白馬の騎士、参上
世の中には謎がたくさんある。
何故、イカ墨パスタはあるのにタコ墨パスタはないのか。
何故、おばちゃんはコミュ力が高いのか。
何故、くしゃみをする時、目をつむってしまうのか。
何故、黒板をひっかく音を聞くと、ブルッとなるのか。
何故、校長先生の話は長くて眠くなるのか。
謎は尽きない。
けれど一番の謎は、成績優秀、運動神経抜群で超イケメンの蓮くんが探偵部に所属している事だと私は思う。
放課後、探偵部にあてがわれた理科室で、蓮くんが姿勢よく活動日誌を書いている。
「なんでぇ~、私を見捨てたのぉ~」
私はまるで怨霊のような不気味な低い声で、蓮くんに恨み言を吐き続けていた。
「だから、ごめんって言っているだろ。いい加減機嫌直せよ。そろそろ金縛りに遭いそうだ」
「金縛りが何よ。私はね、もう少しでライオンの餌になるところだったんだからね」
ホント怖かったんだから谷口先輩。生きて帰ってこられたのが不思議なくらいだよ。
「お前なんか、ライオンの餌でも糞でもなってしまえ!」
そう叫んだのはアケチだった。
アケチは、私が絵の隠し場所を突き止めてしまったもんだから、いじけている。さっきからずっと、人体模型の『じんくん』の内臓を出していろいろつついている。そりゃあ、おいしいところを持っていかれたのだからいじけるのも分かるけれど、糞はないでしょ、糞は!
「ふ、糞って……酷すぎじゃない? 食べられちゃってるし、消化までされちゃってるじゃん私」
「お前なんか、フンコロガシにさえ相手にされない糞だ!」
「はぁ~? 私はフンコロガシに奪い合いをされるぐらいの糞なんだからっ!」
「ああ~? 誰がお前みたいな糞を、奪い合うかよ」
なんだとぉ~、って握りこぶしを作ったところで、蓮くんが間に入った。
「二人ともいい加減にしろよ。莉子、お前自分で糞って言っちゃってるぞ」
「あああ……」
蓮くんに止められて、言い返す言葉を失った私。
アケチは勝ち誇ったように口の端を上げて笑っている。それがまた悔しい。
「そんなことより、絵を隠した犯人て誰なんだ?」
再び日誌を書きはじめた蓮くんがアケチに聞いた。
そんなことよりって言った? 私が糞にされたんだよ。糞だよ糞。もし、聖来が糞にされたら、蓮くん黙っていないよね。絶対烈火のごとく怒るでしょ。
恨めしい視線で蓮くんを睨みつけたけど、蓮くんはシレっと無視した。
ぐぐぐぐぐぐぐ……。
どうやら蓮くんも私が絵を見つけてしまったのが悔しいみたい。
まあ、アケチのヒントがなければ絵を見つけることはできなかったけどね。って、これは口が裂けても言いたくない。だから、糞の話はこれでおしまい。
「部長さんは犯人を探すことはしない、って言っていたけれど、やっぱり気になるよね。確証はないって言っていたし、アケチは犯人の目星はついているの?」
隠された本人が穏便に済ませたいって言っている以上、公にするつもりもないし、攻め立てるつもりもないけれど、やっぱり犯人は気になる。
「よくぞ聞いてくれ――」
アケチが得意げに語ろうとした時、勢いよく扉が開いた。
「大変ッ!」
叫ぶように入ってきたのは、ショートカットの元気そうな女の子。
誰?
私もだけど、アケチも蓮くんもその女の子の姿に、一瞬クエスチョンマークが浮かんだ。
全く知らないような……でも、どこかで見たような……。しかも最近見た気がしないでもない。記憶をたどると、すぐにその人物の情報がはじき出された。確か美術部員で、昨日事情を聴いた三人組のうちの一人だ。
「どうしました?」
アケチがじんくんに肺を押し込みながら尋ねると、一瞬顔を歪めた。でもその場に蓮くんの姿を見つけると、すぐに乙女の顔に戻った。
「水町さんが……」
女の子が名前を口にしただけで、蓮くんは日誌を放り出して理科室を飛び出した。
あっけに取られて口をポカンと開けている女の子。
すでにこの場に居ない蓮くんに代わって、私が続きを尋ねた。
「聖来がどうしたんですか?」
「……犯人にされちゃって……」
「「なんだってッ!」」
アケチと私は同時に叫んだ。すぐさま教室を出ていこうとしたけれど、私はアケチを制止した。
「あんたはじんくんの内臓を、ちゃんと元に戻してから来なさい」
さっきの『糞』の仕返しではない。絶対、違う。睨みつける私に、アケチは泣きそうな顔をする。
「なんでだよ」
「じんくんも大切な仲間でしょ。内臓がひとつでもなくなったら許さないわよ。それにじんくん以外に誰もあんたの愚痴なんか聞いてくれないわよ」
「わ、わかったよ。けど、いいか。感情的になったらダメだぞ。あくまでも冷静に、冷静にだぞ」
「はいはい」
半泣きのアケチをじんくんに託して、私はショートカットの女の子と美術室へ走った。
アケチの忠告むなしく、美術室から怒声が響いてきた。
「なんで水町が犯人なんだっ! こいつだって被害者だろ」
蓮くんが珍しく声を張り上げていた。すると次にライオンが吠えた。
「被害者に見せかければ疑われないものね」
「はぁ~? なんの根拠もないくせに勝手なことを言うなッ!」
いつもの冷静さをどこかへ落としてきたのか、蓮くんは乱れまくっている。蓮くんは聖来の事になると周りが見えなくなるからなぁ~。まさに愛のために吠えるトラだね。
でもライオンも負けていない。
「根拠ならあるわ。部長の絵に嫉妬したのよ」
「そんなの根拠でも何でもない。単なるこじづけじゃないか」
二人が激しく言い合いをしている傍で、聖来はどうしていいのか分からず、オロオロしている。私が聖来の元に行くと、聖来は安心したのか堪えていた涙が頬をつたった。
「この騒ぎは何だ?」
と、ここでようやくゴブリン登場。
瞬時にライオンが猫を被った。
「水町さんが部長の絵を隠したんですよ」
「誰が犯人捜しをしろといった?」
蓮くんが反論する余地もなかった。
少し甘えたような言い方をする猫の皮を被った谷口先輩を、部長さんはジロリと睨みつけた。睨まれるなんて思ってもいなかったのか、谷口先輩は一歩後ずさる。
「犯人捜しはしないって僕は言ったはずだけど、谷口さんは聞いていなかった?」
一瞬にしてその場の空気が凍り付く。ゴ、ゴブリン怖い……怖すぎる。ライオン以上だよ。
「……す、すみません……」
自分が思い描いていた反応とは真逆の反応を見せた部長に、谷口先輩は猫じゃなくて、ネズミの皮を被ったかのように、消え入りそうなすごく小さな声で謝った。
それでも気が収まらないのか、谷口先輩に部長さんはさらに言い募る。
「俺は水町さんが犯人だなんて思わないけど、水町さんが犯人て言うからには、それなりの証拠があるってこと?」
ゴブリン、最強。
「……証拠は……」
ほら、谷口先輩涙目だし。聖来を犯人扱いしたのは腹が立つけれど、さすがに可哀想すぎる。勘弁してあげてよ。っていう私の心の声は当然、部長さんに届くわけもなく。
「証拠もないのに水町さんを犯人扱いするなんて、暴虐でしかないよ」
部長さんは容赦ない。もう、谷口先輩は顔を上げていられない。
「あの……私なら大丈夫です。誤解が解けたのならそれで……」
蓮くんは納得していないようだけれど、躊躇しながら発した聖来の言葉に、ようやく部長さんの表情が和らいだ。
「……ごめん。俺の管理が悪かったばかりに、嫌な思いをさせてしまったみたいだな……谷口さんも……嫌な思いをさせたよね。ごめん」
部長さんが謝って、少し場が和んだと思ったその時、廊下の方から悲鳴のような声が聞こえてきた。
その悲鳴は徐々に近づいてきて、バタバタと慌ただしい足音とともに一人の男子生徒が入ってきた。
その人の姿を見るなり、みんな気味の悪いモノを見たかのように、小さな悲鳴を上げた。
汗なのか涙なのか鼻水なのか、顔がぐしゃぐしゃになったアケチが、じんくんを抱えてもの凄い勢いで美術室に入ってきた。
そりゃぁ、引くわ。人体模型抱えて必死の形相で走ってこられたら、幼馴染の私でも引くんだから、みんな引くよね。ちょっと……いや、かなりやばい奴になってるよ、アケチ。
アケチは私の姿を見つけるなり、尋常じゃないくらい取り乱して駆け寄ってくる。
ま、待って、来ないでぇ~。と、拒絶したけどアケチはガン無視で近づいてきた。
「莉子ぉ~」
「な、何?」
「じんくんのぉ~、じんくんのぉ~、胃に穴が開いてるぅ~。ああ、僕がいっぱい愚痴を聞かせてきたからかなぁ~。ああ、僕がピロリ菌に気付いていれば……」
ピロリ菌って、人体模型にピロリ菌は生息できないでしょ。
「何バカなこと言ってんのよ」
って、言ったところで聞く奴でもない。
「でも、……ほら、胃に穴が開いてる……。胃潰瘍? 十二指腸潰瘍? もしかしてもしかすると……がん、とか? ああ、僕はなんでじんくんの異変に気付いてあげられなかったんだぁ~」
この世の終わりみたいに言っているけれど、それ、人体模型だから! ストレスで胃に穴が開くとかありえないから!
でも、確かにじんくんの胃には穴が開いている。この前まではきれいなピンク色だったのに。よく見てみれば、なんかくすんで見える気がしないでもない。
もしかしてこれって、学校の七不思議ってやつですか? トイレの花子さんとお友だち? そんな事じんくんひと言も言ってなかったよ。そういうオカルトチックな話って、私苦手なんだけど……。って、そんなことより、今、めちゃめちゃいい場面なんですけど。ようやく騒動がひと段落するところだったんですけど!
私は慌てて美術室から出ようとじんくんを抱えるアケチの腕を引っ張った。
「あっ!」
蓮くんがいきなり大きな声を発した。
今度はなに? まだアケチを処理できてないんだけど、蓮くんまでなんなの? どうしてうちの部の人たちって人騒がせなの?
睨みつける私に、蓮くんが申し訳なさそうに口を開いた。
「そう言えばこの前、三年の男子生徒がじんくんの胃をいじって穴を開けたって、生物の池田先生が言ってた」
「それ、早く言ってよ」
ちょっと信じちゃったじゃん。学校の七不思議ならありえるかもって、思っちゃったよ。
「ごめん。忘れてた」
呆れる私とは対照的に、アケチは心の底から安心したようだ。
「よかったぁ~。僕の愚痴が原因じゃなかったんだ」
自分のせいじゃないと分かれば、それはそれで、違う感情がむくむくと育つようだ。
「僕たちの大切なじんくんにケガを負わせるとは、許すまじ!」
アケチくん、今はそんな事を言っている場合じゃないんですよ。
場の空気ってものをたまには読みましょう。
「ななななな、なんなんだ! お前たちは!」
ほら、再びゴブリン爆発です。そりゃあ、怒るよね。分かるけど、じんくんは私たちにとって大切な仲間なんです。部長さんたちにとって『絵』が大切なように。
「すみません。今すぐ退散しますんで……」
これ以上ゴブリンを怒らせないように、私はそそくさと美術室を出ようとしたけれど、肝心のアケチが動く気配すらない。
「……コホン。お騒がせしました。で、水町の誤解は解けたのかな?」
え? 今、コホンとひとつ咳払いしただけで、場の空気替えようとした? 無理でしょ。みんなめちゃめちゃ引いているよ。
逆に、よく持ち直したね。『じんくんがぁ~』って半泣きしていたアケチとは別人に見えるよ。さすがアケチ。感心するよ。でもね、もう片が付いたんです。アケチの出番はありません。
「あんたが来る前に、すでに一件落着よ。さ、帰りましょ」
アケチの乱入でみんながあっけに取られているのを幸いに、さっさとこの場から退散しようとする私の思惑など察知しようともせず、アケチは何故かその場に居座る。
「っちょ、ちょっと、行くわよ」
動こうとしないアケチの腕を引っ張る。
「部長さん、絵は無事でしたか?」
いきなりアケチが真顔で尋ねた。突然質問された部長さんも戸惑うほどに。
「あ、ああ。無事戻ってきた。騒ぎ立ててすまなかった」
「……そうですか」
あれ? アケチにしては珍しく、何か引っかかっているような言い方だ。
部長さんも何か気になったみたいで、アケチの顔を不審げに見つめている。
「何か気になることでも?」
部長さんが尋ねると、アケチは軽く首を振った。
「いいえ。それより皆さん、もう出展する絵は完成しているんですか?」
「だとしたら何だ」
「絵は宅配便で送るんですか?」
「そうだ。それがどうした」
ぶっきらぼうに答える部長さん。アケチの声は腹が立つくらい明るくて、不愉快マックスだけど、ちゃんと答えてくれる部長さんに感謝。
「じゃあ、もう送る準備しちゃいましょ」
「え?」
突然のことに聞き返した部長さんの言葉に、アケチは力強くうなずいた。
「はい、絵です」
いやいや、部長さんはただ聞き返しただけだから。
「え? 今? え? 絵? 絵を?」
部長さん、驚きすぎて洒落みたいになっちゃってる。でも、アケチは至極真面目にうなずいた。
「はい、今です。今、絵を送っちゃいましょう」
「何で?」
至極ごもっともなご意見です。こんな不審人物に指示されて、みんな大人しく「はーい」なんて言うわけない。誰でも不思議に思う事なのに、アケチはこちらが不思議に思うのが不思議らしい。
「僕が立会人になります」
「立会人?」
アケチくん、まったく意味が解りません。
ほら、よく見てみんな頭の上にクエスチョンマークが浮いているでしょ。君には見えないかい?
…………。
見えないらしい。残念。
「宅配業者はお客さんの荷物を大切にあずかり、紛失することなく損傷させることなく、責任を持って目的地に届けてくれます。ということは、宅配業者さんにあずけてしまえば、絵は安全ってことです」
「それは分かるが、だから何だ。送る事は理解できるが、お前が立会人になる必要性が俺には理解できない」
うん、私もです、部長さん。
でも、部長さんのもっともな意見に、アケチはもったいぶるように首を振った。
「宅配業者さんに預ける時点で紛失していたり、損傷を負っていたりしていたのでは意味がないでしょ? だから、確実に業者さんに絵が渡るまで、僕が一部始終見届けます」
ようやくアケチの意図が見えてきた。どうやらアケチは、事件はまだ終わっていないと考えているようだ。もうひと悶着あるとふまえ、それを事前に防ごうとしているみたい。
けれど、部長さんはそう思っていないようだ。
「部外者のお前がそこまでやる必要がどこにある?」
部長さんの中でアケチは信頼に足る人物じゃないみたい。
当然といえば当然のことだよね。人体模型担いで泣きじゃくっているヤツなんか信用できるわけがない。私もそんなヤツ信用したくないもん。幼馴染じゃなかったら不審者リストの筆頭に名を連ねているよ。
確かに部長さんにとってはアケチである必要性はないかもしれない。
でも、再び聖来が疑われないためには立会人は必要だと思う。できれば中立の立場の人が。
「いいえ、部外者だからいいんです。その絵にまったく興味のない僕だからいいんですよ」
言い切った。言い切ったけど、谷口先輩は納得できなかったみたい。
「あんたは部外者とはいえ、水町さん側の人間でしょ。信用できないわ」
谷口先輩はまだ聖来を疑っているようで、アケチまで鋭い目つきで睨みつけている。
「僕は仮にも探偵ですよ。どんなに親しい友人であろうと僕は罪を犯した人間を庇うことはない」
きっぱりと言い放ったアケチはちょっぴりカッコよかったけれど、そもそも普通の人には『探偵』じたい胡散臭く見えてしまうらしい。それがまったくの無名なら余計にそう見えるのに、人体模型を抱えた探偵なんて不審人物でしかないよ。
「信用できるわけないでしょ」
ほら、言ったこっちゃない。谷口先輩の言葉はごもっともで、言い返せる言葉もございません。
でも、そこで簡単に引き下がらないのがアケチだ。
「まあ、確かに初めて会った人を信用しろと言われても無理なのはわかります。僕もあなたの事は信用できないし、今のご時世警察官だって罪を犯すんだからそう簡単に他人を信用できないのもわかります」
「だったら何よ」
なんか谷口先輩の表情が厳しくなってきた気がするけれど大丈夫かな。何気に谷口先輩の事ディスってるもんね、当たり前か。
けれど、アケチはまったく気にしている様子はない。さすがというべきか、アケチだからなせる業なんだと思う。
「では、こうしましょう。あなた方が信用できる人物も立会人として加えるのはどうですか? それなら公平でしょ?」
アケチの提案に戸惑う谷口先輩。部長さんも少し困ったような顔をしている。
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