。わたし、本当に熱でもあるのかな……。今日は早く寝よ。
なんだかアケチの顔が見られなくて、私は足早に歩きだした。
「おい、莉子ぉ~。いきなりどうしたんだよ」
「別に。早く帰ろ」
聖来は私の顔を見て、ニヤニヤ笑っている。
「な、何?」
「別に」
そう言いながらも、聖来は帰る途中、ずっとニヤニヤしていた。
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